この物語は
フィクションであり、登場人物等他
実在するものと一切関係ありません。
身勝手な選択【52】
倫子は立ち上がってテレビのところに行き、リモコンで電源を入れた。
何の番組かわからないが、静かで悲しげな音楽が流れ出した。
『わたしは、急いで駐車場の方に向ったわ。当然の事として車はなか
った。わたしは、あなたの彼女、星野、いや星野さんの姿を探したの』
孝太郎は、身を乗り出すようにして倫子の次の言葉を待った。
『彼女の姿は駐車場にはなかった。わたしはもっと先まで彼女を探し
に行ったのよ』
『そう、昔、あなたが実の親に置き去りにされていた継子投げ』
テレビから流れている静かで悲しげな音楽とともに、いま倫子が言った言葉
が孝太郎の胸に押し迫ってきた。
そうだ。僕は継子投に置き去りにされていたのだ。
僕は、田辺に住む両親の子として疑うことなく中学三年生まで過ごして来
た。三年生のとき戸籍を見る機会があって両親の実の子で無いと気がつ
いた。僕は今まで育てて貰った恩など忘れ、両親に実の親に合わせてくれ
と詰め寄った。
父も母も首を横に振り無理だ、と言った。
会わせてやりたいと、思っても、我々にも誰だか分からない。おまえは太地
町の継子投と呼ばれるところに置かれていた。
しかし、おまえをそこに置いていった人は、直ぐに見つけてもらえる様にして
おまえを置いていたそうだ。おまえはその人を恨むのじゃない、何か言えない
理由があったのだろうから
今の両親が、さりとて裕福で無い家計から、僕を大学の歯学部に進ませて
くれた
そのように黙想していると、かすかに倫子の次の言葉が孝太郎の耳に届いた。
『何処を探しても、彼女の姿が見えないから、あの車に一緒に乗って戻ったと、
わたしは思って、わたしもそのまま直ぐに帰ったわ。しかし、翌日夜遅く父から
病院の歯科衛生士が殺されたと聞かされた』
倫子は宙を見つめたあと
『あのとき彼女は、もう崖下に突き落とされていたのよね。あなたは大事に包ま
れて置いて貰えたけど、星野宏美はあの場所の言い伝え通り下へ突き落とされ
たのよ』
その言葉を聴いて、孝太郎の頬を一筋のものが流れた。
「もう、その女性が誰なのか教えてくれても良いでしょう」
孝太郎は涙声で訴えかけるとともに、涙目で倫子を見据えた。
『どうしたの?涙なんか流して。駄目よ、今日は教えない』



