幸宏 7 | Do or Do not, There is no try.

Do or Do not, There is no try.

ギターや音楽(含むDTM)絡みが多いかな

 

前回はYMO楽曲でしたので、今回はソロを。

とはいえ、

 

 

 

ソロデビューから

 

2nd

 

3rd辺りまではこれまでの記事で掻い摘んで紹介してるので、それ以降を。

 

あと、全アルバムから紹介してもキリが無いしそこまで聴き込んでない作品もあったりするので、あくまで個人的な好みで適当に。

 

 

『WHAT, ME WORRY? ボク、大丈夫?』(1982年)

 

YMO活動期の作品なので、これと次作はよく聴いてましたね。

 

 

「IT'S GONNA WORK OUT」

 

全体的に「Technodelic/YMO」の延長線上っぽい作風のアルバムです。

 

YMOが「浮気な僕ら」日本語の歌詞になって割りと世間がざわついたんですけど、実は時期的に浮気な僕らより先にこのアルバムでユキヒロが日本語歌詞歌ってるんですよね。

 

このアルバムでは

「SAYONARA」

「Flashback」

の2曲が日本語詞(本人の作詞)です。

(Flashbackはそういや作曲が教授ですね)

 

更に、アルバム発売の割りと直後に

 

『WHAT, ME WORRY? ボク、大丈夫?』(こっちは邦題が疑問符になってます)というミニ・アルバムがリリースされます。

アルバム未収録の2曲(1曲はカバー)含む5曲のミニ・アルバムなんですが、全部日本語詞の曲です。

 

で、これにはアルバムでは英語詞だった「Disposable Love/使い捨てハート」日本語詞の歌唱で収録されてます。

 

「Disposable Love/使い捨てハート」

 

…何でフェリーニ作品と合わせてるんでしょうか。

 

ユキヒロ楽曲と合わせるならユキヒロが大好きなクロード・ルルーシュ作品もっと言うなら本人が一番好きな映画だという「男と女」だと思うんですが。

まぁフェリーニも嫌いではないとは思いますけど。

 

せめて映画の音声をオフってミックスしてくれればよかったのにね。

 

――――

 

ユキヒロの1st「サラヴァ!」のタイトルは、その「男と女」に出てるピエール・バルーの作った(インディ)レーベル「サラヴァ・レコード」が由来です。

 

――――

 

 

このアルバムではレコ発ツアーが有りました。

 

 

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当時のチケット。

け列3番、は前から9列目だけどエラい左端だなぁ。

 

安いねぇ。

でも大体2800円とか3000円とかだったよねぇ。

それこそYMOの散開ツアーが3800円とかで「おお、3000円一気に超えた」って感じだったなぁ。

 

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これこれw

 

 

 

『薔薇色の明日』(1983年)

 

 

「蜉蝣」

 

この曲は、

 

大貫妙子さんとのデュエットでアンプラグド・セルフカバーアルバムに収録されてます。

 

大貫妙子さんはユキヒロの50thアニバ・ライブ(残念ながら本人は出演出来ず)でこの曲歌ってましたね(Wowowプラスで放送してた)。

 

そういや、ドラマー高橋幸宏の生前のラストワーク大貫妙子さんの作品ですね。

 

 

ユキヒロはアルバムで結構いろんなカバーをやってます

前作だとビートルズで、このアルバムだとディオンヌ・ワーウィック

 

「The April Fools」

バカラック好きですからねぇ。

 

 

オリジナル。

 

 

後、このアルバムではブライアン・フェリーのカバーもありますね。

 

 

 

『WILD&MOODY』(1984年)

 

『Once A Fool,… -遥かなる想い-』(1985年)

 

『...Only When I Laugh』(1986年)

 

 

サクッと飛ばしてますが、この時期はあんま思い入れがないんですよねぇ。

 

 

一応、

 

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ライブは行ってるんですけどね。

若干右寄りだけど近からず遠からずでいい席なんじゃない?

 

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85年ツアーはカシオと共同開発した電ドラ使ってたなぁ。

 

 

『EGO』(1988年)

 

個人的にはこのアルバムは、

 

「Left Bank」、この曲です。

 

もっと言うと個人的にこの曲は

 

こっちのピアノバージョンです。

 

なんかもう、この曲は色んな感情や思いが溢れ出てくるというか…

 

「最強の敵は 自分の中にいる

 最高の神も 自分の中にいるはず」

 

「神」については言い切ることが出来ないという、この一節よ…

 

この曲の作詞は盟友、鈴木慶一(ムーンライダーズ)ですが、鈴木慶一によるカバー版もあります。

何ならビートニクス(慶一とのユニット)のライブでも演ってますね。

 

鈴木慶一との共作は他にもたくさんありますが、個人的にはこれが一番だと思います。

是非ネットで歌詞を検索して歌詞を読みながら聴いてもらいたい、そんな曲です。

 

 

この辺りでいわゆる「テクノ」なエッセンスは一旦収束していって、

 

 

『BROADCAST FROM HEAVEN』(1990年)

 

この辺からポップ路線というか歌モノ路線というか、

フォークニューミュージック弱テクノ弱ニューウェーブロマンチック路線な方向(どんな方向だw)にシフトしていきます。

 

 

『A Day In The Next Life』(1991年)

 

 

「Betsu-ni」

 

この曲は元々、86年発売のスティーブ・ジャンセンとの共作12インチシングル「Stay Close」に入ってる

 

これのセルフリメイクというかセルフカバーです。

 

これ、自称「ユキヒロの一番弟子」スティーブ・ジャンセン(この二人の関係性は微笑ましいですよねw)が「別に」という日本語を面白がって歌詞にしたそうで。

 

単体なら意味としては英訳(Nohting)出来ても、使いどころによって意味も違ってきますしね、日本語をある程度知ると確かに不思議な言葉ではあるかも。

 

 

a night in the next LIFE』(1991年)

 

ライブアルバムを挟んで、

 

 

『Life Time, Happy Time』(1992年)

 

 

「元気なら うれしいね」

味の素の何かのCMソングだったと記憶してます。

 

確か、ユキヒロの親父さん味の素の容器を作る会社を経営してたんじゃなかったっけ。

まぁ倒産してしまったそうですが。

 

だからまぁ、基本的にいいとこのお子さんではありますよね。

 

 

で、

 

『Heart of Hurt』(1993年)

 

さっきからちょくちょく出てくるセルフカバー・アルバム

 

 

「ちょっとツラインダ」

 

…まだこの曲は聴くのはちょっと…

 

この曲は、

 

本来はビートニクスでの楽曲ですね。

 

 

これ以降の作品は、アルバムはもちろんそれなりに持ってはいるんですけど、そこまで聴き込んでないし正直思い入れもそんなに無いんですよね。

もちろん好きな曲もありますけどね。

 

なので、ソロ以外のユニットや提供作品と合わせて次回以降にちょろっと触れますかね。

 

 

続く。