大徳寺:金毛閣 | 古代文化研究所:第2室

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ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

◯2023年1月29日に、大徳寺を訪れた。2022年2月3日以来、一年振りのお参りである。ここ数日、京都は大雪で大変だったらしい。まだ溶けていない雪が各所に残っているのを見掛けた。

◯今回、「第57回 京の冬の旅」で、大徳寺の『ガイドと歩くウオーキングツアー』が開催されると聞いて、参加することとした。それが始まるのが午後1時からだった。当日、11時には大徳寺に着いていた。

◯せっかくだから、『ガイドと歩くウオーキングツアー』が始まる前に、大徳寺の見学できるところを見ておきたい。そういうつもりでやって来た。大徳寺の総門から入って、すぐ右手に勅使門が見えて来る。この勅使門から金毛閣、仏殿(本堂)、法堂と並ぶのが大徳寺の中心となる建物群である。

◯前回、大徳寺を訪れた際に、次のブログを書いている。

  ・テーマ「京都ぶらり旅」:ブログ『大徳寺』

 

  ・テーマ「京都ぶらり旅」:ブログ『大徳寺案内』

 

◯この時、大徳寺について、都合、16個ものブログを書いている。結構、丁寧に案内している。ただ、大徳寺はあまりに多くの文化を含んでいるから、まるで物足りない。それで、今回、二度目の参詣となった。

◯例えば、大徳寺の三門は『金毛閣』と称する。写真を御覧いただけると判るように、扁額にもちゃんと『金毛閣』の文字が記されている。それがどういう意味であるかは、次のページが参考になる。

      金毛獅子吼(きんもうししく)

   金毛の獅子(獅子の王)とは修行を積んだ優れた高僧の姿を指し、禅宗では

  獅子の吼える姿を禅僧の説法になぞらえます。獅子吼とは獅子が吼えて百獣を

  ひれ伏す事であり、相手が誰であろうと怯む事なく正しい事を言う仏教修行者

  の理想姿勢です。大徳寺の三門「金毛閣」は金毛の獅子から取って千利休が命

  名し、「この門を潜る者は金毛の獅子となり下化衆生すべし」といった意味が

  込められています。整然かつ丁寧な態度で勇敢に正しい話をする事こそ「獅子

  吼」となります。

 

◯もう一つ。次のページも参考になる。

      ★夢窓疎石(ムソウソセキ)の金毛窟(キンモウクツ)

   千利休が切腹の原因となったといわれる京都・大徳寺の山門は正式の名前を

  「金毛閣」といいます。

   「金毛閣」と「金毛窟」。建築物と洞窟の違いはあれ、同じ趣旨で命名された

  とみて間違いないでしょう。
   大徳寺は臨済宗のお寺で、疎石もそして中峰明本も臨済宗僧侶です。それは

  地位や名誉、あるいは権力や意気込みとは無関係な修業の場という意味になります。
   すべての世俗の権威を超越する茶道(=禅)の立場からは秀吉に屈服し謝罪する

  ことなどありえない話だったのです。

 

◯『金毛閣』の二階には、現在も利休の像が祀られていると言う。一回は見てみたいものであるが、大徳寺境内は、基本、非公開だから、どうしようもない。残念な話である。