宗峰妙超の雲門関 | 古代文化研究所:第2室

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ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

◯前回、2022年2月3日に、大徳寺を訪れた際には、ブログ『大徳寺案内』、『宗峰妙超』、『南浦紹明・宗峰妙超・関山慧玄』と書いて、けっこう丁寧に案内したつもりだった。ただ、『宗峰妙超の雲門関』については一言も触れていない。

◯宗峰妙超は大徳寺の開山とされる僧である。その宗峰妙超をもっとも良く伝えるのが『宗峰妙超の雲門関』であるような気がしてならない。それで、今回、案内したい。

◯『宗峰妙超の雲門関』について、インターネット検索すれば、多くのページがヒットする。その最初にあるのが、大本山妙心寺の、次のページである。

      禅の教え

      法話の窓

      「関」 ~恩師を偲ぶ~

 大徳寺ご開山の大燈国師は、師の大應国師からこの公案を与えられ、刻苦奮励ののちついに透過されました。大燈国師の法灯を継がれた妙心寺のご開山、無相大師もこの「関」の公案に因縁があります。
 有名な投機の偈(悟りの境地を漢詩にしたもの)を大燈国師は次のように示されています。 「一回雲関を透過し了り、南北東西活路通ず。夕処朝遊 賓主没し、脚頭脚底 清風を起こす」
(意訳)ひとたび雲門の関を通過してしまえば、四方八方、何をしようが自由自在である。そこには主客の別もなければ、迷いも悟りもない。頭のてっぺんからつま先まで、徹底的に清浄な澄みきった世界があるのみである。

 

◯別に、次のページもある。

      「投機の偈」

大徳寺の開山・大燈国師(宗峰妙超)は、師の大応国師(南浦紹明)から、この「関」の公案を与えられ、3年間、非常に苦しまれ、ついにその難問を解決された時に「投機の偈」というのをつくられました。

  一回透過雲関了

  南北東西活路通

  夕処朝遊没賓主

  脚頭脚底起清風

 

  一回雲関を透過し了り、

  南北東西、活路通ず。

  夕処朝遊、賓主没し、

  脚頭脚底、清風を起す。

 

  いったん雲門の関を通過してしまえば、

  東西南北、まったく自由自在の境地である

  そこには主客もなければ、迷いも悟りもない、

  徹頭徹尾清らかな澄みきった世界があるのみだ

 

◯もともと、公案を与えられて、保福・長慶・雲門の三僧がそれぞれ答えた。その雲門文偃が答えたのが「関」だったので、「雲門関」と呼ばれるものらしい。それが公案として問われるようになった。それに大徳寺の開山、宗峰妙超が答えたのが上記の「投機の偈」と言うことになる。