◯上醍醐は、寺務所から醍醐水、清瀧宮、准胝観音堂跡を経た先に薬師堂が存在し、それから更に登って行くと、やっと五大堂・如意輪堂・開山堂の醍醐山山頂に達する。その一番手前に建つのが五大堂になる。
◯上醍醐の五大堂前には、次の案内板が設置してあった。
五大堂
醍醐天皇御願により、延喜七年(九〇七)に建立された五大堂であるが、
再建の都度に祝融にあい、慶長十一年豊臣秀頼再建の様式を伝え、昭和十五
年に再建されたものである。お祀りしてあるのは不動明王、降三世夜叉明王、
軍荼利夜叉明王、大威徳明王、金剛夜叉明王。国土安泰、清除不祥の御誓願
をもち、〝五大力さん〟の通称で尊崇され、毎年二月二十三日仁王会大法要
が厳修されて盗難除、災難身代わりの霊符が授与されている。
◯醍醐寺のホームページが案内する五大堂は、次の通り。
五大堂
五大堂は延喜13年(913)に醍醐天皇の御願堂として創建されました。
以後数度の災に遭い、現在の五大堂は昭和15年に再建されたものですが、
山上に聳えるその偉容は、鎮護国家を託された往時の山上密教寺院の雰囲
気を今に伝えています。
◯別に、次のページもヒットした。
醍醐寺の五大堂
913年(延喜13年)、醍醐天皇の御願によって創建された。
現在の五大堂は、1940年(昭和15年)の再建。
本尊は、「五大力さん」として信仰されている五大明王。
堂前の像は、中央が醍醐寺を開いた理源大師、左は第一世座主
・観賢僧正、右は理源大師が模範としていたという修験道の祖
・役小角。
◯上醍醐へ参詣したのは、2022年12月20日だった。年も押し迫っていた頃だったからか、参拝客もほとんど見掛けなかった。常連さんみたいな方、数人に出会っただけだった。お陰で、静かに参詣できた。