◯畝尾坐健土安神社の前には、『八釣山地蔵尊:興福寺』が存在した。インターネットで検索すると次のページがヒットした。
興福寺(八釣山地蔵尊)
585年に、物部守屋(もののべのもりや)が仏法を嫌い、飛鳥の「橘寺」(たちばなでら)に火を放って焼いたとき、金堂に安置してあった地蔵菩薩が、火から香具山(かぐやま)の頂上に逃れて行き、それを知った聖徳太子が香具山の山麓に寺を建立して地蔵を祀ったと言われています。また、聖徳太子が夢のお告げで御体顕されたいう御夢想の名灸があり、リウマチや神経痛などに良く効くそうです。
◯『八釣山地蔵尊:興福寺』に関する史料はそれ程出て来ない。そういう中に、次の案内があった。
聖徳太子とお地蔵さん
聖徳太子もまたお地蔵さんと非常にゆかりの深い人物です。
調べていくと実にたくさんのエピソードがあることが分かりました。
興福寺(八釣山地蔵尊)
西暦585年、仏教排斥派の物部守屋は、聖徳太子生誕の地と伝えられる橘寺を焼き払いました。
その際に金堂に安置されていた地蔵菩薩が天香具山の頂上に逃げて行ったと言われています。
憂き目に遭った聖徳太子は、香具山の山麓に寺を建てて地蔵を祀りました。
それが現在の八釣山地蔵尊だと言います。
◯ちなみに、聖徳太子には、聖徳太子建立七大寺が存在する。
聖徳太子建立七大寺
・法隆寺(斑鳩寺)
・広隆寺(蜂丘寺)
・法起寺(池後寺、尼寺)
・四天王寺
・中宮寺(尼寺)
・橘寺(聖徳太子生誕地)
・葛木寺(尼寺)
◯この中には、『八釣山地蔵尊:興福寺』は含まれていない。当古代文化研究所は、聖徳太子建立七大寺のうち、法隆寺、広隆寺、四天王寺、中宮寺、橘寺には参詣済みである。葛木寺は廃寺だから、訪れていないのは、法起寺のみになる。
◯『八釣山地蔵尊:興福寺』は立派な寺なのに、塀が無い。それだけ、開放的なのかも知れないが、寺としては、頗る心許ない気がした。まさに庶民の寺にふさわしい雰囲気があった。関西で、聖徳太子の人気は絶大である。そういう信者がお参りするに違いない。
◯また、中国では、地蔵菩薩の聖地は、安徽省にある九華山になる。当古代文化研究所は、2013年6月に、九華山へは、参詣済みである。
・テーマ「九華山・黄山」:ブログ『九華山』
・テーマ「九華山・黄山」:ブログ『九華山・化城寺』
◯『八釣山地蔵尊:興福寺』は、地元の寺として、尊崇されているように感じた。また、『八釣山地蔵尊:興福寺』と畝尾坐健土安神社とは隣接しているから、何らかの関係があるのではないかと思う。今のところ、未確認である。