ひきこもりを考えるヒント・連載-13

少し戻って、緊急退避としてのひきこもりということの意味を考えてみます。
連載-8「ひきこもりは緊急退避である!」で『白書』から抽出した3人の自由記述に戻ってみます。その記述を読むと、〝一人で〟〝家で〟仕事をしていたんじゃなくて、〝集団〟で〝会社〟などで仕事をしていたということです。「当たり前のことを、何を言っているんだ」と思われるかもしれません。ここがポイントです。現代は、仕事をしているというと、〝集団〟で〝会社〟などで仕事をしているのが「当たり前」になっているのですが、もう一度考えてみる必要があります。
①「失敗するのではないか、怒られるのではないかと不安で外に出られなくなる。」
……失敗を見咎めて怒る「誰か」がいる。本人は何回も怒られて参っているようすです。
②「仕事自体より、そこで発生する人間関係に対して気が重い。迷惑をかけたり、傷つけたりするのがとても怖い。気を遣わなきゃいけないのがもう疲れた。つらい、しんどい。自分を演じてしまう。信じられないほどエネルギーを使う。」
……これもそうですね。「自分を演じてしまう」「エネルギーを使う」の部分は、前回までの「ひきこもり滞在期」論でみたように、自分の立て直しが未確立だということも想像できます。
③「就労作業自体には抵抗を感じないが、各場面でのコミュニケーション、休憩時間、昼食時を想像すると身がすくむ。異質な存在になることに恐怖を感じる。」
……これもそう。そして、自由であるはずの休憩や昼食などの時間帯が恐怖の的になっている。
抽出した3つの告白は、いずれも集団の中での不安感や孤立感を示しています。
これから書くことは、やや社会学的な内容であり、凝縮して短く表すので分かりにくいかもしれませんが、お付き合いください。
敗戦後、欠乏社会だったわが国は瞬く間に復興し、今から50年ほど前の1970年頃に経済の超高度成長を成し遂げました。その結果、西欧に追いつくばかりか追い越すほどの国民GDPを達成しました。具体的には、各家庭にクルマ、洗濯機、冷蔵庫、扇風機、テレビ・・・各一台どころか複数所有できるほどになりました。食料も衣料も、とても豊かになりました。
そこからわが国はまた急転回をします。1980年代の「経済バブル期」を覚えておられると思いますが、もう物は作らなくてもやっていける、「物余り」の時代に入ったのです。代わりに、「物」の違い、差異、性能、ITなどの付加価値、新奇さ、扱いの速度、ネーミングの面白さ、話題性、こういうもので売る「超高度・商業資本主義」の時代に入ったのです。
……この話が、ひきこもりとどういう関わりがあるのか。ここがポイントです。現代は、付加価値を前面に押し出して、「物余り」を消費者に「物余り」と見せずに購買意欲を掻き立てるのが主流の商業・金融隆盛時代になっているのです。商品の開発も、流通も、その隆盛を支える高度な業界であらねばならず、従事する人材にも高度な有用性が求められます。
こういう時代のことを社会学用語で〝ハイパー・メリトクラシーの時代〟
(hyper-meritocracy 超・業績評価主義の時代)と言います。
「おとなになったら会社に入って仕事するのが常識」だという親の感覚と、ハイパー・メリトクラシー時代に就労する若者たちの感覚が異なることを想像してみてください。社会背景が違う。かんたんに言うと、コミュニケーションに目端が利き、意思疎通がそつなく速く対応できないとめつぼにとられる、疎外される、精神的な緊張感が半端ないのです。
もはや、農林・水産業従事者は全従事者の1割。職人として生きる道は彼方でしょう。ほんとうにその物を欲している人が居て、その誰かに対して誇りを持って物を作り、売る、届ける時代景色が変わってしまっている。
1980年代頃から数十万に膨れ上がってきたひきこもり同時多発・散発型問題の陰に、ハイパー・メリトクラシーの時代が関わっている気がします。
これは、ご参考意見まで。 (鮮)
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