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SIS日記

NPO法人SIS(シス)スタッフによるリレー形式の日記です。
「こころが動いたこと」や「共有したいささやかな出来事」など
スタッフの「想い」を定期的に更新していきます。
どうぞお楽しみに!

出会いとして送られたガラクタ    〔文学快談:『銀の匙』〕
 
 
 「夏のはじめにはこの庭の自然は私の心を楽しませた。春の暮れの霞にいきれるような、南風と北風が交互に吹いて寒暖晴雨の常なく落ち着きのない季節がすぎ、天地はまったくわかわかしくさえざえしい初夏の領となる。空は水のように澄み、日光はあふれ、すず風は吹きおち、紫の影はそよぎ、あの陰鬱な槙の木までがこころからかいつになくはれやかにみえる。蟻はあちこちに塔をきずき、羽虫は穴をでてわがものがおに飛びまわり、可愛い蜘蛛の子は小枝や軒のかげに夕暮れの踊りをはじめる。私たちは燈心で地虫をつり、地蜂の穴を埋めてきんきんいう声に耳をすまし、蝉のぬけがらをさがし、毛虫をつっついてあるく。すべてのものはみな若く楽しくいきいきとして、憎むべきものはひとつもない。」
 
 何という美しい文章だろうか。世界をあまねく感受し、思うさまに動き、一体化している。
 
 風も、光も、影も、蟻も、蜂も、蝉も、毛虫も、「すべてのものはみな若く楽しくいきいきとして、憎むべきものはひとつもない。」のだ。
 
 「ガラクタ」というのは、この世界からの贈り物の一つだ。この世界と出会った記念の徴(しるし)なのだ。それは、現実の競争や能力判別や序列などから自由な、「憎むべきものはひとつもない」世界からのダイレクトな贈り物なのだ。
 
 それを折々に取り出し眺めることで、「すべてのものはみな若く楽しくいきいきとして、憎むべきものはひとつもない」自らの感受力が確実に存在していたことを思い起こすことができるのだ。
 
 『銀の匙』は、伯母さんからの無償の愛を得て、やがて「私」が独り立ちしていくのだが、世界との交流・交歓において無償さを決して手放さなかった物語として読める。「ガラクタ」は、冒頭にしか登場しないと書いたが、全編に姿を変えて登場していると言えるのだ。私たちが、この世界に生きていく力の源泉であるさまざまな「出会い」の、曇りのない姿として。
中勘助『銀の匙』を読む   〔文学快談:『銀の匙』〕
 
 
 小説『銀の匙』は、子安貝や、椿の実や、小さいときの玩具などのさまざまなガラクタのなかの一つ、銀の小匙をめぐって展開される。
 
 言ってみれば、ガラクタが、中でもとりわけ銀の匙が入口となっている作品である。『銀の匙』が題名であるが、その銀の匙は冒頭にしか出て来ない。にもかかわらず、作品を読み進むにつれて、これはやっぱり『銀の匙』という題名がぴったりの作品だと思わせる。
 
 中勘助が夏目漱石に推薦されて朝日新聞に『銀の匙』を連載しはじめたのは、1912年。29歳の時のことだ。幼少の頃に出会ったガラクタが、おとなになるまで大事に仕舞われていたこと、そしてそれらの存在、とりわけ忘れることのなかった銀の小匙を糸口にして、この作品が書かれた。それから100年以上を経ても、『銀の匙』は名作として今も読み継がれている。
 
 銀の匙は、難産の末に生まれ、その後も病弱だった「私」の小さな口に薬を掬い入れるために使われたものだった。「私」は、産後の肥立ちの良くない母に代わって専ら伯母の手で育てられた。
 
  天気のいい日には伯母さんはアラビアンナイトの化けものみたいに背中にくっついている私を背負い、連れて歩くようになる。「私」は虚弱体質で、人見知りばかりしていた。背負われながら、「私」が行きたい方を指させば、伯母さんはよく応えてくれた。
 
 見世物小屋で見世物を見たりする。女のあきんどに目をつけられたりする。神田界隈の腕白に後ろからちょっかいをかけられたりする。さまざまな風物や人物との出会いがあり、いま現在に読み手がそれらに出会っているかのように思えるほどの描写だ。
 
 『銀の匙』前編の前半は、あたかも「伯母さん小説」であるかの如きだ。伯母さんは、見世物小屋の動物の境遇に涙を流したりする。「私」と剣劇ごっこをして、長丁場にもかかわらず付き合ってくれる。ひょろひょろになるまで、いつまでもやってくれる。「私」が虚弱体質であるがゆえに、食べ物のことでどれだけ伯母さんに骨を折らせたことか。寝付けずにいる「私」に、実にさまざまな話の種を当意即妙にアレンジして寝入るまでの夜長を飽きさせない。等々。
 
 そして、「私」ははじめての友達をつくる。また、淡い恋心を抱きながらも別れを経験する。越して行ってしまった女の子が座っていた席にそっと腰掛けてみる。「今更のようになつかしさが湧きおこってじいっと机をかかえていた。」
 
 好きだったあの子はもういない。かけがえのなかった時間は、戻って来ない。ふつふつと湧き起こる懐かしさが、自分の胸を締め付けて止まない。
 
 執筆時から二十年ほども遡る体験を、中勘助はこれ以上にないくらい克明かつ豊かに書いている。それは、ガラクタの一つである銀の匙を通した、宝物のような幼少期の体験なのだ。
ひきだしの中のガラクタ   〔文学快談:発達障碍〕
 
 
 発達障碍について考えるなかで、「ゴミ」への認識の違いについてこれまで扱ってきた。そこで、この「ゴミ」の問題とよく似ている「ガラクタ」について考えてみたい。
 
 「ガラクタ」の語義は、ガラガラと猥雑な音がする、芥(アクタ)の如く値打ちが無い、この2つのことの組み合わせから来ているらしい。
 
 「いいかげんにしなさい! こんなガラクタばかりで! ちゃんと整理整頓しなさい!」と母親から叱られる子どもへのセリフは、お馴染みかと思われる。
 
 変哲の無い石ころや木切れ、ガラス片、松ぽっくり、使えなくなった玩具、ちびた鉛筆……。例えばそんなモノが机の抽斗(ひきだし)に入っていたりする。親に見つかり次第、お小言を頂戴することが多々ある。
 
 そんなガラクタの存在が導入となった文学史上の名作として、中勘助による小説『銀の匙』がある。(中勘助…1885~1965。「銀の匙」は1912年、朝日新聞にて連載開始。夏目漱石門下の一人。)※よって、今回は〔文学快談〕と衣替えして書いている。
 
 『銀の匙』の一頁目を見てみよう。

「私の書斎のいろいろながらくた物などを入れた抽匣(ひきだし)に昔からひとつの小箱がしまってある。それはコルク質の木で、板の合わせめごとに牡丹の花の模様のついた絵紙をはってあるが、もとは舶来の粉煙草でもはいっていたらしい。なにもとりたてて美しいのではないけれど、木の色合がくすんで手触りの柔らかいこと、蓋をするとき ぱん とふっくらした音のすることなどのために今でもお気に入りの物のひとつになっている。なかには子安貝や、椿の実や、小さいときの玩(もてあそ)びであったこまこました物がいっぱいつめてあるが、そのうちにひとつ珍しい形の銀の小匙のあることをかつて忘れたことはない。……」
 
 
 抽斗の小箱のなかに、子安貝、椿の実、昔使った玩具などが入っている。椿の実など、いつでも、どこでも手に入りそうだが捨てられずにしまわれている。それは、何かが『特別』だからだ。傍から見れば、アクタ=ゴミでしかないのに、小箱に大事にしまわれている。それは、何だ? どういうことだ?
 
 それは、幼少の頃の、曇りのない感受性が、この世界の美しさ、深さを捉えた「出会い」の記憶として遺されているのではないだろうか。それは、感受力があるがままに開かれていたが故に、今でも世界に向き合う力の源泉として遺されているのではないだろうか。
 
 大仰な書き振りかと思われるかも知れない。だが、私たち誰もがガラクタを大事にした覚えがあるだろう。それは、何とも言えない懐かしさを惹起させる。懐かしさとは、生きる力の元手なのだ。
 
 そこで、次回、肝心なその銀の小匙について取りあげてみたい。   (つづく・鮮)