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SIS日記

NPO法人SIS(シス)スタッフによるリレー形式の日記です。
「こころが動いたこと」や「共有したいささやかな出来事」など
スタッフの「想い」を定期的に更新していきます。
どうぞお楽しみに!

「息苦しさ」を生み出す学校『鳥獣戯画』

  画像はドラマとは関係ありません。

 

ドラマ「ひきこもり先生」第3話に、ドラマの舞台である梅谷中学校のある場面が挿入されています。「清掃時間」の場面です。

清掃時間に生徒が、雑巾で廊下を拭いたり、ハタキで窓枠をはたいたり、ホウキで掃いたりしている場面。見回りに来る教師A「私語は無しだーっ」。教師Bは「無言の行」と大書した画用紙を持って、唇に人差し指を当てて「シーーッ(静かに!)」。再び教師A「周りとしゃべらないことで、自分に集中する~~ぅ!」と、それぞれが見回りながら通り過ぎる。

と、そこへ校長の榊が登場。「みんな、やってるねぇ!」「先生方、よろしく!」 見回りしていた教師はすかさず校長の近くに寄って、「ハイッ!」 生徒は、無言のまま。……こういう場面です。

思わず、笑ってしまうような場面です。私は、『鳥獣戯画』を思い浮かべて、タヌキ(校長)とキツネ(見回り教師)らがはしゃぎ回り、黙々と下を向くウサギたち(生徒)の姿を想像してしまいました。


★清掃は、「キレイにする」のが目的で機能です。クラスメイトとしゃべっていようが、キレイになればいい。目に付く汚れが放置されるようなら、それは投げかけていくこと。

 

★「黙働清掃」などと名付けて〝人間形成〟を図る目的としているようですが、生徒の〝自己形成〟は開放的環境の元、自分の発意でものごとを進める中で成されること。見回りしてすることと、違うんじゃない?
 

★「違うんじゃない?」という感覚を生徒が持つとして、そのまんまそう言える? この「黙働清掃」から自由に抜けられる?

思ったとしても言えない、その場から抜けられない、するとそれが「息苦しい」の元凶の一つです。清掃時間だけでなく、他にもいろいろ生徒の感覚に合わない「制約・拘束」が重なっていると、その学校空間は「閉鎖的」であると思います。

「閉鎖的」というのは、生徒の自由な感覚に対してのことです。この閉鎖性が、〝スクールカースト〟の栄養源であり、いじめの発生源だと思います。どうでしょうか。

「いじめの法則」とは?


                    

ドラマ「ひきこもり先生」の第3話タイトルが「いじめの法則」となっているのですが、〝法則〟とはどういうことを指してのことでしょうか。

第3話のドラマ展開を見る限りでは、『いじめの対象が変わるが、いじめは続く』ことだと言えます。ドラマでは、伊藤和斗が堀田奈々へのいじめ実行役にさせられ、次にはその伊藤和斗がいじめられる対象に変化していきました。背後には〝スクールカースト〟の存在がありました。

いじめ行為の片棒をかついでいた、あるいはパシリ(使いパシリ)をさせられていた生徒が、別の時にはいじめの対象となっていたというケースは多々あります。

タイトルが「いじめの法則」となっていて、〝法則〟という言葉を用いていることにはドラマの作り手の並々ならぬ決意あるいは問題提起を感じます。そこで辞書をみると、〝法則〟について次のような意味であることに突き当たります。『法則は〝掟(おきて)〟のこと。〝掟〟は「置き」と「手」の合成。「置き」は手を離して置くこと。「手」は方向性。(上手、下手など) 転じて
手を離しても方向性がある〝決まり〟の意。いつでも、どこででも、一定の条件のもとに成立する普遍的・必然的関係』(広辞苑、岩波古語辞典)

平たく言えば、〝放っておいても一定の方向になって行く〟のが〝法則〟であって、いじめにおいては〝いじめる側にいても標的にされ、いじめそのものは続く〟ことでしょう。いじめの〝法則〟を働かせている根源は、
孤立を怖れる防衛心理だと私は考えています。
和斗は、自らが孤立していじめられる標的になることを怖れ、パシリとなって奈々をいじめる実行役になった。しかし、今度は自分自身が標的になってしまう。和斗をいじめる集団は、やはり集団から孤立すれば次の標的になることを怖れ、いじめに参加する。

このように、いじめの〝法則〟を動かしている原動力は〝孤立への怖れ〟であると思います。いじめられている人間と親しくしていては、いつ自分が標的にされるか分からない。だから、いじめを目撃しても沈黙する。教師やおとなに〝チクらない〟のも同様です。

いじめの〝法則〟が〝孤立への怖れ〟であるとして、では
なぜいじめが起きるのでしょうか。そして、どうしたらいじめをなくすことができるのでしょうか。次回は、この問題を深掘りしていきたいと思います。   (つづく)

※「ひきこもり先生」第3話では、この〝スクールカースト〟から次の新たな事態が起きそうな〝予感〟を臭わせています。第4話でどう進展するか分からないですが、注視していきたいと思います。

 

〝いじめ〟と〝スクールカースト〟 
 

                                                    
NHKドラマ「ひきこもり先生」第3話は、タイトルに「いじめの法則」とあるように、いじめ問題を扱っています。その扱い方は、とても今日的であり、また構造的になされていたように思います。

いくつか例示すると、次のようなことです。


①スマホ・SNSを媒体としたいじめの姿を扱っている
 【事例A】・1年生の松山ちひろは母親からスマホを取り上げられてしまい、クラスの子に返事    をするタイミングを失ったことで翌日からいじめの対象になってしまう。
 【事例B】・母親の素行を元に、堀田奈々は「母親がインラン(淫乱)、子もインラン」とラインを      通していじめを受ける。


※少し前のNHK「よるドラ・ここは今から倫理です」(2021年1月~3月放送)にて、やはりスマホ・ライン(クラスのチャット)を通した「シカト」問題が取り上げられたことがあります。ただし、このドラマでは倫理教師・高柳(山田裕貴)がSNS参加の是非についてディベート・ディスカッション授業を仕組み、見応えある放送回でした。

②〝いじめ〟と〝スクールカースト〟とを関連づけて扱っている
  【事例C】・生き物係の3年生の伊藤和斗は、かつて堀田奈々のカバンと勉強道具を散乱させ踏みつける。〝スクールカースト〟上位者からの指示だったことを述懐する。
 【事例D】・今度は、その和斗がトイレで水を被せられる。和斗の担当する花壇が何者かに荒らされ、カバン、勉強道具が花壇に捨てられる。
 【事例E】・担任教師はそうした出来事に深入りしない。〝スクールカースト〟上位者と目される生徒におもねる。その方が学級経営上、何かと都合が良い。

③教師間における〝いじめ〟への認識の違いを浮き彫りにさせている
 【校長室での会話より】……参加者・校長、教頭、担任、STEPルーム担当・深野祥子、同・上  島陽平。
 陽平「これは・・・いじめです。」
 校長「そんなハードな言葉使いをしないように。我が校は、不登校ゼロ、いじめゼロを方針とする学校です。上島先生、学校方針ファーストでお願いしますよ。人間関係がトラブルことはいくらでもあるんです。いいですか!」
  校長の言葉に頷く教頭、担任。

④いじめに対しての陽平の発言
  陽平は、泣きながら言う。「苦しい時は、学校なんて来なくていいんだ!!!」


やや駆け足的にピックアップしてみましたが、次回、いじめ問題をもう少し掘り下げてみたいと思います。  (つづく)