野上弥生子「巣箱」
『山の秋は早い。一日増しに冷え込み、それにつれていよいよ青味を深めて透き通る玻璃いろの大空を、浅間が山頂の鉱物めいた鋭い稜線でいまにもぱりっと突き砕くかとうち眺められる晴れがつづき、ある朝、ふいに霜がおりたりすると、そろそろ紅葉の季節になる。それがまたはなはだ長い。まず道ばたや、斜面の草紅葉をさきがけに次第に染まって行く樹々も、種類により、時の過ぐるに従って色彩をかえる。から松についで多い楢のたぐいを例にとっても、あざやかな黄にはじまって淡紅に、それが朱のいろに染まって照り栄えたあと、今度は紫にかわって黝(くろず)み、ようやっと最後のかっ色になる。』
〔注釈〕
野上弥生子・小説家。1885~1985。「迷路」「真知子」など社会的主題を追及しながら長編小説を著す。「巣箱」は1970年に朝日新聞に連載。野上弥生子は、浅間山麓に居を構え、仕事場としていた。
※「玻璃いろ」……水晶のように透き通った色
※「黝む(くろずむ)」……黒みを帯びる
野上弥生子・小説家。1885~1985。「迷路」「真知子」など社会的主題を追及しながら長編小説を著す。「巣箱」は1970年に朝日新聞に連載。野上弥生子は、浅間山麓に居を構え、仕事場としていた。
※「玻璃いろ」……水晶のように透き通った色
※「黝む(くろずむ)」……黒みを帯びる
〔鑑賞〕
●『青味を深めて透き通る玻璃いろの大空を、浅間が山頂の鉱物めいた鋭い稜線でいまにもぱりっと突き砕くかとうち眺められる晴れ』……浅間山の稜線を「鉱物」になぞらえる形容によって、どこまでも澄み切った大気を「ぱりっと突き砕くかと」思えるような、緊張感あふれる捉えになっていると思います。凄みを感じます。
●『青味を深めて透き通る玻璃いろの大空を、浅間が山頂の鉱物めいた鋭い稜線でいまにもぱりっと突き砕くかとうち眺められる晴れ』……浅間山の稜線を「鉱物」になぞらえる形容によって、どこまでも澄み切った大気を「ぱりっと突き砕くかと」思えるような、緊張感あふれる捉えになっていると思います。凄みを感じます。
●『楢の葉の紅葉の推移……黄、淡紅、朱、紫、黝(くろず)み、かっ色。』……「紅葉」というものが、足下の草紅葉から始まって山地を覆う楢の葉全体の色彩変化をまるごと捉えています。モミジやカエデばかりに目を引かれる感覚を解き放って、思い思いに色を変えていく山の様子をよく捉えていると思います。
野上弥生子の自然を発見する作法は、「通りがかり」的自然観賞でなく、自然のなかに居続けて捉え切る作法だと思います。
『自然を発見する作法』などという大仰なタイトルをつけましたが、動物が自然にかかわるのが「食」と「性」による本能的反応の範囲内であるに対して、人間は自然を味わい伝える文化的存在に到達しています。「人はパンのみにて生きるにあらず」とされるが如くです。『自然を発見する作法』を先達に学びながら、自前で持つことが文化的存在としての個を豊かにすると思います。
次回は、国木田独歩の巻です。(鮮)

