ほどほどに学校に
『わたしの地方で、「山学校組」という言い方がある。』
こういう書き出しで始まるありエッセイを、石牟礼道子氏が書いています。(「民話としての学問」1990年)
それは、還暦を超えたような村人たちが寄り集まった時に懐かしげに交わされる会話から、おぼろげに分かってきます。
「おまい(お前)も、山学校組じゃったなあ」
「うん、あんたは、トウダイの方も相当な成績じゃったぞ」
「相当どころか、たいがい、一番くらいじゃなかったかろうのう」
「うん、あんたは、トウダイの方も相当な成績じゃったぞ」
「相当どころか、たいがい、一番くらいじゃなかったかろうのう」
学校へ行かずに、山に行って一日遊んで帰ってくるのを「山学校組」、それに対して灯台のある海辺で遊んで帰ってくるのを「東大」をもじって「トウダイ組」と称していたのです。
●『おまい(お前)も、山学校組じゃった』というのは、学校に行かずに山で遊んでいた子どもが複数いたということです。木の実を採ったり、藪の中に入ってみたり、陣地を作って遊んだりした様子が想像されます。
●『トウダイの方も相当な成績じゃったぞ』というのは、海辺の浅瀬で潜ったり、岩場で貝を採ったり、魚を追いかけたりと、熱中した様を「相当な成績」と言い表したと思います。
●『トウダイの方も相当な成績じゃったぞ』というのは、海辺の浅瀬で潜ったり、岩場で貝を採ったり、魚を追いかけたりと、熱中した様を「相当な成績」と言い表したと思います。
それでいて担任が家庭訪問し、「ここ十日ばかり学校に来ちょらんが・・・」と伝えると、母親が「あのバカが! よう言っておきますに」と答え、本人らは「先生の顔をつぶしちゃいけんごたる」などとしてほどほどに学校に行ったようです。
今年2月に90歳で亡くなった石牟礼さん。この話は、おそらく昭和初期の思い出を地元の方々(天草または水俣)が語りあう場面だろうと思います。学校に対して、「ほどほどに」応じていたことが如実に分かるエピソードです。

