まだ歩き始めて間もない頃から



来ていたこの厨房兼お店には



骨まで切れそうな大きな包丁や



何に使うのかわからない用具が
たくさんあって



ぐつぐつ煮たつ音や
時折上がる蒸気が少しこわかった



でもいつもここにくると
秘密の基地にきたようで




面白くてしかたなかった



家族みんなが汗を流しながら
いきいきと働く姿や



型から抜かれたばかりの



きれいなチーズが棚に
どんどん並べられていく様子を




見ているのが好きで
いま思えば幸せな幼少時代だった



最近は父親が作り方を少しずつ
教えてくれるようになり



いつの日か僕も一人前の
職人になるんだと覚悟も決まった



いまと変わらず
村のみんなの食卓に



おいしいチーズがいつまでも
ありますように









それはそれは長い夢だった



まばゆい光の森のなか突如現れた



美しい飾り付けのされた馬車が
わたしを乗せ



ひとりでに走り出したの



木漏れ日のなかを走り



いくつもの小川も渡ったわ



花や野草に挨拶をしながら



どこに向かうのかだれも知らない



でもひたすら胸がときめいていた
あの不思議な時間



突然終わってしまった儚い世界
もう一度だけあの馬車に乗りたい
どこに行くのかを見届けるために








もうすぐお昼休みになろうかというころ



役所を訪ねてきたのは
みなりのいいご夫婦



なんでも、聞けば
家の地下倉庫から見つかったという



代々の財産の詰まった金庫を
ここで預かって保管してほしいとのこと



古めかしくずいぶんと立派な金庫で
少し驚いたけれども



なんといってもこの役所
みなさまの財産を開村以来ずっと
責任をもって守ってきた場所



一度 鍵を開けて
中のものをここで一緒に確認し



書面に書いて
最後にサインをいただきます



大事なものだからこそ
手続きは慎重にがここの掟



では、あとは安心して
お任せくださいな



シルバニア村の公的機関のみに与えられる
この獅子の紋章にかけて
あなたの財産守ります










ここ数日陽射しがちがう



私の暮らす海辺の町にも



夏が近づいているの?



それはまださすがに早すぎるかな



家族みんな出掛けた一人きりの家の中



遠くの波の音をきく



わたしの好きなお父さんの作業場



貝殻やサンゴやガラスがたくさん



いつも胸がドキドキするの



風が気持ちいいうちに
少し砂浜を散歩しに行こうかしら









薬草屋では



いつもあらゆるところから



息をする音が聞こえる



ぷくぷくと水の中で育つ水草



ビンのなかで静かに伸びる枝



棚から少しずつおりてゆく根



動かないようでみんな動いている
ただ見ても気づかないだけ



流れたたくさん時間を内に隠し
静かに並ぶ薬瓶たち



他の世界とは切り離された
独自の時計の針が進んでいく



これまでもこれからも