黒く光る鬼瓦 | 白ごはんに~うめぼし♪

白ごはんに~うめぼし♪

今はちょこっとパニック症候群。とそれによる開帳足・偏平足による足の痛みで思案中。
日々の小さな いろーんな事で元気を出そうとしてます。




呆れるほど何度も言ってるけれど・・・


増えちゃった体重をあと、2キロ落とさねば・・・


いや、せめて1.5キロ、、、戻さねば、、、


なぁ~んて ・(・ ・;)



ポチポチ気にはしながらも、そのまま。


体重計に乗ってみて驚いた!


さらに2キロ増えていた!


だよねー


写真を見て、あれ?っと思っていたのだ。


調子にのってケーキを食べて、スウィーツつまみにして焼酎なんて飲んでいたからだ。。。


そりゃあ~ 二重あごにもなるよね。。。


o(_  _*)o



食べるのはそうそうやめられないから、取りあえずは動こう。



近所は歩けるようになったのだから、少しでも、遠回りして歩こうっと~







あれ。









あなたですかー


大黒天



 大黒さまの頭につけた頭巾は「上を見ない」という謙虚さを。
また二つの米俵は「二表で満足をする」という、
欲を張らない清廉な心を示しているといいます。

また、打ち出の小槌の「槌」は「土」、すなわち米をはじめとした、
様々なものを生み出す「大地」を意味するのだと言われています。



ここは南東の角。





黒い瓦屋根の光る旧家です。



ぐるっと回って、北東の角には~









恵比須さん
 
その釣竿は「釣りして網せず」すなわち暴利をむさぼらない、清い心を象徴している
といわれており、そこが商売繁盛の神様として人気を集めたようです。


南西には福の神らしき姿はなかったし、北西の屋根先は見ることはできない遠く屋敷の中。


こちら側が道路に面しているからか、方角的な意味でこちら側にあるのか?




ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典



瓦ぶき建物の大棟 (おおむね) 両端,降棟 (くだりむね) 先端につける装飾瓦。奈良時代以降鬼面をつけたものが多いのでこの名がある...

 



世界大百科事典 第2版


おにがわら【鬼瓦】

建物の大棟や降り棟の端(はな)を飾る瓦。このため,棟端飾板の名もある。8世紀以降,建物の安穏を祈り鬼面を飾ったものが主として用いられたため,鬼瓦の名称が一般的で,鬼板とも呼ぶが,7世紀代には蓮華文で飾った。

日本最古の鬼瓦は法隆寺若草伽藍のもので,複数の単弁8弁蓮華文を焼成前に彫刻している。文様構成は百済時代のものに似る。8世紀から13世紀までの鬼瓦は,まだ半肉彫風で立体感に乏しい。角をもった鬼は14世紀以降に広まるが,10世紀半ばにもわずかながら見受けられる。



『鬼瓦』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E7%93%A6

鬼瓦(おにがわら)は和式建築物の棟(大棟、隅棟、降り棟など)の端などに設置される板状の瓦の総称。略して「鬼」とも呼ばれる。厄除けと装飾を目的とした役瓦の一つ。

鬼瓦は、棟の末端に付ける雨仕舞いの役割を兼ねた装飾瓦で、同様の役割を持つ植物性や石、金属などの材料で葺かれた屋根に用いられるものを「鬼板(おにいた)」というが、鬼面が彫刻されていない鬼瓦も鬼板という。一般的に鬼瓦といえば、鬼面の有無にかかわらず棟瓦の端部に付けられた役瓦のことをいう。

鬼の顔を彫刻したものから、シンプルな造形の「州浜(すはま)」や「陸(ろく)」と呼ばれるものや蓮の華をあらわしたもの、また、家紋や福の神がついたものなどがある。


ルーツはパルミラにて入口の上にメドゥーサを厄除けとして設置していた文化がシルクロード経由で[2]中国に伝来し、日本では奈良時代に唐文化を積極的に取り入れだした頃、急速に全国に普及した。寺院は勿論、一般家屋など比較的古い和式建築に多く見られるが、平成期以降に建てられた建築物には見られることが少なくなった。 鬼瓦を作る職人は、鬼師と呼ばれる。





隣のおうちは、波?かな。








あ、お隣じゃなくて、同じお宅の別棟?



これ、屋根だけで、すんごい費用かかる・・・(^^ゞ


重さもかかるから、家自体頑強でないともたないですね。



昔の日本家屋ってしっかり作ってあるから、今でも古民家なんて人気なんでしょうか。