いよいよ、本日4月10日は、一部の地域を除き、「第17回統一地方選挙」の投票日ですね。


前回の記事でも書きましたが左下矢印


http://trb.ameba.jp/servlet/TBInterface/sirius2012/10849430134/d35e0bd3



 投票の棄権だけは、絶対にやめましょう!!!!


 この普通選挙権を得る為に、洋の東西を問わずに先人達は、多くの血を流してくれました。


 投票を棄権することは、民主主義を否定することだと思います。


 現職の立候補者には、これまでの4年間の活動実績と今後の公約を、新人の立候補者には公約を参考に、妙なパフォーマンスや、口先だけの公約にだまされることなく、御自分の判断で、一票を投じましょう。


 もちろん、立候補者に必ず投票する必要もなく、誰にも一票を投じたくなければ、投票用紙に明確に、「該当者無し」 と記入しましょう。

 これも、立派な意志表示だと思います。


 これから、原則として4年間(名古屋市のようなレアなケースもありますが・・・)一番身近な政治を託す為にも、本日の選挙に投票しましょう。


 あなたの一票が、日本を、地域社会を変える力があるのですから。


今日、日本最大の暴力団組織の「山口組」6代目組長・篠田建市氏(通称・司忍氏)が、東京府中刑務所から、御出所なされました。

参考記事左下矢印
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/501467/

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20110409-00000997-fnn-soci

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84

警察当局は、「山口組」の今後の動向に注目しているとのことです。

 そもそも、何故「暴力団」という言葉が使われてしまったのか?、という疑問があります。
「任侠団体」や「極道」という呼び方が適切ではないのか?と思います。

 戦後間もないころの治安がまだまだ不安定な時に、日本国内にいた「中国人」や「朝鮮人」が自分達を戦勝国民と称し、敗戦国民の日本人に対して横暴な行動(暴行・略奪・強姦等々)を行っていたところ、警察も手が出せない状況になり、政治家が「任侠団体」に依頼して、「中国人」や「朝鮮人」の横暴から、身体を張って「日本人」を助けた歴史があります。
 その後、警察も力をつけてきて、政治家は、「任侠団体」が目ざわりとなったと考えたのか、「第一次頂上作戦」と称して、昭和39年2月から昭和44年4月まで、「暴力団撲滅作戦」を行いました。

 そして、平成4年に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が施行されてから、「任侠団体」は、かつてのような、活動が制限されてしまいました。
 そのため、今現在の夜の繁華街は、不良外国人の巣窟になってしまいました。

 確かに、「暴力団」と呼ばれてしまうことしかできない構成員がいる事も事実です。
 しかし、「阪神淡路大震災」の時は、行政よりも何よりも、一番早く「炊き出し」を行ったのが、「山口組」です。
 また、今回の「東日本大震災」でも、このような「反・暴力団」の時勢のなか、やはり一番早く「炊き出し」を行ったのが、「任侠団体」です。マスコミには、あえて取材をしないで欲しいとのことで、報道等はごくごく限られた形でしか、されませんでした。

 今の無責任な政治家なんかより、寡黙でありながらも「弱きを助ける」という「任侠道」が実践されていることに対して、頭が下がる思いです。

今一度、「水清ければ魚棲まず」という言葉の意味をかみしめましょう。

ちなみに、もう廃刊になってしまいましたが、
大学生の時に読んだ、この2冊が、僕の人生のバイブルです。

ヤクザという生き方 (別冊宝島 56)/別冊宝島編集部

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新・ヤクザという生き方/朝倉 喬司

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 昨日の記事を書いたあと、学生時代に読んでいた他の本の事を、思いだしていました。

試みの地平線 伝説復活編 (講談社文庫)/北方 謙三


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 僕が、大学生だった1989年~1993年頃に、「ホットドック・プレス」という、当時の男性の若者向けの雑誌に、作家の北方謙三さんが、「試みの地平線」という人生相談が掲載されていました。


画像からにも解るように、北方謙三氏は、童貞の読者の相談に、「うじうじと悩むな。ソープへ行って、ベテランのお姉さんに「僕は童貞だ」と正直に言って、男女のことを教えてもらえ!!」との趣旨の回答をしていたのが、強烈に印象に残っています。


その他、10代後半から20代前半にかけての、まだ、「男の子」から「男」になりかけの、青年達に、時には厳しく、時には優しく、また、前述したとおり、時には「暴論」で、相談にのっていました。


 

 20年後の今では、御批判いっぱいの内容ですが、(特に女性からは、かなりの御批判があることでしょう・・・)、ある意味、現在の男性の若者が、元気が無くなってしまったのは、こういった、「破天荒」な人がいなくなってしまい(かつての、横山やすし師匠とか、勝新太郎さんとか・・・ちなみに十一代目 市川 海老蔵さんは、僕は「破天荒」な人とは思いませんので・・・)、世の中が、綺麗事と建前でまとめられてしまって、いい人ばかりになってしまったからだと思います。


(ちなみに、「破天荒」の本来の意味は、「誰も成し得なかったことをする」ですが、この記事では、「豪快で大胆な様子」との誤った意味で使用させて頂いております)


 また、僕も、「暴論」を書くのも、北方謙三氏の影響をもろに受けてしまったのようです。


「水清ければ魚棲まず」・・今の日本が忘れてしまった言葉だと思います。




東京に原発を! (集英社文庫)/広瀬 隆
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 今現在もなお、福島原発事故を収拾できない事に、心が痛みます。


 今から、25年くらい前の、僕が、まだ高校生の時に、この「東京に原発を!」を読んだことがあります。

 本の詳しい内容は、忘れてしまったのですが、「原発は、本当は危険なものである。原発が本当に安全というのなら、東京に原発を建設すれば良いのではないのか?」という主旨だった記憶があります。

 当時の僕は、筆者の主張に一理があると思っていたことを、思い出しました。

 また、当時の時代背景として、1986年に旧ソ連のチェルノブイリ原発事故」があり、原発の安全性が議論となっていたとの記憶があります。


 それから、25年が経過し、今回の、福島原発事故が発生しました。


 札幌市内では、今回の統一地方選挙の争点の一つに、唐突に「脱原発」があがっています。

 確かに、北海道では、泊原発が稼働しており、福島原発のような事故が起きる可能性は、否定はできません。

 原発は、危険な物であることは、今回の福島原発事故で、不幸な事に証明されてしまいました。


 しかし、今の日本の豊かすぎるライフスタイルを変えるという観点を欠けた、「脱原発」を、選挙の候補者達には、とっさに思いついたように、軽々しく、選挙の争点にして欲しくないです。


 戦後の高度成長時代を境に、家庭には、様々な家電製品があふれかえってしまい、また24時間営業の、とても便利なコンビニや外食産業の出現。 今や、一人に一台は持っている、携帯電話や音楽プレイヤー。

そのどれもが、「電気」がエネルギーです。

 これらの生活レベルを棄てて(というか、昔の生活に戻って)、若しくは、原発に匹敵するような高出力で、なおかつ、クリーンな代替エネルギーの提案があっての、「脱原発」しましょうって言われたら、僕は、同意します。

 しかし、ただ安易に、「票になるから」だけでの、「脱原発」には、只の「偽善者」か「馬鹿」としか言いようがありません。感情だけで「脱原発」を言い出すのは、無知の証明です。

 単純に考えても、原発なくして、今の日本人の豊かな生活レベルを維持できる訳はないのですから。

 

 また、実際に放射能で汚染された地域にお住まいの方々に対して、非常に不適切な発言だと思いますが、今回の福島原発の設置の見返りに、地方公共団体に対して、原発設置時や毎年・毎年、多額の補助金・助成金・交付金なりを受けていらっしゃったはずで、原発事故の被災者の皆様も、今まで、補助金等の大なり小なりの恩恵を受けていらしたものと思慮しております。

(もっとも、原発が危険な物なので、お金の無い地方公共団体に、お金の力で、原発を押しつけたともいえますが・・・)

 

 このように、「原発」については、議論する論点がいろいろとあります。

でも、今は、早急に、福島原発の事故を収拾させるのが最優先でしょう。


 今回の福島原発の事故が収拾したのちに、経済的に弱い地域へ、お金の力で設置したことの是非や、今後の日本のエネルギー政策を、国民ひとりひとりが、今の生活の豊かさを維持していくのか、それとも、生活のレベルを落として、「脱原発」を進めていくのか、考えていくべきだと思います。


ちなみに、僕は、限定的原発容認論者です。

今の日本人の生活レベルを落とすことは、出来るはずもなく、(一度楽すると、もう戻れませんので)、原発に変わるエネルギーが実用可し、商業利用が可能のなるまでは、原発で電気エネルギーを賄っていくという考えです。


今日、4月8日は、「花まつり」の日です。


と言われても、「花まつり」って何の日か御存知な方は、あまりいらっしゃらないのかもしれませんが・・・・


今日は、御釈迦様の、お誕生日です。


「正式な呼び名は「灌仏会(かんぶつえ)」と呼び日本では、様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作って、その中に灌仏桶を置き、甘茶を満たす。誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝う。甘茶をかけるのは、釈迦の誕生時、産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来する。」

とされている日です。


いつものように、詳しくはウィキへ左下矢印

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%8C%E4%BB%8F%E4%BC%9A



 日本人は、「クリスマス」や「バレンタイン」で、あれほどの大騒ぎをするのですが、何故、仏教の開祖の、御釈迦様の、お誕生日を盛大に御祝いすることはないのでしょうかね???



 僕は、自分で言うのも変ですが、子供の頃から、少し変わっていると自覚しています。

 なにせ、小学生の4~5年生頃から、好きというか、憧れていた人は、手塚治虫さんの「ブラック・ジャック先生」と、「必殺仕事人の皆様」でしたから・・・
 
そのあと、高校生の頃になると、「ゴルゴ13」にも憧れて始めました。

 ちょっと、歪んだ正義の使者が好きな子供で、それは、今でもあまり変わっていないのかもしれません。

 どの、キャタクターも、原則的には、法外なお金を受け取って、闇の仕事をするのですが、依頼人の事情によっては、無償で仕事を行うことなど、義理・人情があるところが好きな理由だと思っています。

 これは、僕の父親が、高倉健さんや鶴田浩二さんの、いわゆる「任侠映画」が好きで、僕も幼いながら、テレビで一緒に見ていて、影響を受けてしまったのだと思います。
 「義理」・「人情」・「人としての道」・「自己を犠牲にしても、他人を助ける」・「弱気を助け強気を挫く」等々、今思えば、良い方に解釈をすると、ある意味、父親の教育の一環だったのかもしれません。(ちなみに、父親も僕も、その筋の職業ではないので、念のため・・・)
 
 おかげで、今も、僕は、「Vシネマ系」の、任侠系DVD大好き人間になってしまいました。

 また、「自分が正しいと思ったことは、最後までやりとおせ!!」みたいなことも、刷り込まれてしまい、学級会では、クラスみんなと意見が相違しても、僕一人だけが、自分の考えを曲げなかった記憶があります。

 あと、「正義」というものに対して、護るべきものだと思うようになってしまいました。
 何が、本当の正しい「正義」なのかは、今でも自問自答しています。
 
 不動明王様が好きなのも、僕の少し歪んだ「正義」の心なのかもしれません。

「正直者が、馬鹿を見ない世の中の実現」という、夢を持ってしまい、今の職に就いてしまいましたが、まだまだ、「夢の途中」です。

 自分自身の全てが決して、正しい「正義」だと驕らずに、常に客観的に自己を返り見て、本当の正しい「正義」の心を持ち、「自分の信念を曲げないように」、「正直者が、馬鹿を見ない世の中」を少しでも、実現したいと、精進して参ります。

 「夢の途中」ということで、来生たかおさんの歌声を、どうぞ