昨日、近所の市場に買い出しに行った。
家を出てすぐに、
15年?20年か?、乗っている自転車のブレーキが ブチっ といい、
右のブレーキが効かなくなった。
レバーがパカパカだ。
ヤバい、神戸は坂の街、左のブレーキだけじゃ、下りが加速しすぎて大怪我するわ。
ワタシはずっとお世話になっている自転車屋に行った。
シャッターが閉まっていて、張り紙がある。
「都合によりしばらく休業します。
ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。」
お兄さん、
(おじいちゃんなんだけどね。70代後半か80代だろう。
いつも指を真っ黒にして、寡黙に自転車を直してくれた。
植木ヒトシからチャラさを抜いた感じ。
細身で男前。
奥さんは小柄でスカート派のレディ。
修理を待っているあいだ、石油ストーブの近くに椅子を置いてくれる、優しい人。)
どうした?
まさかワクの被害じゃないだろうな?
ワタシがこのあたりに住むようになった32年前は、
商店街は賑わっていて、
八百屋魚屋お菓子屋おもちゃ屋、
日用品、鍋やほうきなんかを置いている雑貨屋、
布地屋や手芸屋もあった。
それがだんだんと減っていき、シャッターが閉まっているお店が3分の1くらいになった。
もう少し遠い商店街は、今では完全にシャッター通りだ。
個人が、
商品を仕入れてお店を開け、お客さんを待つ商売が、
とてもしにくい時代になってしまったのだな。
めんどくさくて儲からないのだろう。
でも、
商売をしたい人もいるはずなのにな。
誰かのお腹を満たす食材を、
ツヤツヤに光る魚や、
鮮やかなオレンジのみかんや、
お水の中で並んでいる出来立てのお豆腐を、
美味しいよ、
これはお得だよ、と、
人の顔を見て売りたい人、
「このあいだのあれ、お醤油で炊いたらすごく美味しかったよ。」
と、
お客さんに言われたい人がいるはずなのに。
そういうことが、
自分の人生の誇り、
宝物である人がいるはずなのにな。
大手の資本がかかったショッピングモールやスーパーは確かに便利だし綺麗だけれど、
なんかあんまり愛がないんだよな。
便利さ、効率だけ。
資本家がわずかなお給料で人を働かせて、
利益をかき集めている感じがする。
多様化の時代とか言われているけど、
商売においては、
巨大資本による画一化が着々と進んでいる気がするわ、ワタシは。
まあワタシもユニクロやGUや100均、
大好きだけどもさ、
巨大資本家にお金払うんじゃなくて、
個人で頑張っている人にお金払いたいな、
なぁんて思いました。
なんてったってワタシは陰謀論者だからさ、
w
人からわからないように少しずつお金集めて巨万の富を得ている資本家って、
悪りぃヤツなんじゃないのぉ?
なぁんて思っちゃいますわ。
んでワタシがお金持ちで時間もあるならさ、
真っ当な商品に真っ当な値段をつけているお店からモノを買いたいですわ。
あ、
自転車屋さんのハナシだった。
お兄さん、
どうか元気で、
また自転車屋さん再開してくださいね。
それまで、
息子のもう乗ってない自転車に乗ることにするか。
あれ、肩凝るんだけどな。