死生観 | 葬儀屋りゅうちゃんのブログ

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先日、機会があり死生観についていろいろな方と話す機会がありました。

案外盛り上がったのが、どんな死に方をしたいか(笑)

私は闘病1年くらいのガンで、その理由は

①ある程度、いつ死ぬかが予想できるので残された時間がわかる

②死ぬ直前まで、頭がはっきりしている

③今はある程度、痛みのコントロールができるので苦しまない

ほかにも、各自のいろいろな理想の死に方がありましたが、案外ガンって悪くないかもって、思えてもらえたみたいです(笑)

不謹慎と思われるかもしれませんが、人は必ず死にます。自分も。必ず死ぬなら目をそらさず生きていく。そう思い返すいいきっかけになりました。こういう機会が増えるといいな。
死を考えるって普段しませんが、大切な人が亡くなった時に考えざる負えない。

ちょうどいいタイミングで、本を読んでたら死生観について、いい文章があったので、もしよければ長いですが読んでみてください。
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致知2016-4

鎌倉円覚寺管長 横田南嶺

今日我々も、お位牌を書く時に、戒名の上に「帰源」や「帰元」と書いている。文字通り「源に帰る」「元に帰る」という意味である。江戸期の高僧沢庵禅師も「たらちねに よばれて仮の客に来て 心残さず 帰るふところ」と詠われた。死を迎えるということはもとの故郷に帰ることである。死生観を明らかにすることは、死を見つめて積極的に生の意味を見出すことにほかならない。私は、仏教の死生観を説明するときに、よく用いる話がある。

ある僧が、小学三年の時、結核にかかり休学して病床に伏したという。まだ結核が死の病と恐れられていた頃である。幼い心にも「このまま死んでしまうのでは」という恐怖感を抱いた。ある時には、暗闇の古井戸に落ちていく夢を見て悲鳴を上げて目を覚ましたりしたという。死の恐怖である。そんな折に寺の住職である父が、優しく背中をさすりながらこんな話をしてくれたという。

「赤い風船が針で刺されて破れても心配はいらない。中の空気は外に出ていき、お空の空気と合流するだけ。いのちも同じで人は死んでも終わりにならない。大きないのちと合流し、また新しいいのちが生まれる」のだと。

人が死に直面してはじめて、いのちとは何かを真剣に考える。死は喪失であり、敗北ならば、恐ろしいばかりであるが、大きなるいのちと一つになる、永遠なるものとつながっていると気づけば、死の恐怖感からも解放される。

円覚寺の朝比奈宗源老師も幼い頃に両親を亡くされて、死んだ親はどこに行ったのかを子供ながらに求められた。お寺にお参りして、涅槃図を拝んで、お釈迦様は死んでもしなないという説明を受け、死んでもしなないとはどういうことか明らかにしようと出家して座禅された。そうして長年の座禅修行の結果悟り得た、死んでもしなない世界をこのように分かりやすく表現されている。

「私たちは仏心という広い心の海に浮かぶ泡の如き存在である。生まれたからといって、仏心の大海は減らず。私どもはみな仏心の一滴である。一滴の水を離れて大海はなく、幻の如きはかない命がそのまま永劫不滅の仏心の大生命である。人は仏心のなかに生まれ、仏心の中に生き、仏心の中に息を引き取る。生まれる前も仏心、生きている間も仏心、死んでからも仏心、仏心とは一秒時も離れていない」と。

禅語に「水流れて元海に入り、月落ちて天を離れず」という語がある。雨も霰も雪もみな同じ水の流れになる。

水は流れてみな元の海に帰る。お月様は見えなくなっていったといっても、決して消えて無くなったのではない。こちらから見えなくなっても、あの広い天を離れることはないのだ。

この句は禅の死生観をよく表現しており、禅僧が死者に引導をわたす時によく唱えられている。死は決して喪失でも敗北でもありはしない。大いなる仏心に帰るのである。帰るのであるから不安になることも恐れることもない。

亡くなった人の姿を見ることも、声を聞くこともできないが、大いなるいのちと一つになって生き続けている。どこに生きているのか。それは、この今であり、ここを離れはしない。

坂村真民先生は、「流れのなかで」という美しい詩を残されている。

「流れのなかで 人は生まれ 人は死す 一瞬もとどまらず 永遠に流れてゆくもの わたしもまた その一人 あなたもまた その一人 でも孤独であってはならない 一つに集まり 一つに溶け合い 流れていく それがわたしの乞い願う 美しい流れ 朝は朝日を浴び 夕は夕陽に染まり 手を取り合い 流れていく 楽しい流れにしていこう」