葬儀屋りゅうちゃんのブログ

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『葬儀・葬儀屋・花祭壇・むつ市・読書・自己啓発』
こんな感じのブログです。

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いよいよ明日2月6日からまちゼミの募集が始まります‼

今回、眞心堂の講座はこちら!


まずはチラシの18番
【はじめての写経】

写経って興味があるけどやったことない。
やったことはあるけど、こんな機会じゃないとなかなかやることがない。何でも結構です‼興味ある方はお気軽に電話下さい‼

写経ってもちろんお経を写すわけですが仏教的な事にこだわらずいろんなメリットがありますよ✨
・ひとつの事に没頭することで集中力が高まる。
・集中することでリラックスすることができる。
・もちろん字がうまくなるし脳トレ的な活用としても捉えることができます。
・姿勢がよくなる。
ぜひ参加してみませんか~✨

そして19番
【葬儀屋がみた命のバトン】
前回から引き続きジブラルタ生命の尾崎さんとのコラボです‼
相続の基礎知識や葬儀の事を考えるキッカケを通じてぜひ、自分の生き方、周りの人間との関わり、残された人にどんな影響を残して亡くなっていくべきなのか。
そんなことを感じていただけたら嬉しい講座です。よろしくお願いします‼

ぜひ他の講座も覗いてみてください‼
【むつまちゼミホームページ】
http://mutsuzemi.com/

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致知に紹介されていた話を読んで

15年ほど前、私が20代前半で葬儀の仕事をしていた時には、こんな感じがよくあったなぁ、と思いだした。

葬儀前、その後の料理を作るお手伝いのおば様方がいる台所で、よくゲラゲラ笑って話をしていた。不謹慎じゃないのかな、と思えるくらい大きな声でみんな笑っていたなぁと思い出す。

もちろん私は葬儀屋という立場なので、その場で主導的に話をするわけではないが、その場にいておば様方の話を聞いていることはなぜかい居心地がよかったのを思い出す。

話の内容は、お亡くなりになった方の事はもちろんだが、住んでいる地域の事、お祭りの事、商売の事などなど、そしてたまに下世話な話も(笑)

お亡くなりになった人がしっかり地域の中で生きてきたことを、送る側の地域の人たちが大切にしてるってことなのかな。

地域という単位では難しくなってきても、家族・親族という単位では出来るような葬式にしていけたら?なっていってくれたら?いいなと思います。

致知 2016-6

内藤いづみ(ふじ内科クリニック院長)中村桂子(JT生命誌研究館館長)

内藤 最近の患者さんのお話をすると、その方は山梨県内の山奥に住まわれていました。最初は家族と八十五歳のご本人がクリニックに来られて、ぜひ私に診てもらいたいと。胃カメラのデータを見せていただいたら、胃の入り口に大きながんがあって、医者には余命が厳しいと宣告されました。

でもご本人は、病院は嫌だと。自分が暮らしてきたところで最期の日を迎えたいと言い張るので、では一緒にがんばりましょうと。それから定期的にお伺いしましたけれど、何も大変なことが起こらずに、結局モルヒネも一回も使わないままに八か月で安らかに逝かれました。

中村 苦しむことなく。

内藤 ええ。それであと一週間くらいかなという時に往診に行きましてね。その日は親族の方がいっぱい集まっていてとても賑やかで、ご本人もニコニコされていたんです。ところが私が着いた途端、奥さんに「俺のことはいいから先生たちにご馳走するように」と言い出しましてね。でもずっと看病しているわけだから、そんな暇はないわけですよ。

そのうち本人が怒り出すものだから準備が始まって、山菜料理やらいっぱいご馳走が出てきて、皆さんと一緒になって飲み食いしだしたんです。それがすごく楽しくて私たちは幸せで、その様子を見ているご本人もとても楽しそうでした。

中村 眼に見えるようだわ。

内藤 その時、私ふと思ったんですよ、これって体験したことがあるなって。何だろうと考えたら、田舎の葬式の後によくやっていた宴会だったんです。だからある意味、本人が参加しているお通夜みたいな感じで。それが亡くなる五日前のことでした。この時改めて患者さんを看取ることも祝祭になるんだなと思いました。


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『死』を意識することで
『生』に対する感謝が生まれる

『生』が当然と思っていれば『生』に対する感謝が生まれることはない。
『死』を意識する場としての葬儀。
『生』に対して感謝を意識する場としての葬儀。
葬儀の大きな役割の1つ
教育的役割を生かしていけるような仕事をしていかなくては。

と、最近思っています。

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