「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。それが本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 訂正です。漫画「アンパンマン」が世に出たのは、昭和48年で、その時の崇とのぶの年齢は、55~56歳(大正8年生まれ)でした。昨日、46歳と書きましたが、計算間違いでした。

 

 昭和2年の秋。のぶの父親、結太郎の葬式です。家族と村の人たちは、火葬場から自宅へ骨壺を運んでいます。のぶは、現実が受け入れられず、悲し過ぎて涙が出ませんでした。

 結太郎の母親、くら婆さんは、何も食べず、眠ることも出来なくなりました。好きな餡子も食べません。

 くら婆さんは思いあぐねて、往診に来た寛院長に「先生、結太郎は何のために生まれて来たんじゃろ」と口走った。寛院長は「結太郎は、自分のやりたい夢を、思いっ切り楽しんだんじゃろ。子供頃から、そうだったきに」と答えた。

 結太郎が石材屋を継いでいたら生きていたかもね。

 崇はのぶを慰めようとしたが、何を言っていいか分からない。

 崇は、大川で釣りをしているフーテンのパン屋・草吉に、「のぶちゃんのお父さんが死んじゃった。出張の帰り、船の中で。」と話した。御免与駅で見送ったのが、今生の別れだった。。。

 崇の父親は支那(中国)の厦門で病気死していた。と言うことは、死ぬ前に兄の寛院長と連絡を取っていないようだ。それとも手紙で連絡したのかな?いずれにしても、登美子が再婚したけど、その成り行きが良く分からない。

 崇は、「のぶちゃんのお父さんも、僕のお父さんも、遠いところで、たった一人で死んじゃった」と諦め気味の無抵抗な声で言った。

 草吉は「人は、たった一人で生まれて、たった一人で死んで行く。お前も俺も、あのチビも。人間なんて、ららら、だ。泣けば悲しい、笑えばおかしい、食べれば美味しい、そういう生き物なんだよ。」と、中途半端に語った。吉田拓郎「人間なんて」。吉田拓郎 人間なんて 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 柳井家に帰った崇は、夕闇の中、縁側に座って、何かについて考え込んでいる。

 そこへ、寛院長が来て「どういた?」と声をかけた。崇は「ずっと考えているけど分からないんだ。どうしたら、のぶちゃんが元気になってくれるのか?僕にできることって、なに?」と相談する。寛院長は、

「そればっかりは、、、医者にも治せん。『時』と言う薬しか治せんがや。おまんも親を亡くしとるきに、のぶの辛さが分かるんやの。それでええ。おまんは一人で耐えて、この家まで来た。のぶには、おまんがいる。それだけでええ。生きちゅうきい、今が悲しゅうがや。悲しゅうきい、泣く。泣くきに心に命が流れる。命が流れるきい、生き物の『時』が進む。やんがて、おまんものぶも自然と大きゅうなりよる。大きゅうなって、笑ろうたらええ。おんなじ笑うんなら心から笑ろうたらええ。おまん、のぶに『僕も生きてきた』と言うちゃれ。おまんは、そのまんまでええ」と答えた。

 次の日、崇は御免与駅で絵を描いていた。その絵は、のぶが「お父ちゃん、大好きー」と、結太郎を見送ったときの光景である。あの時、結太郎はのぶに帽子を被せ、愛おしんだ。のぶはその愛情が嬉しかった。その別れが、結太郎との最期になった。

 すると、御免与駅にのぶが裸足で駆け込んで来た。のぶは汽車から降りて来る人の中に、お父さんを探した。が、もう姿は見えない。

 のぶが透明なったお父さんを思い、空中を探していると、崇が、今描いていた絵を差し出した。彼は、透明になったのぶのお父さんの愛を形にしたのです。

 のぶはその絵を抱いて、結太郎が死んでから初めて泣いた。泣いたから、心に命が流れた。お父さんの命が流れた。崇の愛情が流れた。

 そのころ釜爺ぃは、結太郎の墓石に、自分の命を削るようにして文字を掘っていた。が、涙で文字が見えなくなり、釜爺ぃは、その彫ることのできない墓石に、頭をうずめ、泣いた。この運命が悔しい。が、父として、息子への愛情を墓石に刻み、形にするしかない。

 崇とのぶが家へ向かっていると、フーテンのパン屋・草吉が「おまえら、あんパンを焼いたから、一緒に来いっ」と誘った。

 三人は、のぶの家に着いた。

 フーテンのパン屋・草吉は、酵母と麹菌の入ったパン生地を作り、それでアンコを包んであんパンを作った。その生地を焼くと、周りのパンが柔らかくしっとりとして、中のアンコの柔らかさと調和する。そこには、何の抵抗もない。甘くてほのかな香りのするあんパンだけがある。

 釜爺ぃが食べて「うまいっ」と言う。崇とのぶも食べて「美味しい」と言う。

 のぶは、くら婆さんに一口だけと勧める。

 くら婆さんもあんパンを口に含む。と、その抵抗のない柔らかさにほだされ「おいしい」と言って食べ、・・・「結太郎にも食べさせちゃりたかったねぇ」と心を溶かした。

 母親の羽多子も、食べると胸がほかほかと暖かくなると言い、生きて行く気持ちを取り戻した。

 今日は、朝田家の人々が、フーテンのあんパン屋・草吉のパンで、生きる力を貰いました。でも、それは無料のご奉仕(無償の愛)ではありません。草吉はフーテンではありません。ただの仕事人です、の一席です。

 まー、フーテンの寅さんなら「お金?・・いいってことよっ」になるのだけど、寅さんに美味しいあんパンは焼けません。寅屋の草団子も作れません。しょうがないやな。

 まーな、透明な愛も愛情も、透明な空(くう)も、その空から流れて来る命も、形にすることが出来なければ、しょうがない。

 そういう時は、空氣体瞑想をして、空に触れるだけです。自分の命の、エネルギー不足ぐらいは解消できます。あはははは。人間なんて、らっらーらーらららー

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒しの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空気体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空気(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空気体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしようね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空気(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空気体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた然るべき反応である天然ダルマの無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら癒され、強くなり、進化しながら癒され、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。それが本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 のぶの父、結太郎は、一か月間、朝鮮半島のケイジョウへ出張する予定です。のぶはそれが寂しくてたまりません。

 ハチキンのぶと崇は一緒に学校へ通っています。のぶは崇の用心棒です。崇は、母親が帰って来ると信じていますが、のぶは、崇の母親が再婚したと知っています。彼女は崇に何も言えなくて、辛い気持ちです。

 午前中の授業を終え、のぶと崇は約束していた通りに教室を抜け出し、外で弁当を食べようとしていた。そこへ、いつもの悪ガキ4人衆が来た。そして、崇の弁当を取り上げようと、仲のいい二人をからかい始めた。

 四人は、「崇、弱虫、都会の子」と囃し立てるのです。のぶは下駄を手に、戦う氣、満々です。すると、四人衆の中の岩男が、のぶの下駄を弾き飛ばした。のぶは瞼に傷を負う。

 そして、のぶの反撃、開始。二人は取っ組み合いになり、のぶが岩男を投げ飛ばした。岩男は花壇の石に後頭部ぶつけ、出血する。のぶの正義が勝利しましたぁ。

 というか、岩男は康太の弁当がないので、崇の弁当をガメに来たのだ。康太は朝ごはんを食べられないほどに貧乏な家の子供なのです。

 それなら、康太を除いて、5人いるわけだから、彼らが少しづつ弁当を出し合えば、それなりに食べられるだろうにね。

 まーね、食うか食われるかで戦うか、それとも、みんなで少しづつ我慢するかの違いですね。

 つまり、道徳の時間です。誰が悪いかは別にして、この場合の道徳って、少しだけ我慢することのようです。

 でもなー、今の世の中では、そういう我慢を、自身ではしたくないので人に押し付ける。そんな感じでしょうかね。

 そして、忍耐の押しつけが進んで行くと、奴隷制度になり、その奴隷を確保するために戦争をする。このやり方は、植民地政策を推し進める欧米人の策略だね。

 で、ハチキンのぶは、悪ガキ4人を相手にして勝った。時代が進むと、日本も欧米と大東亜戦争をしたけど、負けた。日本の真珠湾攻撃は、初めから欧米に騙されていたようだ。外国の戦争は、果し合いではなく、騙し合いです。

 のぶと岩男、崇は、柳井病院で治療をしてもらいました。のぶの母親は、のぶに注意をし、岩男に謝っています。

 寛院長は子どもたちから事情を聴いたようですが、のぶも岩男も、弁当の事は言いません。

 ハチキンのぶと悪ガキ4人衆が、幼心に思うことは、誰を助けるか、そして、そのやり方が卑怯ではないか?が問題なのです。これは武士道です。戦前の日本の子供たちには、そういう精神性があったようです。

 のぶの母親、羽多子はのぶを連れて、地主?である岩男の豪邸に行き、岩男の両親に向け、心から丁寧に謝った。しかし、のぶは、謝る気がありません。

 岩男の父は「女の子を相手に取っ組み合いの喧嘩して、しかも負けて来よってっ。情けなかっ」と息子に口走った。

 のぶは母親に促されて、一応、「ごめんさい」と言ったが、「・・けんど、弱い者いじめをする岩男が、悪がや」と主張した。もちろん、弁当の事は言いません。

 岩男の母親は息子に向けて「(弱いものいじめをする)卑怯もん、言われて、あんたは、悔しゅうないがかね。(あんた、そんな子やなかろっ)」と岩男に、言い返せと煽った。

 しかし、岩男も男です。康太が腹を空かせていたので、弁当を横取りに行ったとは、口が裂けも言いません。彼は、康太のせいにするつもりはないのです。『それを言ったら、自分が本当の卑怯者のなる』と感じているのです。

 このように、日本男児であることは厳しいのです。

 自分を守るだけなら、喧嘩をすることはない。だらか、ややこしい。欧米人や大陸型人、半島人には理解できないところです。彼らなら、そういう日本男児を甘く見て、むしろ利用しようと考えます。だから、日本企業がアメリで裁判をすると負けます。そう言えば、戦後の東京裁判でも、政治家はほとんど弁解しなかったようだ。

 岩男は、弱い者いじめをした卑怯者であるのは確かなので、両親の前でめそめそと泣きました。岩男の父は「あほっ、男のくせに泣くなっ」と叱ります。

 まっ、たかが弁当ではあるが、戦前の親は、現実のどうしようもないことを前にして、子供がどういう風に育つかを考えています。だから、その現実のついでに、子供たちは、親の中に正義のあることを、感覚的に知ったのでしょうね。

 父親が「男のくせに、泣くな」と言うのは、実は「泣いてもいいから、耐えろ」と言うことでしょうね。

 現代では、戦後のGHQの「日本人骨抜き政策」により、日本男児がふにゃチンばかりになっている、のかも。困ったもんです。ふにゃチンじゃ、本当の仲良しごっこも出来なくて、政治家も官僚も、企業の社長、広告会社のクソ社員たちも、チンポを入れたくて、フジテレビの女子アナ献上だーーー、などと、あはははは、です。世間にも、自分の子供にも顔向けが出来ません。そして、バレると保身です。醜い親だねー。

 「おいっ。お前ら、男の金玉、ついてんの?あっ、ついているから、やりマンの女子アナかぁ」。。。参ったなー。

 ひどすぎて、こいつら一同を、ののしる言葉が見つからない。

 聞くところによると、半島系が絡んで、学生時代から乱交パーティを開き、やりマン女を作り上げるみたいだ。全員、チン切り地獄へ行くんだなっ。こいつらみたいな、たっすいがー(へなちょこ弱虫)、どうでもいいや。ドブ川だ。

 のぶの母親は弁当の事を知らないので「のぶ、なんぼう自分が正しいと思うたちぃ、乱暴はイカン。痛めつけた相手に恨みが残るだけやきぃ。恨みは恨みしか生まんがよ」と注意した。

 ハチキンのぶも日本の大和撫子です。彼女は母親に口答えせず、崇の諸事情を鑑みて、正義の情を自分の腹に納めました。そうです、崇のお母さんは帰って来ないのです。

 翌日、のぶは崇と登校したが、崇は「のぶちゃん、もう、僕を守るのはやめ欲しんだ。このままだと、ずっと、たっすいがー(へなちょこ弱虫)なってしまう。弁当は一人で食べる。女子に守られたら余計に惨めになるから。ゴメン」と自分に試練を課した。

 釜爺ぃは一連の出来事の表側だけを聞いて、ハチキンのぶが孫と言うだけで可愛いのだが、その孫が正義の情を腹に納めていると思い、強さを感じていた。それで、のぶが愛おしくてしょうがない。ハチキンのぶはおてんばの大和撫子です。

 さて、結太郎は、朝鮮半島へ出張です。のぶは駅まで見送りに行きました。

 御免与駅では、フーテンのパン屋、屋村のおっちゃんが広島へ旅立とうとしたが、料金を勘違いをしていて、お金が足りません。フーテンの寅さんなら、さくらがお金を出してくれるのですが、そんな人はいません。崇は、このフーテンのパン屋さんを見送りに来ていたのですが、二人は一緒に帰って、もう一回パンを焼くのです。これがホントの、パン違い(勘違い)。

 汽車が来たので、結太郎はのぶに自分の帽子を被せ、駅を後にした。のぶは「お父ちゃん、世界一、大好きやー」と叫び、敬礼して見送った。

 朝鮮での仕事が無事に終わり、結太郎は帰りの船に乗った。しかし、気が緩んだせいか、船の中で心臓発作が起き、結太郎は息を引き取った。

 夜遅く、結太郎の知らせが柳井病院に入り、寛院長は、のぶの家を訪ねた。院長の話を聞いても、何が起こったのか、誰も理解できません。

 今日は、のぶのお父さんが死んだのです、の一席でした。

 崇のお父さんも亡くなっているから、俯瞰してみると、のぶと崇は運命の巡り合わせかも。ソウルメイトかな?だけど、幼いときに父親が死ぬのは、なかなか厳しい運命だね。崇と祟りは違うよね。これから二人に何があるのかなぁ?

 崇とのぶは、その運命の全部に、置いてきぼりにされた感じがするだろうね。

 幼くして置いてきぼりの人生になった崇とのぶの心に、正義を保つことが出来るのでしょうか?

 漫画「アンパンマン」が世に出たのは、昭和48年だから、崇とのぶが46歳の時だね。それまで、二人はどうしていたのだろう?

 二人がソウルメイトだから、愛情を保てたのかな?どうだろう。

 まー、普通の人が夫婦になった場合は、ソウルメイトかどうかわからないから、愛情を保つために、空氣体瞑想をして、空(くう)に触れ、エネルギー補給をしながら、高次元の神様の愛情を知るようにしましょう。人間界と神界は、空で繋がっていますから、それでいいのです。

 その後、至福意識に入るのは、自分の意識波動次第です。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒しの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空気体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空気(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空気体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしようね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空気(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空気体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた然るべき反応である天然ダルマの無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら癒され、強くなり、進化しながら癒され、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。それが本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 千尋は、登美子が産んだ子供で、崇の弟です。

 今の千尋は、柳井家の長男、寛の養子になっており、寛は柳井病院を開業しているお金持ちです。寛の妻は千代子で、他に子供はいません。

 千尋は幼いときに養子になったので、実の両親も、東京での暮らも覚えていません。でも、お兄ちゃんの崇は千尋を覚えていて、今でも可愛い弟です。

 崇と千尋は、離れていた時間を埋めるように、二人でよく遊びます。今日はシーソーをしています。そこへ、ハチキンのぶが来た。三人は仲良く遊んでいた。

 しかし登美子が来て、崇に対して厳しく注意し、千尋を連れて帰った。登美子は、兄と弟が仲良くすると、千代子が快く思わないと考えたのだろうか?

 崇は、ハチキンのぶに千尋が養子であることを打ち明けた。のぶは、崇が自分だけに心を開いてくれたと感じるのです。

 崇は、絵が上手で、登美子や亡くなった父親の清、そして、寛から褒められています。

 子供の善きところを褒めるのは親の役目です。アホな親には出来ません。

 寛に実子はいませんが、彼は崇の書いた絵を褒め、描き続けるようにアドバイスした。寛には父親に成る資格があるようです。それを観ていた登美子は、ある決心をしました。

 ところで、和至、最近、スピリチャルのYouTubeを見ているのですが、いいアイデアを思い付いた・・かも。

 それは、朝起きた時に子供が嫌がらなければ、起きる前に見ていた夢の話を、一言だけ、親が聞くようにすることです。最初は親がその夢をメモして、子供が絵や字を書けるようになれば、自分で記録させるといいと思う。子供のこだわりが解り、さらに創造性が開花して、彼らは霊能力者や超能力者になるかも。それでも、子供の人格は親の育て方次第かな?でも、神様が上手く育ててくれるかも。まっ、信仰心次第だな。

 ある決心をした登美子は、崇の散髪をしてやりました。彼女は息子の髪を切り、親子の思い出を治め、自分の覚悟を確定したのです。

 登美子は崇に「しばらく高知に行って用事を済ませて来るから、それまでいい子にして待っていてね」と告げた。崇は母親が帰って来ないと感じて「いつまで待つの?」と聞き返した。。。登美子は「用事が済んだら、すぐに迎えに来るから」と答える。

 次の日、登美子は派手な振袖姿で高知に向かった。振袖は独身者が着る和服です。

 『もう会えないかも知れない』。。。不安を感じた崇と千尋は、登美子のあとを追いかけた。

 彼岸花の咲く田舎道で、登美子は崇に「すぐに迎えに来るから、あなたたちは家に帰って、学校に行きなさい」と話し、振り向かずに進んで行った。

 千尋が、やがて知らない人になってしまうお母さんを、見送ったのは2度目だ。どうせ忘れる人になるのなら、何を考えてもしょうがない。そう考えてしまうのが、千尋の中の正しさかも。

 寛の妻、千代子は、登美子が出て行って大騒ぎです。登美子の置手紙には、再婚すると書いてありました。荷物は話が纏まれば、あとから取りに来るそうです。

 しかし、その話を聞いても、寛院長は驚きません。すでに、予定通りのようです。

 と言うことは、登美子の再婚相手を紹介したのは、寛院長でしょうね。推測するに、寛の弟である清、つまり、登美子の夫は、自分が死んだ後の事を寛に頼んでいたのかも。子連れの美人となると、うん、清としても子供の将来が心配だ。

 しかし世間の噂は、美人の登美子の事を「子供を置いて出て行った」と悪く言います。結局、世間なんて、事情も知らずに自分らが正しいと言いたいだけ、なんだぁーね。

 だって、登美子が東京から来て、何日も経ってないでしょ。成り行きを考えたら解りそうなものだけど、安い価値観で人を責めたい人は多いい。あははは。まっいいや。どうでも。和至も、常識の範囲を出ているから、いつも変わり者扱いされている。アホに分かってたまるかっ。あははは。

 千代子は、寛から詳しい事情と成り行きを聞いて、崇が不憫で仕方がない。彼女は崇に声をかけ「この家に、何も気にせずにおって、ええがですきにね」と寄り添って心から慰めた。

(ところで、しかし、この朝ドラチームは、綺麗で美しい画面を作られますね。CGの部分もあるのだろうけど、映画並みにお金が掛っている。山田組にいた人が入っているのかな?まーね、後半に予算がなくなるパターンだ。それでも、とりあえず美しい画面を作る、だよね。好きなんだね。作れる能力があるのだから、作ればいいよ。例えば、エキストラの動くスピードや現れるタイミングまで美しいリズムで構成されている。こういうのはAIじゃ出来ないやなぁ。とても高度な能力でございます)

 置いてきぼりの崇は、泣いてすがれる人も物もなく、シーソーに座って夕陽に包まれていた。そこへ、ハチキンのぶが来た。彼女はうなだれている崇に、

「おまん、男やけん、たっすいがー(へなちょこ)は、いかんがぁ。」と励ました。崇は、右の頬を打たれ、左の頬を引っ掻かれた感じです。が、気分は無抵抗。。。

 すると、ハチキンのぶは「しゃあない、崇は、うちが守っちゃる」と宣言した。二人はシーソーを楽しんで気持ちを合わせました。ぎっとん、ばったん。

 今日は、崇のお母さんがいなくなりました。それで、無抵抗になった崇に、のぶは母性本能を感じ発揮してしまいました、の一席です。

 なるほど、無抵抗の姿って、赤ちゃんのことだったんだね。無抵抗の生命は、朝日や夕陽の、その自然な母性に包まれるときに成長するのですね。その姿は不自然ではありません。本当の当たり前です。本当の当たり前は、正義でしょう。

 空氣体瞑想をして、空(くう)に触れ、常識の枠を横に置いて、当たり前に成長しましょう。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒しの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空気体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空気(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空気体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしようね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空気(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空気体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた然るべき反応である天然ダルマの無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら癒され、強くなり、進化しながら癒され、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。それが本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 まず、昨日の訂正です。井村草吉→屋村草吉でした。そして、あんパンで有名のなのは、井村屋ではなくて木村屋でした。でも、たぶん木村屋のあんパンに繋がるのでしょうね。

 

 草吉は、崇に焼き立てのパンを渡した。崇はそれを美味しそうに食べた。でも、餡子の入っていないパンだ。あの当時、パンだけでも珍しい食べ物だったようです。

 草吉は、5・6人の子供たちに無料でパンを配った。ハチキンのぶもパンを貰った。大人たちも欲しがったが、草吉はただでは配らない。彼はパン一個、10銭だと宣言した。今の値段で5百円ぐらいかな?

 釜爺ぃは「高い」と、値切ったが、柳井病院の千代子奥様がいらして、30個ぐらいのパンを全部買い占めた。御主人さまは、パンがお好きなようです。今の値段で1万5千円也。

 夕食時、ハチキンのぶはパンが美味しかったと夢心地で話す。釜じぃは、一口も食べられなかったので、不機嫌。のぶも、パンを半分にして、釜じぃに上げれば良かったのにね。そこは子供ですが、のぶはパンに氣を取られていて、『崇に謝れなかった・・・』と思っています。

 そのころ、崇は柳井家で晩御飯です。草吉のパンがたくさんあります。おかずは鶏肉のソテーとスープです。奥様の千代子と未亡人の登美子は、美人同士の女のプライドで、言葉にならない幸せ自慢と不幸自慢をしている感じです。

 和至は、最近思うのですが、女は、幸せでも不幸でも、その感覚を楽しんでいるんじゃないかな?と思う。で、その幸感覚と不幸感覚のピークをちょっとだけ過ぎた時に、一緒に共感して、喜んだり、悲しんだりすると、彼女たちが満足する境地に納まるんじゃないかなぁ?それで、愛を感じるのかも?

 彼女たちが幸と不幸のピークに向かっている時は、まず、物理的に困っていることは助けてもらいたいのだが、しかし、その場合、感情の盛り上がりを邪魔して欲しくない。

 だって、幸せでも不幸でも、彼女たちは感情の盛り上がりを楽しんでいるからです。本人たちは、全体、そういうことに気づかないようにしています。気づいたら、シラケる。

 幸せでも不幸でも、その感情が盛り上がっている最中に、彼女たちが相談に来たとしても、「そうだねー」と言うだけで、間違えてもまともな答えを出してはいけない、、のかもしれない。その理由は彼女たちの、せっかくの感情の盛り上がりが、まともな答えによって途中で終了するからです。それでは不完全燃焼なのです。

 ただし、その感情のピークになったら、慰めると言うよりは、軽くフォローをするのがいいでしょう。それが、共感なのかもね。彼女たちの求めている、回答ではない、答えなのでしょう。

 あっ、言っておきますけど、実務的なことは全く別です。実務では、まともな答えを出さないと、彼女たちに無能扱いにされます。なので、彼女たちが言葉にしない評価は、なかなか、厄介で重要です。

 世間ではよくあることですが、そういう女性たちに権限を与えて実務的な仕事をさせると、大化けをするときがあります。ガラケーとコンピューターを繋ぐというアイデアを思い付いたのは、NTTの女性社員でした。だから、今のスマホがあります。東大卒の天下りの重役の成果ではなかったのです。あははは。

 崇はナイフとホークを使ったことがないので、切っているうちに鳥肉を床に落としてしまいました。母親の登美子が切ってやればいいのですが、登美子もナイフを上手く使えないのです。しょうがないので、箸を頼みました。

 現状は、未亡人登美子の、愛が欲しいという不幸自慢、それと、千代子の幸せ自慢、それが心の中でぶつかっています。しかし、まだ感情のピークは来ていないので、二人の女は自分の感情を楽しんでいる真っ最中です。あーぁ~、だね。

 登美子は自立するために、うどん作りを勉強したらいいと思うな。

 あのね、ピンチの時に必要なのは、女の同士の戦いより、女同士の目標なんだって。だろっ。男同士だと、その決めた目標のために戦ちゃうから、事が進まないんだって。バカです。そして、何をやっているか分からなくなる。あははは。ホントだって。政治でも、普通の会社でもそうなんだから。で、暇つぶしに、昭和のセクハラになるんだって。よーーく思い出しみて、冷静に考えたら、そうなっているから。。。まっいいや。

 これは、蛇の脱皮です。一皮脱いでも、また皮がある。

 さて、学校での崇は勉強が出来ます。しかし、昼休みなると、外に出て一人で弁当を食べます。

 そこへ、悪ガキ4人組がやって来て、崇の弁当を取り上げた。崇は、4人組の中のコン太が、何も食べてないのを知っていたので、弁当を取り上げられても、「いいよ」と素直に渡した。

 そんなこととは知らないハチキンのぶは、4人組に「また、弱い者いじめしてー。卑怯なことをすなっ」と、下駄を振り上げて追い払った。

 そして、崇に「こないだは、東京へ、いねっ、と言って、ごめんっ」と潔く謝った。

 崇が「ハチキンのぶさんは、本当は優しい人ですね」と言うもんだから、のぶは、「もう助けちゃらん」などと言い、走って逃げた。恋の始まり?です。。

 学校の帰り道、崇は国分川のほとりで絵を描こうとしていた。そこへ、草吉が釣りに来た。あとから、ハチキンのぶも来た。

 のぶが尋ねるから、草吉は自分をフーテンのパン職人だと言った。が、どうも銀座でパン職人をしていたようだ。やっぱり、銀座木村屋の店主かも。昭和初期から、草吉は酒種を使ったパンを作っていたのかも。

 ところで、今のパンでも、皮の柔らかいミニあんパンは美味しいよね。大福もちも、皮の柔らかいのが美味しいと思う。だけど、本当に美味しいものが安く売られ始めると、わざとその会社にクレームをつけて、作り方を変更させる奴がいるみたいだ。

 ミニあんパンの皮も硬くなったりするし、コンビニで売っている大福もちの皮も硬くなったりした。困ったもんだよ。いっそのこと、ミニあんパンや大福の皮をもっと柔らかくして、カップに入れ、スプーンで食べるようにしたらいいと思うな。これは新しい食べ物だから売れるかも。

 商品化した場合、このアイデアについては、和至へのお礼もよろしくお願いいたします。(プロフェール参照)

 家に帰ったハチキンのぶは、お父さんと月見をしながら、大きくなったら、東京の銀座へ行ってパンをお腹いっぱい食べると話した。これが、のぶの夢です。

 のぶの父親である結太郎は、勤めている商社を日本一の会社にしようと志を持って頑張ている。ですが、彼は疲れが溜まっています。

 もしかして、結太郎は、崇の父親のように、若くして死ぬのかな?そんなフリだよね。

 今日は、崇に、千尋と言う弟がいた。しかし、千尋は柳井病院にいる。だから、千尋は千代子の子供じゃなくて登美子の子供で、兄夫婦と養子縁組をしたのだろう。だから、登美子は高知まで来たのか、の一席でした。

 まー、親が誰であろうと、子供は、最終的に精神的な自立しないといけないのだから、自分の魂的基盤は空(くう)に置いておく方がいいね。空氣体瞑想をして、空に触れておきましょう。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒しの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空気体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空気(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空気体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしようね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空気(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空気体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた然るべき反応である天然ダルマの無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら癒され、強くなり、進化しながら癒され、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。それが本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ)の支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?(以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 昭和2年(1927)、高知県御免与町です。

 男勝りのハチキンのぶは、小学生で、彼岸花の咲いたあぜ道を駅へ向かって走っていた。汽笛が響く。列車は駅の近くまで来ている。

 ハチキンのぶ、本名は朝田のぶ。彼女は、女子なのに走るのが早い。

 駅に着いていたのは、30代の未亡人、柳井登美子と小学生の息子の崇です。この母子は東京に住んでいました。続いて、パン屋をしていた井村草吉、井村屋のあんパンを作った人?かも。次に、のぶの父親、朝田結太郎が改札から出てきました。

 結太郎は、全国を飛び回っている商社マンです。おっとりとした性格です。

 のぶは久しぶりにお父さんに会えるので、話したいことがたくさんあり、走って駅に来た。でも、井村草吉の後ろを歩いてた崇にぶつかってしまう。

 ハチキンのぶは、崇に「気を付けやぁーっ。どこ観てんやっ、このボケッ」と文句を言い、お父さんのところへ走って行きましたっ。

 商店街で、朝田家は石材店を営んでいます。結太郎の父親は釜次と言い、石材の職人であり、ガリガリの頑固者。弟子が一人います。釜次は、のぶから「釜爺ぃ」と呼ばれています。お釜(オカマ)爺ぃではありません。釜爺ぃさんは、くら婆さんと夫婦です。

 結太郎の妻は羽多子で、子供は、小学生のハチキンのぶ、蘭子、幼いメイコの3姉妹です。

 未亡人の柳井登美子と息子の崇は、商店街にある柳井病院に着きました。東京から高知までは、神戸で一泊する必要があり丸2日かかります。

 柳井病院の院長は寛、その妻は千代子で、その息子に小学生の千尋がいます。

 崇は千尋が3歳ぐらいの時に会っていたが、千尋は覚えていなかったぁー。崇は残念。

 崇にとって寛院長は伯父さんです。つまり、お父さんのお兄さんですが、崇はこれから見知らぬ土地で、肩身の狭い思いをしながら暮らして行くしかないのです。

 翌日から、崇は小学校に転入です。

 先生から紹介され、崇が東京弁で挨拶をすると、男子生徒がその言葉遣いをからかった。男子は、弱そうな男子にちょっかいを出して優位性を保とうとします。

 授業中はまだ良かったのだが、お弁当の時間が来てしまった。崇は悪ガキにからかわれると思ったので、外に出て、ひとりで弁当を食べる。すると、そこへ、岩男とコン太、他2名の悪ガキどもが来た。

 悪ガキらは崇の弁当を取り上げ、「東京もんのおかずは、うまかぁー」などと食べ始めた。それを見つけたハチキンのぶは、下駄を手にして脅し、悪ガキどもを追い払った。

 崇が「君は、本当はいい人なんだね、ありがとう」と言うと、のぶは、「おまんみたいな、へなちょこ、見よれんちゃぁ。しゃんしゃん、東京にいねっ」と叱った。

 学校が帰りの崇は、大きな石に腰を掛け、落ち込んでいます。彼には幼い弟がいるのですが、その弟は母親の実家に預けられたのでしょう、今はいません。父親が死んで、崇も心の整理がつかなくて、いろいろと大変です。

 とそこへ、井村草吉が通りかかった。草吉は落ち込んでいる崇を自分の家に誘った。怪しい奴ではありません。

 草吉は、うどん屋であんパンを焼いていた。パンを焼くいい香りがしているので、街の人が次々と集まってくる。

 崇のお父さんが亡くなっていたことを母親から聞かされた、ハチキンのぶは、崇に厳しくあったていたので反省しながら歩いていた。が、彼女もパンを焼くいい香りに誘われ、うどん屋の前にいる。

 ハチキンのぶが人込みの前に出てみると、崇が、草吉から焼き立てのあんパンを貰って、美味しそうに食べているのだ。のぶは、崇に謝ろうとしたが、あまりにもあんパンが美味しそうなので、そっちに気を取られてしまう。

 今日は、漫画「アンパンマン」の作者の物語で、登場人物の紹介です、の一席でした。

 今回の朝ドラのテーマは、正義とはなに?という問いのようです。

 だけど和至は、アンパンマンを読んだことがないなぁー。噂には聞いていたけど、ハァー、もう、そういう時代なのね。あははは。とほほ。

 おそらく、「アンパンマン正義」は、屈折のない人道主義だろうと想像するけど、アンパンマンは戦いの後、お腹を空かせた子どもたちに、自分を食べさせてしまうのかなぁ?そうしないとストリーが成り立たないと思う。そして、「アンパンマン正義」を食べた子供たちが、本当の正義に目覚める?という結末かなぁ?

 でもね、教育勅語のお陰もあって、戦前の日本に当たり前のように存在した人道主義的正義を、すでに、ハチキンのぶは心得ている感じだ。

 ということは、のぶの人生での戦いは、この人道主義的正義を、食い物にしたり、バカにしたり、金儲けに利用したりする輩との、精神的な闘いかもね。

 もしかすると、亭主は夢の「アンパンマン正義」を描きながら、その夢の裏で、女房は現実世界の醜い正義と戦うことになるのかな?ありゃーー、どうするぅ?

 そう言えば、トランプ大統領は、海外への資金援助を管轄していた米国務省傘下のUSAID(米国際開発庁)を、抜本的に改革したらしいね?

 でもなぁー、ハチキンのぶは大統領じゃないので権限などない。彼女には精神的な無限のエネルギーが必要だ。その前に、無限の忍耐もいる。。。

 まー、空気体瞑想をして、空(くう)に触れれば、無限のエネルギーと、宇宙自然の道理に即した氣の流れは、永遠にあり、途中では終わらないけど、、、あの時代のハチキンぶはどのようにしたのだろう?

 のぶも空氣体瞑想に近いものをしたのかな?ハチキンのぶの人生は相当に厳しいぞ。

 現代の人は、次元上昇もあるので、空氣体瞑想をしておきましょう。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒しの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空気体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空気(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空気体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしようね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空気(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空気体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた然るべき反応である天然ダルマの無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら癒され、強くなり、進化しながら癒され、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。