『しのゼミ』 -34ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

「Yさん,あれどうなった?」

「・・・すいません,まだやってません」

「辞めるまでに終わってくれって言ったやろ?」

「・・・すいません」

Yさんがとうとう我が病理部を卒業する。

非常勤技師として3年間,そして実験助手として1年間。

合計4年間のつき合いだ。

そもそも雇う時の面接から担当したので,思い入れは強い。



思い返せば,最初の頃から失敗の連続だったYさん。

ドジで常識知らずなことは多々あった。

「あの娘,大丈夫か?」と,思わず聞きたくなるような事件もあった。

一時は皆からの信頼が失墜して,どうなることやら・・・と思ったが。

そこから,よくもここまで挽回できたなと思う。

個人的には,失敗から這い上がる時の彼女の眼が気に入っている。

「もう一回,やらせて下さい」と言う時の輝いている眼。

涙ではない,意志の強さを感じる眼がいい。



「・・・じゃあ,この前のPCR産物のシークエンスはどう?」

「あれはよくわからなくって・・・」

「わからんじゃアカンやろ?」

「ハイ,すいません」

「どこまで照らし合わせたの?」

「最初の方だけやってみましたけど・・・」

「なんで最初だけなの?,最後までやらんとアカンやろ?」

「ハイ,明日までになんとか・・・」

今日も相変わらずこんな案配。

しかし,今更ながら気付く。

今日で彼女,終わりだったんだって。

これが最後の出勤日だったって。

自分が言いつけた調べもの,ちゃんとやってくれるだろうか?

「明日まで」じゃなくていいから。

いつまでかかってもいいから。

わからんなんて言ってる暇があったら,わかるまでとことん聞いて調べればええやん・・・・・



新病院でのYさんの更なる活躍を願う。


▼ 発車します,よろしいですか?

市内を巡回する土曜夕方の路線バスは空いている。

バスに乗り込んで席に座ろうとすると,「発車します,よろしいですか?」と運転士からのアナウンスがある。

その声音は,まるで一人の上顧客に話しかけるようなやさしさと思いやりがある。

早く座れ!と急かすような命令口調ではなく,あくまでも発車時の揺れがあぶないですよという「お知らせ」口調。

この,バス運転士と乗客との刹那なるふれあいというか,「声かけ」によるつかみ。

瞬時に,この運転士に対する好意が湧いてくる。



▼ 次,停まります,もうしばらくお待ち下さい・・・

この運転士(♀)のサービスの特徴は,とにかくよくしゃべる。

「発車します」だの「停まります」だの「曲がります」だの「揺れます」だの「信号待ちです」だの「次,○○です」だの「お降りの方,ございませんか」だの「○○,通過します」だの「もうしばらくお待ち下さい」だの「ありがとうございます」だの・・・・・

運転しながら,それこそ四六時中しゃべっている。

この路線バスの運転士の中では,希有なサービス法だと思われる。

しかもそのしゃべり方がやさしい。

何となく落ち着きがあって冷静。

一文は短く明確。

淀みがない。

きっと陰ながら練習しているに違いない。

注意して聞いていると,そのしゃべる内容としては「バスの動き(動き出すのか,停まるのか,曲がるのか)」と「次の停留所の情報(次がどこか,停留所に着いたのか,信号待ちしてるだけなのか)」を伝えているに過ぎないことに気付く。



▼ 左に曲がります,揺れますのでご注意下さい・・・

以前にこの路線バスで遭遇した,対照的なるとある場面。

一人のビジネスマンが,次のバス停留所で降りようとして席を立った。

しかし,そこは停留所の20メートルほど手前であり,信号待ち状態。

「まだだ(着いていない)し,危ないから座ってください!」と不機嫌に命令する運転士。

憮然として席に戻るビジネスマン・・・・・

この同じ路線バス会社の「声かけ運転士」と「不機嫌運転士」。

どっちのサービスを受けたいかは,一目瞭然だ。

では,このサービスの違いはどこに起因するのか?

どちらも「バス走行時の乗客の安全確保」という根本は同じだ。

バスに乗っていて注意すべき時は,やはり発車時と停車時で,特に立っている時だろう。

したがって,「乗客が着席してからバスを発車させること」とか「バスを完全に停車させるまでは,乗客に席を立たせないこと」などという規則を作り,それを守っていくことが必要になる。

おそらくこの路線バス会社にも,こんな内規のようなものがあるに違いない。

この実践のために,前述の座れ!と命令する運転士が出てくる。

サービスを受ける側に対する配慮が欠けており,表面的義務的なサービスのみ。

こういう輩には,混んでたらどーすんねん?とチャチャを入れたくなる。

片や,某女性バス運転士が実践するこの「しゃべくり運転」は,カスタマー・フレンドリー。

次なる「バスの動き」を伝えて乗客に注意を喚起し,「次の停留所の情報」を伝えて乗客にできるだけ座っていてもらう。

ただ伝えるのではなく,そのしゃべり方にも優しさと思いやりを込めている。

それを聞いた乗客は,素直且つ自然にそれに従うようになる・・・・・



▼ お手荷物などお忘れ物の無いよう,ご注意下さい,終点です

路線バスという「商売」は,公共性が高く競争的環境にはない。

自分の住む地方では,寡占状態に等しい。

したがって,サービスの質へのこだわりなどの意識を持つことは難しかろう。

そう思っていた。

正直言うと,ハナっから良いサービスなど期待していなかった。

ところがこの想定外なる驚きのハイ・クオリティー・サービス(褒めすぎ?)。

バスの運転中に,目の前の乗客に対して些細な心遣いを続けていく。

何がきっかけでこのサービスを始めたのか?

何をしてこのサービスに向わしめているのか?

この女性運転士から学ぶべきコトは多いように思う。

こういうことは,どんどん真似されて広がっていけばいいのになぁ・・・


あれ~?ガンないな・・・

午後の眠気と戦いながらの検鏡中。

とある乳癌患者さんの数十枚ある手術病理標本の大方を見終わっても,乳ガンが未だに出てこない。

次の標本かな?・・・あれ,また無いわ・・・。

次かな?・・・これにも無い・・・。

そこへタイミングよく乳腺外科医ハニーさんが登場だ。

「っちわ~・・・この前の〇〇さんっていう乳腺腫瘍の患者さんですけど・・・」と,こちらの都合などお構いなしに話し始める。

「ハニーちゃん,そんなことより△△さんって手術したやろ?」と,いま検鏡中の肝心の患者さんの件に話を戻す。

「はいはいはいはい,△△さんの手術は前立ちしましたが,何でしたでしょう?」

「この人って,ガンが無くってもええの?」

「え~っ,困るぅ・・・」

「ザァーっと診たけど,ガンらしきものはあらへんな・・・」

「ゥゲッ」



ガンとして手術した検体にガンがない。

つまりは,せんでもええ手術を間違ってしてしまったということ。

これすなわち,医療ミスということになる。

もちろんいろんなケースがあるので,類似ケースが全部が全部,医療ミスになるわけではない。

しかし今回のケースは言い訳しようがないのは,ハニーさんの慌てようで分かる。

「ガンがないって・・・・・マジっすか?」

「まだ全部診てへんけどな・・・」

「そんなぁ~・・・画像ではバリバリのガンでしたよ」

「少なくとも標本上はバリバリやないな」

「うっそー・・・・・アカン,〇×先生に電話しよ」

乳腺外科医の上司である〇×先生にすぐさま連絡するハニーさん。



「ガン,ありませんか?」と外来中の〇×先生が飛んできた。

いつもは温厚なるベテラン外科医〇×先生(♂)。

が,さすがにこの時とばかりは笑顔が歪んでいる。

「この病変,いつもと違ってなんか軟らかかったんっすよね・・・」と言う〇×先生は,手に病理標本とその報告書を携えている。

聞けば,この患者さんの件は術後からなんとなく気になっていたという〇×先生。

念のため,紹介もとの病院の先生に連絡→その病院での病理標本&報告書を送ってもらっていたらしい。

「この前医での標本では,確かにガンですよね?」

差し出されたその標本には確かにガンがあるようだ。

でもほ~んの少しの細胞のみ。

「僕もガンを第一に考えますけど,けっこう細胞少ないし微妙ですね」と自分の率直な感想を述べる。

「でもガンはガンやないっすか?」と食い下がるハニーさん。

「前の病院での病理のコメントを読ませてもらうと,僅少なので念のため再検を・・・となっとるやろ?やっぱ再検なり標本取り寄せなりを面倒くさがらずにやらなアカンっちゅーことやな」と,ちょっとえらそうに外科医に苦言を呈してみる。

「確かに・・・やっぱ微妙なケースは,しつこいくらい問い合わせをせなアカンっすね」と〇×先生。

この土壇場でこの発言!

この期に及んでも冷静な反省を忘れないとは,なかなか「出来た」先生だ。

「でも生検して変な細胞が出てたことは確かですよね?」とハニーさん。

「そうやな」

「シノ先生,何とかガン見つけてください,せめてその変な細胞のかけらでも・・・」

「まぁもう一回,診なおしてみるけど」

この土壇場でこの発言のハニーさん。

まだまだ修行が足りんのか,ちょっとやそっとじゃあきらめん粘りがあると言えるのか?

この騒ぎを聞きつけたG技師が,「もうちょっと(検体やブロックを)切ってみますか?」と言ってくれる。

小さな病変だと標本上に見えていないこともあるので,それも一つの手だなぁ・・・・・

まぁこういう踏み込んだ意見交換を手術前にしなければいけなかった・・・ということだが,いまさら遅い。



「あれっ・・・やっぱ,ガンあるわ」

背中で皆のワイガヤを聞きながら,再確認していた標本の隅っこに,ガンが居る。

ひ~っそりと,こぢ~んまりと,けれども自己主張をしながら。

「えっ,ありましたか?私にも見せてください」と〇×先生の笑顔が戻る。

「よかったっすね~」と,ハニーさんも打って変ってニコニコだ。

「いや実は,これで医師免許返上かもと思いましたが・・・まぁ~よかったですわ」と,ガンを確認した〇×先生は外来へと去っていく。

「もーびっくりさせるのが好きなんだから・・・シノ先生ったら,冗談きついわ」とハニーさんも言うだけ言って去っていく。

結局,小さな病変を見逃していた・・・という顛末。

こっちとしては,そもそもガンが出てこんなぁ~って思って,それをそのまま口にしただけなんやけど。

それが,コトがあれよあれよと大きくなってしまって・・・・・

結局,発言が一番軽はずみだった自分。

ホント申し訳ない・・・・・





「パンデミック」

世界的大流行のこと。

近い将来に予想される新型インフルエンザの流行現象に対して使われるコトが多い。



▼対策マニュアルを作ってはいるが・・・

いつ流行しても不思議ではないと言われる新型インフルエンザ。

特に高病原性の鳥インフルエンザであるH5N1という亜型が蔓延するのではと危惧されている。

その「もしも」に備えたマニュアル作りが各地の医療機関で進められている。

我が病院でも,遅まきながらWGが立ち上がった。

病理に与えられた課題は,病理解剖するかどうか?するとしたら具体的にどうやって?というもの。

ある意味,パンデミック状態になりヒトが多数死ぬことを想定したマニュアル。

なんともあられもない話だが,これも仕事だからしょうがない。



▼何が新型インフルエンザかわからん

ところで,新型インフルエンザといっても,実はその正体が分からない。

その候補としては高病原性鳥インフルエンザのH5N1型をはじめとして,H5N2型,H7N7型など多数ある。

そのうちの一体どれなのか?

それは流行ってみないことにはわからない。

つまり,どれにも可能性があるが,現状のままでは流行る可能性は低いということだ。

流行るためには,ヒトへ感染しやすくなる条件が必要になる。

その条件獲得のため,インフルエンザ自身の遺伝子に一連の変化が起こったとする。

そうした場合にのみ,パンデミックになると言われている。

要は,その遺伝子変化の部分があまり分かっていない。

しかし歴史が語るには,何らかの新型ウイルスが発生し蔓延するであろうことは確実だということ。



▼その怖さがわからん

今のところ一番恐れられているのが,鳥インフルエンザH5N1というもの。

WHOからH5N1型インフルエンザの発生国およびヒト発生数が発表されている。

それによると,発生国は多い順にインドネシア・ベトナム・エジプト・タイ・中国というふうになる。

これらは医療発展途上な国々と括ってしまうのはちょっと乱暴か?

多くが暖かな国というのも少し意外だ。

発症者は400名弱で,そのうちの死亡率がなんと63%ほどにのぼる。

この数字はショッキングだ。

あのSARSでさえ,死亡率は10%前後だったと記憶しているので,桁は同じだが桁違いと敢えて言いたくなる。

死亡者の平均年齢は18歳。

興味深いことに,高齢発症者の死亡数が相対的に少ない。

また,6名の妊婦発症のうち4名が死亡し,残る2名は死産したという報告もある。

これらを一見すると,高齢者は何らかの方法で免疫を自然に獲得しているのようにも見える。

反対に,H5N1型の致死率が若年者で高そうなことはとても気になるところだ。

しかし,パンデミックになるとウイルスの性格が変化するかもしれず,結局ははっきり分からない。



▼結局わからん・・・

とにかく「いつ(やってくる)?」「何が(やってくる)?」をはじめ,わからないコトがあまりに多い新型インフルエンザ。

備えあれば憂いなしだが,備える対象が分からないのが辛いところ。

正体不明な「敵」ほど,おそろしいものはない。

正体不明ゆえ,どうしても最悪のものを想定するのがヒトの常。

正しい情報を得ることが大事だろうし,なによりこの分野の研究が進むことを願って止まない。



「あの~・・・お邪魔します」

「おっ,ノコさん」

「ちょっとお話しがあるんですが・・・」

突然ノコさんが自分のところに訪ねてきた。

こんなことは初めてだし,なんかあったに違いない。



自分がアルバイトでお世話になっている近隣病院で,病理技師をしているノコさん。

訪ねてきたワケを聞くと,その彼女,検査部内で異動が決まったらしい。

病理を離れて,これからは細菌や輸血中心でやってくれと技師長から言われたそうだ。

ノコさんとしてはなんとか病理を続けたいワケだが,その希望を伝えるもしばらくは病理(に戻ること)は無いと断言されたらしい。

病院経営や検査部の人的配置からして,おそらくこの人事は最善の選択なんだろう。

まぁこういうコトは,雇われている以上,避けられないことだとは思うが・・・・・



分岐点を前にして迷うノコさん。

病理か?,細菌・輸血か?

ノコさんとしてはどうしても病理を続けたいようで,ならばとツテを頼って近くの中規模病院に問い合わせたところ,運良く病理技師として雇ってもいいという返事をもらったらしい。

ならば,お世話になったこの病院か?,チャンスをくれた新病院か?

病理を優先するのであれば,新病院へ移るのが良さそうだ。

しかし,病院の「格」や給料・待遇的には今の病院の方がいいという面もある。

それに,今の病院や検査部への感謝と恩義も無視できず,それがノコさんをして躊躇させている大きな理由のようにも見える。

さて,どうするか?



こういう時のアドバイスは,公平中立的見地からモノを言うべきだろう。

自分的には新病院を推したいが,ノコさん的には今の病院を離れられないかもしれん。

どちらを選んだとしても,自分で納得してのことが望ましい。

「まぁ,なんだ・・・何やっても,仕事は奥が深いもんやし,なんとかなるもんやぞ,ノコさん・・・」

決めるにあたっての注意点などをアドバイスしてあげるといいかもしれん。

「・・・結局,自分は何が好きか?何が大事か?っちゅーことが決め手かなぁ,仕事内容重視のヒトもいるし,職場の和を重んじるヒトもいるし,やっぱお金が大事っちゅーヒトもいるし・・・」

どうしていいかわからんのは理解できるが,これは自分で決めなきゃいけない。

「・・・最終的に決めるのはノコさん,あんたやで,オレやない・・・」



聞き上手のノコさんに乗せられて,ヘタなアドバイスに酔いしれ饒舌になる自分。

「・・・まぁ最悪,病理じゃなくてもええやん,何でもやり甲斐を見つけてやってみると,なんでもおもしろく感じるもんや,ノコさん,あんたならどこでも・・・」

「あの~~・・・」とノコさんが話を遮るように口を開く。

「ん?」

「実は,もう決めてるんですけど・・・」

「はあっ?」

「もうやめて,新しい病院でお世話になろうと決めてるんですけど・・・」

「あっ,そう」

「だから,そのように背中を押してもらいに伺ったんです」

・・・・・・・・

だったら,そう言ってくれ!,最初っから!