その時,クルマの警告灯が全部ついていた。
週末の昼,長女ちーをクルマで塾に送る途中。
幹線道路で青信号になってぐんぐん加速・・・と思いきや,時速30キロくらいからスピードが上がらない。
アクセルを踏み込んでも反応がない。
あれっ?おかしい・・・・・
エンジンが止まってるやん!
路肩に駐車させて何度も再始動を試みるが,エンジンはかからない。
なんてこった・・・・・
よりによってこんなところで・・・・・
何で今日に限って・・・・・
感情の整理ができず,しばらく車内で途方に暮れる。
くよくよしててもしょうがないので,まずはちーを塾に送ることを考える。
幸い,駐車地点から歩いて1~2分のところにバス停がある。
まずは,ちーをバスに乗せる。
それからクルマのディーラーに電話して,故障車のチェックと修理を依頼する。
しかし運悪くレッカーが出払っているので,少し待ってくれと言われる。
次にクルマの保険会社に連絡。
あちこち電話を回されて,質問やら確認やら説明を受ける。
レッカーサービスが保険でカバーされると聞き,ならばと依頼する。
再びディーラーに電話して,レッカー移動は保険の方で世話になる旨を知らせる。
途方にくれて,でもやることはやって,そうしてレッカー車を待つ自分。
故障車内にいると,結構な勢いで後続車が横をすり抜けていく。
危なっ・・・
身の危険を感じて,車外で待つことにする。
そぼ降る雨の中でほっとすると,マイカーにまつわるいろんな思いがよみがえる。
購入してから,もうすぐで10年。
よくやってくれたなぁ・・・
もうお別れかもしれん・・・
それにしても,当面はクルマ無しか・・・
この地方でクルマ無しは,足無しに等しい。
どうすりゃええんや・・・
はぁ~,心細っ・・・
そこへ程なく現れたレッカー車。
つなぎのユニフォーム姿なおじさんが,正義の味方よろしく颯爽と登場だ。
「シノさんですね,お待たせしました」
「エンジンがかからないっつーことですね」
「車内に貴重品等はありませんか」
「ではこれから,〇〇工場までお運びします」
言葉少なに手際よく仕事を終えて,ものの5分もしないうちに故障車を積んで運んで行った。
どこの誰かは知らないけれど,疾風のように現われて疾風のように去って行ったレッカー車。
レッカー移動のおじさんが,正義の味方に見えた。
「パニック値」
Lundbergによれば,パニック値とは「生命が危ぶまれるほど危険な状態にあることを示唆する異常値で,ただちに治療を開始すれば救命しうるが,その診断は臨床的な診察だけでは困難で,検査によってのみ可能」というもの。
たとえば肝機能の値であるASTやALTであれば,概ね1000IU/L以上(正常値は20~40程度)が目安になるが,その数値は施設によって取り決められるべきものとされる。
パニック値を示す場合は,可及的速やかに担当医(あるいは担当看護師)にその旨を報告すべきで,その報告や対処に至る運用方法もあらかじめとり決めておくべきである。
▼ 異常は異常でも・・・
検査値には正常範囲(いわゆる「正常値」)がある。
それを外れるといわゆる「異常値」になるんだが,この異常値の中でこんなん放っておけば死ぬぞ!という値が「パニック値」。
一方,その外れ方がありえねー位な場合を「極端値」と言うらしい。
外れ方の程度ではなく,臨床的に重要な異常値が「パニック値」と言っておけばよいか。
▼ とある院内ワーキンググループにて
電子カルテにおける検査のパニック値表示について揉めている。
パニック値が出た場合,再検査をするんだが,再検査値の表示法についてごちゃごちゃ意見が出ている。
そんなん単純に最新の再検査値のみを表示すればええやん・・・と思ったので,「再検査値を上書きしたらどうでしょう?」とわざわざ意見した自分。
それに対する皆の反応が,ぽか~んという感じ。
さらなる意見が出てきたが,なんかこうしっくりと意見が頭に入ってこない。
ポイントが少しずれてるやん・・・みたいな。
質問と答えがかみ合っていないっていうか。
そんなわかったようなわからんような,不完全燃焼な感じで話しあいは終わった。
▼ 遅すぎた恥かき
ちょっと気になって,後でパニック値について,その意味を検索してみると上記の如く。
緊急対応を要するような臨床的に重要な異常値のことらしい。
なんか意味ちゃうやん!
正直に言えば,もっと別の意味だと思っていた自分。
実は「計測器などの調子が悪かったりパニックになったりで,検査値がたまたま桁違いに異常に出てしまうこと」だと思っていた。
たとえば昼夜分かたず忙しく扱き使ったり,たとえば前のサンプルから時間を置かずして次のサンプルを入れてしまったり,たとえばちょっと乱暴にボタンを押してしまったり・・・・・
そうすると計測器が慌てふためいて(・・・かどうかは知らんが)パニックになってしまい,とんでもないヘンな数値を表示してしまう,と思っていた。
ちょっと考えれば分かるが,そんなことはあり得んわなぁ。
あぁ,恥ずかし・・・・・
Lundbergによれば,パニック値とは「生命が危ぶまれるほど危険な状態にあることを示唆する異常値で,ただちに治療を開始すれば救命しうるが,その診断は臨床的な診察だけでは困難で,検査によってのみ可能」というもの。
たとえば肝機能の値であるASTやALTであれば,概ね1000IU/L以上(正常値は20~40程度)が目安になるが,その数値は施設によって取り決められるべきものとされる。
パニック値を示す場合は,可及的速やかに担当医(あるいは担当看護師)にその旨を報告すべきで,その報告や対処に至る運用方法もあらかじめとり決めておくべきである。
▼ 異常は異常でも・・・
検査値には正常範囲(いわゆる「正常値」)がある。
それを外れるといわゆる「異常値」になるんだが,この異常値の中でこんなん放っておけば死ぬぞ!という値が「パニック値」。
一方,その外れ方がありえねー位な場合を「極端値」と言うらしい。
外れ方の程度ではなく,臨床的に重要な異常値が「パニック値」と言っておけばよいか。
▼ とある院内ワーキンググループにて
電子カルテにおける検査のパニック値表示について揉めている。
パニック値が出た場合,再検査をするんだが,再検査値の表示法についてごちゃごちゃ意見が出ている。
そんなん単純に最新の再検査値のみを表示すればええやん・・・と思ったので,「再検査値を上書きしたらどうでしょう?」とわざわざ意見した自分。
それに対する皆の反応が,ぽか~んという感じ。
さらなる意見が出てきたが,なんかこうしっくりと意見が頭に入ってこない。
ポイントが少しずれてるやん・・・みたいな。
質問と答えがかみ合っていないっていうか。
そんなわかったようなわからんような,不完全燃焼な感じで話しあいは終わった。
▼ 遅すぎた恥かき
ちょっと気になって,後でパニック値について,その意味を検索してみると上記の如く。
緊急対応を要するような臨床的に重要な異常値のことらしい。
なんか意味ちゃうやん!
正直に言えば,もっと別の意味だと思っていた自分。
実は「計測器などの調子が悪かったりパニックになったりで,検査値がたまたま桁違いに異常に出てしまうこと」だと思っていた。
たとえば昼夜分かたず忙しく扱き使ったり,たとえば前のサンプルから時間を置かずして次のサンプルを入れてしまったり,たとえばちょっと乱暴にボタンを押してしまったり・・・・・
そうすると計測器が慌てふためいて(・・・かどうかは知らんが)パニックになってしまい,とんでもないヘンな数値を表示してしまう,と思っていた。
ちょっと考えれば分かるが,そんなことはあり得んわなぁ。
あぁ,恥ずかし・・・・・
「ゼク」
病理解剖のことをドイツ語でSektionと言い,略してゼク。
不幸にして亡くなられた患者さんの病変精査や死因究明などのため,解剖をお願いすることがある。
通常は業務時間内に行うことが多いが,事情があって時間外に行うこともある。
たとえば深夜に亡くなられた場合は遺体保冷庫に保管し,次の日の朝まで待っていただく。
▼ AM7:00
何の予定もない休日の朝。
できたら10時近くまで寝ていたい・・・そんな朝。
なのに,携帯の着信音で起される。
誰かと思えば,同級生のラン。
なんの用だろう?
「もしもし・・・早くから悪いけど・・・」
何かと思えば,病理解剖の依頼。
大学病院外科に入院中だった患者さんが亡くなった。
詳しい事情は知らないが,どうしても病理解剖が必要ということらしい。
ならば,今日のゼク当番の病理医に連絡すればええやん。
それにそもそも大学病院を去って開業したランが,なぜに大学病院の解剖の件にかかわっているのか?
▼ AM7:05
話を聞けば,病理解剖の依頼医は外科のB先生。
っで,ゼク当番の病理医がM先生。
ならば,B先生がM先生に「ゼクお願いします」と連絡すれば話は終わる。
けれども,そこはそれ,いろいろあったワケであって・・・・・
B先生がM先生に連絡しようにも,電話がつながらなかったらしい。
すぐにでも解剖をお願いしたいのに,ゼク担当医が捕まらないとはどういうこっちゃ・・・いったい肝心な時に何してんねん!・・・となったかどうかは知らんが。
とにかく病理医を捕まえなくてはならない。
っで,病院病理のシノに連絡したろ・・・っとなるが,気楽に電話するほど親しい間柄ではない。
ならばとシノの同級のランに連絡をする。
なぜなら,ランはB先生の直属の後輩。
ランからシノに「何とかせえ!」と言わせれば,話は通じるだろう。
・・・そういう事情で,この電話と相成ったようだ。
▼ AM7:10
「・・・事情は分かったわ,ラン」
「すまんねぇ,朝早くから」
「早速,ゼク当番のM先生に連絡してみるけど・・・」
「ほんじゃ,頼むわ」
・・・自分の役割を終えたランは電話を切る。
考えて見れば,ランはこの件にはまったくの部外者。
伝令係で,気の毒な立場と言える。
しかし,受け取ったリレーのバトンは確実に次走者へ渡すことが大事。
▼ AM7:15
M先生に連絡しようとするが,連絡先がわからない。
どうすればええねん!
M先生の連絡先を知ってそうなヒトと言えばと,思いついてシノ妻に聞いてみる。
実はM先生の奥さんと仲が良いシノ妻。
なので,M先生の奥さんに連絡すればなんとかなるんちゃう?
しかし知り合いとは言え,突然他人の奥さんに連絡するのは非常に気が引ける。
が,これも仕事だ。
意を決して電話するが,なかなか携帯にでてくれない。
まぁ,当り前か・・・・・
10回目の呼び出し音で電話を切ろうとすると,ちょうど10回目で応答してくれる。
「もしもし・・・」
「あの~,もしもし,私・・・」
自分の名を名乗り,事情があってシノ妻から連絡先を聞き出したことを詫び,M先生に代わって下さいと頼む。
ホントに申し訳ない・・・
「あっM先生,ゼクです・・・すぐに大学病院外科のB先生に連絡してください」
「わかりました」
っと言うことで,なんとかM先生へバトンを渡し終える。
▼ AM7:30
ランから再び電話。
なんでも,ランの先輩であり,今回の解剖依頼医であるB先生。
待っても待ってもゼク担当医のM先生から連絡がないらしい。
しびれを切らして再びランに電話して,早くしてくれるように言ってくれ!と催促したらしい。
・・・んなもん,知るかいな!と一瞬思うモノの,ここは深呼吸。
ランから言付かったB先生の携帯番号を,M先生に知らせるバトンを受け取る。
▼ AM7:35
再びM先生奥さんに連絡。
今度はすぐに応答してもらえる。
「何度もすいません,先ほどのシノです」
「主人に代わりましょうか?」
「すいません,お願いします」
・・・こうしてM先生にB先生の携帯番号を伝え終える。
▼ 人選に難ありか?
今回のゼク伝言リレーは,B先生→ラン→シノ→M先生奥さん→M先生とつながった。
このリレーは最初っから最後までスムーズなんだが,唯一「シノ→M先生奥さん」のつながりが悪い。
たとえば
シノ→後輩のアミ先生→(アミがいろいろ苦労して調べて)→M先生
あるいは
シノ→シノ妻→M先生奥さん→M先生
これくらいの人選だったらば,少なくとも自分の負担が減ってよかったのかもしれん。
伝言リレーは人選が肝心という話。
病理解剖のことをドイツ語でSektionと言い,略してゼク。
不幸にして亡くなられた患者さんの病変精査や死因究明などのため,解剖をお願いすることがある。
通常は業務時間内に行うことが多いが,事情があって時間外に行うこともある。
たとえば深夜に亡くなられた場合は遺体保冷庫に保管し,次の日の朝まで待っていただく。
▼ AM7:00
何の予定もない休日の朝。
できたら10時近くまで寝ていたい・・・そんな朝。
なのに,携帯の着信音で起される。
誰かと思えば,同級生のラン。
なんの用だろう?
「もしもし・・・早くから悪いけど・・・」
何かと思えば,病理解剖の依頼。
大学病院外科に入院中だった患者さんが亡くなった。
詳しい事情は知らないが,どうしても病理解剖が必要ということらしい。
ならば,今日のゼク当番の病理医に連絡すればええやん。
それにそもそも大学病院を去って開業したランが,なぜに大学病院の解剖の件にかかわっているのか?
▼ AM7:05
話を聞けば,病理解剖の依頼医は外科のB先生。
っで,ゼク当番の病理医がM先生。
ならば,B先生がM先生に「ゼクお願いします」と連絡すれば話は終わる。
けれども,そこはそれ,いろいろあったワケであって・・・・・
B先生がM先生に連絡しようにも,電話がつながらなかったらしい。
すぐにでも解剖をお願いしたいのに,ゼク担当医が捕まらないとはどういうこっちゃ・・・いったい肝心な時に何してんねん!・・・となったかどうかは知らんが。
とにかく病理医を捕まえなくてはならない。
っで,病院病理のシノに連絡したろ・・・っとなるが,気楽に電話するほど親しい間柄ではない。
ならばとシノの同級のランに連絡をする。
なぜなら,ランはB先生の直属の後輩。
ランからシノに「何とかせえ!」と言わせれば,話は通じるだろう。
・・・そういう事情で,この電話と相成ったようだ。
▼ AM7:10
「・・・事情は分かったわ,ラン」
「すまんねぇ,朝早くから」
「早速,ゼク当番のM先生に連絡してみるけど・・・」
「ほんじゃ,頼むわ」
・・・自分の役割を終えたランは電話を切る。
考えて見れば,ランはこの件にはまったくの部外者。
伝令係で,気の毒な立場と言える。
しかし,受け取ったリレーのバトンは確実に次走者へ渡すことが大事。
▼ AM7:15
M先生に連絡しようとするが,連絡先がわからない。
どうすればええねん!
M先生の連絡先を知ってそうなヒトと言えばと,思いついてシノ妻に聞いてみる。
実はM先生の奥さんと仲が良いシノ妻。
なので,M先生の奥さんに連絡すればなんとかなるんちゃう?
しかし知り合いとは言え,突然他人の奥さんに連絡するのは非常に気が引ける。
が,これも仕事だ。
意を決して電話するが,なかなか携帯にでてくれない。
まぁ,当り前か・・・・・
10回目の呼び出し音で電話を切ろうとすると,ちょうど10回目で応答してくれる。
「もしもし・・・」
「あの~,もしもし,私・・・」
自分の名を名乗り,事情があってシノ妻から連絡先を聞き出したことを詫び,M先生に代わって下さいと頼む。
ホントに申し訳ない・・・
「あっM先生,ゼクです・・・すぐに大学病院外科のB先生に連絡してください」
「わかりました」
っと言うことで,なんとかM先生へバトンを渡し終える。
▼ AM7:30
ランから再び電話。
なんでも,ランの先輩であり,今回の解剖依頼医であるB先生。
待っても待ってもゼク担当医のM先生から連絡がないらしい。
しびれを切らして再びランに電話して,早くしてくれるように言ってくれ!と催促したらしい。
・・・んなもん,知るかいな!と一瞬思うモノの,ここは深呼吸。
ランから言付かったB先生の携帯番号を,M先生に知らせるバトンを受け取る。
▼ AM7:35
再びM先生奥さんに連絡。
今度はすぐに応答してもらえる。
「何度もすいません,先ほどのシノです」
「主人に代わりましょうか?」
「すいません,お願いします」
・・・こうしてM先生にB先生の携帯番号を伝え終える。
▼ 人選に難ありか?
今回のゼク伝言リレーは,B先生→ラン→シノ→M先生奥さん→M先生とつながった。
このリレーは最初っから最後までスムーズなんだが,唯一「シノ→M先生奥さん」のつながりが悪い。
たとえば
シノ→後輩のアミ先生→(アミがいろいろ苦労して調べて)→M先生
あるいは
シノ→シノ妻→M先生奥さん→M先生
これくらいの人選だったらば,少なくとも自分の負担が減ってよかったのかもしれん。
伝言リレーは人選が肝心という話。
▼ 開業ラッシュ?
近所に「しのクリニック」が開業する。
シノ妻や義母が,近所の知り合い数人から「お宅,開業するの?」と聞かれたらしい。
もちろんそんな予定も見込みもつもりも甲斐性もない。
なので,「まさか・・・ウチはないよ」と答えること幾度だったようだ。
すると今度は,近所で開業中で同級生のランから電話がある。
「・・・ところでさぁ,今度近所に開業するしのクリニックって,身内のヒト?」
「ほんなワケないやろ」
「まぁそうならええけど・・・てっきり関係者かと・・・」
「ウチはランクリニックさまさまやないの・・・ウソや無いって」
こう多方面からいろいろ言われると,打ち消すのもなんだか面倒になってくる。
▼ 看板は柔らかめで・・・
そう言えば,新規開業のクリニックって,なぜ平仮名表記が多いんだろう?
この「しのクリニック」も,なぜか「篠クリニック」とか「志野クリニック」ではない。
「ランクリニック」もそうだ。
中には女医さんらしく,「まゆみクリニック」だの「なおみクリニック」だの,自分の名を冠する傾向もある。
政治家でもあるまいし・・・・・平仮名にするメリットなんて無いんちゃう?
確かに平仮名にすると,なんだかやさしく親切な感じはする。
わかりやすく丁寧に病状を説明しますよ・・・ってな宣伝効果を狙っているのか?
いかなる理由があるのかは知らんが,看板名は柔らかめが流行りだ。
▼ 縄張り争い?
まぁ,ランが新規開業を気にする理由はわからんでもない。
競合相手は少ない方がいい。
誰しもそう思うだろう。
診療圏というのがある。
地方都市周辺部のこの辺りでは,クリニック開業地から半径1㎞以内を指すようだ。
この診療圏内の住人ならば,なにかあれば罹ってくれるだろうという目安。
つまりはそれによって,受診する患者数を予想したりする。
もっとハッキリ言えば「縄張り」みたいなもんだ。
なので,診療圏内にある開業医がいわゆる「商売がたき」になる。
ラン先生の縄張り内に,このたび2件の商売がたきが開業することになるという。
しのクリニック以外にも,整形外科のクリニックができるらしい。
そのクリニックは,〇〇病院の整形外科部長だった先生で,年齢は45歳ほど,出身大学は・・・・・と異様に詳しいラン先生。
こういう事情は,薬屋さんを通じていろいろ入ってくるらしい。
まぁ少しナーバスになる気も分からんでもないが・・・
堅実で真なる医療を心がけていくことしか,なにもしようがないだろう。
わかっちゃいるけど,やめられない・・・か。
近所に「しのクリニック」が開業する。
シノ妻や義母が,近所の知り合い数人から「お宅,開業するの?」と聞かれたらしい。
もちろんそんな予定も見込みもつもりも甲斐性もない。
なので,「まさか・・・ウチはないよ」と答えること幾度だったようだ。
すると今度は,近所で開業中で同級生のランから電話がある。
「・・・ところでさぁ,今度近所に開業するしのクリニックって,身内のヒト?」
「ほんなワケないやろ」
「まぁそうならええけど・・・てっきり関係者かと・・・」
「ウチはランクリニックさまさまやないの・・・ウソや無いって」
こう多方面からいろいろ言われると,打ち消すのもなんだか面倒になってくる。
▼ 看板は柔らかめで・・・
そう言えば,新規開業のクリニックって,なぜ平仮名表記が多いんだろう?
この「しのクリニック」も,なぜか「篠クリニック」とか「志野クリニック」ではない。
「ランクリニック」もそうだ。
中には女医さんらしく,「まゆみクリニック」だの「なおみクリニック」だの,自分の名を冠する傾向もある。
政治家でもあるまいし・・・・・平仮名にするメリットなんて無いんちゃう?
確かに平仮名にすると,なんだかやさしく親切な感じはする。
わかりやすく丁寧に病状を説明しますよ・・・ってな宣伝効果を狙っているのか?
いかなる理由があるのかは知らんが,看板名は柔らかめが流行りだ。
▼ 縄張り争い?
まぁ,ランが新規開業を気にする理由はわからんでもない。
競合相手は少ない方がいい。
誰しもそう思うだろう。
診療圏というのがある。
地方都市周辺部のこの辺りでは,クリニック開業地から半径1㎞以内を指すようだ。
この診療圏内の住人ならば,なにかあれば罹ってくれるだろうという目安。
つまりはそれによって,受診する患者数を予想したりする。
もっとハッキリ言えば「縄張り」みたいなもんだ。
なので,診療圏内にある開業医がいわゆる「商売がたき」になる。
ラン先生の縄張り内に,このたび2件の商売がたきが開業することになるという。
しのクリニック以外にも,整形外科のクリニックができるらしい。
そのクリニックは,〇〇病院の整形外科部長だった先生で,年齢は45歳ほど,出身大学は・・・・・と異様に詳しいラン先生。
こういう事情は,薬屋さんを通じていろいろ入ってくるらしい。
まぁ少しナーバスになる気も分からんでもないが・・・
堅実で真なる医療を心がけていくことしか,なにもしようがないだろう。
わかっちゃいるけど,やめられない・・・か。
「畜うること厚ければ発すること遠し。誠の物を動かすは,慎独より始まる。独り処るとき能く慎まば,物に接する時に於て,太だ意を著けずと雖も,而も人自ら容を改め敬を起さむ。独り処るとき慎む能わずんば,物に接する時に於て,意を著けて挌謹すと雖も,而るに人も亦敢て容を改め敬を起さじ。誠の畜と不畜と其の感応の速なること巳に此くの如し。」
『沢山蓄えられていれば,遠くまで顕われる。誠が物を動かすのは,独りを慎しむということから出て来る。いつでも独りを慎しむ者は,人物に接した時ことさら用心しなくても人は自然にその容を正して尊敬の意を表するものである。
もし,独りを慎しむ習慣がなければ,人に接する場合,用心して謹んでも,人は決して容を正し,尊敬を払わない。
誠が蓄えられておるのと,蓄えられておらないのと,その感応の速やかなことは,こういうものである。』
(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)
<しの訳>
独りを慎む・・・か。
人の目が無い場合,自分の「地」が出る。
自分の地,つまり本当の自分・誠なる気持ち。
それを慎みなさいという教え。
まったく痛いところをついてくる。
先日の市中病院での外勤時。
標本が早く読み終わってやれやれ・・・と大学への帰路につく。
その病院の駐車場から出ようとすると,前の車が出口で止まっている。
出口の自動精算機に千円札を入れようとするが,どうもお金が入らないようだ。
お札を反対向きにして入れようとしてもダメ。
しわをのばして入れようとしてもダメ。
入れ場所をいろいろ変えてみてもダメ。
こうなりゃ力づくで・・・とお札を押しこんでもダメ。
焦るおばちゃんだが・・・お金を入れないことには,出口のバーは開かない。
とうとうクルマを下りて,ドンドンドンと精算機を叩きだす。
が・・・ダメなもんはダメ。
「緊急時に押してください」ボタンを押しても,こういう時には応答ナシ。
見かねた近くのおじさんが手伝いに来たが,やっぱりお札は入らない。
っで,結局はおじさんが持っていた(と思われる)100円硬貨を入れることで,ようやく解決。
この一連の出来事を,後続の車の中でじっと見ていた自分。
「おばちゃん,どうしたの?」と一声かけようとすればできた自分。
なのに,何もしなかった自分。
こういう時に蓄えんでどうすんねん・・・・・
『沢山蓄えられていれば,遠くまで顕われる。誠が物を動かすのは,独りを慎しむということから出て来る。いつでも独りを慎しむ者は,人物に接した時ことさら用心しなくても人は自然にその容を正して尊敬の意を表するものである。
もし,独りを慎しむ習慣がなければ,人に接する場合,用心して謹んでも,人は決して容を正し,尊敬を払わない。
誠が蓄えられておるのと,蓄えられておらないのと,その感応の速やかなことは,こういうものである。』
(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)
<しの訳>
独りを慎む・・・か。
人の目が無い場合,自分の「地」が出る。
自分の地,つまり本当の自分・誠なる気持ち。
それを慎みなさいという教え。
まったく痛いところをついてくる。
先日の市中病院での外勤時。
標本が早く読み終わってやれやれ・・・と大学への帰路につく。
その病院の駐車場から出ようとすると,前の車が出口で止まっている。
出口の自動精算機に千円札を入れようとするが,どうもお金が入らないようだ。
お札を反対向きにして入れようとしてもダメ。
しわをのばして入れようとしてもダメ。
入れ場所をいろいろ変えてみてもダメ。
こうなりゃ力づくで・・・とお札を押しこんでもダメ。
焦るおばちゃんだが・・・お金を入れないことには,出口のバーは開かない。
とうとうクルマを下りて,ドンドンドンと精算機を叩きだす。
が・・・ダメなもんはダメ。
「緊急時に押してください」ボタンを押しても,こういう時には応答ナシ。
見かねた近くのおじさんが手伝いに来たが,やっぱりお札は入らない。
っで,結局はおじさんが持っていた(と思われる)100円硬貨を入れることで,ようやく解決。
この一連の出来事を,後続の車の中でじっと見ていた自分。
「おばちゃん,どうしたの?」と一声かけようとすればできた自分。
なのに,何もしなかった自分。
こういう時に蓄えんでどうすんねん・・・・・