『しのゼミ』 -11ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

帰宅しようと病院の南玄関まで来ると,外は土砂降りだった。

「ほんの10分前からやねん,こんなに雨ひどうなったんは」

「あーほんまに?」

「今は横なぐりやからなぁ・・・出ん方がええワ」

玄関に避難してきたヒト達が退避を勧告しながら,降る雨を恨めし気に眺めている。



部屋に戻って置き傘を取ってくるのは,メンド臭さが先に立つ。

南玄関から駐車場までは遠すぎるし,走ってもずぶ濡れになるだろう。

しかし,その途中にあるバス停車場から駐車場までは随分近い。

反対側の北玄関からバス停車場まで遠回りしたすると,その通路は屋根付きだ。

なので,最後のオプションを選択して,とりあえずバス停まで向かうことにする。



バス停には土砂降りから避難してきた先客が居た。

高校生と思しき男女二人組。

びしょ濡れだ。

彼らの近くには,その所有物らしき自転車が二台。

どうやら大学病院近辺までやって来て,この急な雨に襲われた模様だ。



屋根付き通路の突端までやってきた自分は,駐車場へダッシュするタイミングを見計らっている。

弱まる気配の無い雨をしばらく見上げていると,突然,自分の背後を誰かが通り過ぎていく。

怒ったような靴音を響かせるのは,先程からバス停に雨やどりをして居た女子高校生。

その行く先を見やると,いつの間に移動したのか,男子高校生がずぶ濡れになって雨の中に突っ立っている。

痺れを切らした?ように,その彼に向って少女は何かを叫びながら近づいていく。

「・・・○X○・・・」「・・・△□△・・・」

少しの間,二人は何やら言い争っているが,強い雨音がそれをかき消している。



少し小降りになってきたか・・・

まだまだ,もーちょい・・・

そろそろか!?

そう思ったタイミングで,駐車場に走りだす自分。

すると,先程の雨の中の高校生二人は,静かになっている。

ワインレッドのタオルを頭からかぶって,お互いに向き合いながら。

何かに突き動かされるように,口を重ね合う若人たちの横を,「今だ!」とばかりに走り去る自分・・・・・

雨の中の小さな恋の物語と,お呼びでないエキストラ。



▼ 新人病理医カガワ君に教育中。

とある病理報告書で,
ガンは確認されません!
と自信満々に言い切るカガワ君。

しかしちょっと待て!

標本を一見すると,
明らかな悪性細胞は居なさそうだ。

でも丁寧に見直すと,
ちょっとヘンな細胞が少数居る。

しかし,
それはガンとしての条件を満たしているのか?

炎症などの修飾を受けただけではないのか?

そうやって吟味してみると,
確実に悪性とするにまでは至っていないようだ。

では参考として,
臨床側の意見に耳を傾けてみる。

すると,
肉眼像からはガンの可能性があるとのこと。

ならば,
良性のように見えるおとなしめなガンなのかもしれん。

あるいは,
標本面にガンが見えていないだけなのかもしれん。

はたまた,
適切な部位からの標本が作られていないのかもしれん。

なんてことはない,
ホントにガンなんて居ないのかもしれん。

・・・「ガンはありません」と言うだけのことが,
なぜ難しいの?

そう思われるかもしれないが,
この「不在」診断は,
時と場合によって,
とてもしんどく感じられる。




経験を積んでくると,
「ある」と言うのはどちらかと言えば容易い。

しかし,
「無い」と言うのは,
いろんな落とし穴があるだけに注意を要する。

ガンが居ると診断することに緻密さが要るならば,
ガンが居ないと診断することには粘り強さが要る。

ガンの診断には,
多くのヒトの眼と技が関与しており,
また多くの技術的な過程を経ている。

「無い」と言うためには,
介在するそれらのエラーの可能性にまで注意を及ぼす必要が出てくる。

「ええか?カガワ君,無いっちゅーのは難しいんやでぇ」

「わかりました,ありがとうございます」




▼ 「スイマセン,シノ先生,○○さんという患者さんの標本を持ってないですか?」

秘書さんにそう尋ねられる。

どうやら担当の内科の先生が,
その標本を借りたいと言っているようだ。

「ボクんとこには無いみたいだけど」

確かにその標本は,
少し前に自分が診断した記憶がある。

でもそれはとっくの昔の話であり,
とっくの昔に自分の手元を離れているはず。

「これってシノ先生が最終ですよね」

確かに最後に誰の手にあったのか?
と言われれば自分だ。

でもそれははるか昔の話。

「たぶん,もう返却したよ」

探すフリをして,
ちょっと不機嫌にそう言い放つ。

自分が最も疑わしいようだが,
無いモンは無い。

「でも,返却された記録が無いんです・・・」

あくまで,
お前が犯人だ!と言い張る秘書さん。

「無いって言われてもなぁ・・・どこまでその標本が管理されてて,どこで無くなったのかをちょっと調べてみて」

オレじゃねーよ,
他を当たってくれ。

「ハイ・・・もう少し探してみます」

ゼッタイあんたやって思うけど。




たぶんオレじゃないけど,
ちょっと気になる。

っで,
あちこちと自分の部屋を探してみると,
見慣れない標本が部屋の隅っこに置いてあるのに気付く。

そのラベルの名前を見てみると,
まさに今探している標本の患者名に一致する。

あちゃー

そう言えば・・・・・

写真を撮り直そうとして,
ここに置いておいたのをすっかり忘れてた!

しかし,
いまさら遅い。

あんなに「無い!」って言い張ってしまったことを,
取り返すことはできない。

少しタイミングを置いて,
秘書さんに申し訳なさげに言いだす自分。

「スマンスマン,無いって言ったけど,やっぱあったワ」

今回は降参やけどな,チキショー。

「あーよかった,ありがとうございます」

やっぱりな,フフフッ。




無い!ということの難しさを身にしみて感じる日々。


とあるコメディカルさんたちの集まりにお邪魔した。

彼らの定期研修会で話をして欲しいと頼まれたからだ。

ちなみにその内容というのが,
この情報化社会においていかにうまくネットを使いこなしていくか?
というようなこと。

引き受けたからにはしっかりやりたいが,
そんなコト話せと言われても,
すぐには難しい。

漠然としてるし,
つかみ所がないし,
あまり知らない話題だし・・・・・

そもそも,
そんなことは自分の研究や仕事とはあまり関係無いし,
ハッキリ言って興味も無い。

ナイナイ尽くしだ。

それに,
ネットに詳しいヒトならたくさん居るし,
他にふさわしい依頼先があるだろうに。

どう考えてもミスキャスティングだ。



そんなことに関係なく,
研修会の予定は近づいてくる。

乏しいやる気を振り絞って,
講演内容を考える。

どうせやるなら面白いものにしたい
という欲が出てくる。

ヒトはどう思うかは分からぬが,
少なくとも自分が面白くなければならぬ。

型通りに入門書を読んだり,
抽出した要点を並べ変えたり,
それらを図表で表わしてみたり・・・・・

それから,
大体の流れをスライドに落としてみるが,
見直すと自分的に面白くない。

ちょっと捻りが足りないみたいだ。

もう少し深めたり崩してみるか・・・・・

そんなことにかかずらわって,
時間はどんどん過ぎていく。



っで,
研修会当日がやってくる。

そこそこのスライドが出来上がり,
それをなるべくゆっくり,
わかりやすく吐き出す。

気のせいか,
みなさん,
眠りも飽きもせず聞いてくれてたみたいだ。

それからすすめられるまま懇親会に参加。

みなさんの輪に入れて頂き,
気持ちよく飲む。

滅多に飲めない新潟産の高級酒が出てくる。

ありがたく頂戴すると,
途端に記憶がすっ飛ぶ。

多くのヒトと話したようだが,
ほとんど覚えていない。

いつものことだ・・・・・




断れない形でやって来たイヤなこと。

それが良い思い出に変わりながら過ぎ去っていく。

結局,
励まされて助けられて,
なんとかバランスを保てている自分。



うーーうーーうーーーーーー

ちょうど正午を知らせるサイレンが辺りに鳴り響く。

あ~もう12時か・・・・・

そろそろお昼ごはんかな。

サイレンを聞いてなのかどうか,家路に急ぐ小学生が,腰を浮かして自転車をこぎ始める。

農作業に精を出す近所のヒトも,腰を伸ばして一息つく。

自分の田舎では,物ごころついた時からの変わらぬ風景だ。



自分が通った小学校は,平野が終わって山中に入る手前にのんびりと位置していた。

ちょうど山麓に小学校が建っており,その2階の窓から見渡すと,30km先の街の建物までが一望できた。

お昼に鳴り響くサイレンは,その小学校の裏山から発しており,「サイレン山」と呼ばれていた。

おそらく,そのてっぺんにサイレンをかき鳴らす装置が置いてある筈・・・・・

しかし,その「装置」を見たものは,自分たちの周りには居なかった。

「サイレン山に行ったら,クマが出るそーやで」

「クマに出会ったら最後,どんなに早足で逃げても追いつかれるそーやで」

「サイレン山に登って,サイレンが鳴りだしたら,あまりの音の大きさに耳が悪くなるらしーで」

「以前に,サイレン山で自殺したヒトがおるらしいで」

そんな噂が,小さな子どもたちの冒険心を削ぐことに成功していた。



なぜかは忘れたが早めに下校となったとある日の午後。

通学路から外れて,山麓の用水路わきを,道草して帰る子供らが7~8人。

「サイレン山に登ってみよっか?」誰かが思いついて言いだした。

「う~~ん,どうする?」行ってみたいけど,ちょっと怖い。

「オレ,ちょっと用事があるねん」

「オレも帰るわ」

「オレも・・・」

二人,三人・・・と参加者は少なくなる。

結局残ったのは,言いだしっぺと中途半端な勇気をもった三人のみ。



ちょうど小学校裏からサイレン山に向かって,辛うじてヒトが通れるような登り道が一本あった。

そこを登れば,サイレン山に行けるハズ・・・・・

そうは分かっていても,行ってはいけない場所だと当然の如く思っていた。

「じゃあ行くで」

初めて踏み入る,ジグザグとしたきつい傾斜の山道。

途中で出会うヒトなど居ない。

いつしか道が分かりにくくなってきて,少し心細くなってくる。

3人居ればなんとかなるか・・・・・とにかく上へ上へと向かっていく。

しばらく登り続けると山稜に達する。

そこから尾根づたいに進むと,そこが「サイレン山」だった。



その頂には,刈り取られたのか樹は生えておらず,4本の柱を組んだ櫓だけが立っていた。

櫓の上には,少し大きめなスピーカーが設置されていた。

たったそれだけ。

それが「サイレン山」の正体だった。

そこから眺める下界のパノラマは素晴らしかった。

「よく見えるな・・・」

どこまでも広がる眺望は,少々登った程度では掴むこととて叶わないこの世界のデカさを感じさせた。

しかし,そんな登頂の余韻にいつまでも浸っている余裕はなかった。

こんなところに居ることが誰かに見つかれば,きっと大目玉を食らうだろう。

それに,いつサイレンが鳴りだすか分からない。

サイレンは正午だけでなく,火事やダムからの放水などの緊急を知らせる役目も担っている。

どこまでも鳴り響くあのサイレンを,こんな至近距離で聞いたとしたら,鼓膜が破れるかもしれん・・・・・

「さ,もう帰ろか」

誰かがそう言い出したのを幸いに,とっとと下山した。



そんなサイレン山からのサイレンが,今日も鳴り響く。

農作業従事者が少なくなり,時間を知るには腕時計を見れば事足りる時代なのかもしれん。

最早,サイレン山伝説など語られないし,ひょっとして近づく子供など居ない時代なのかもしれん。

が,サイレンは定時になるとサイレン山からどこまでも響いていく。

腹減った~~~



某臨床科(D科とでもしておく)のカンファにお邪魔した。

その科の教授先生に,
「D科関連の腫瘍について話をしてほしい」
と直々に頼まれたからだ。

実は,
そのD科と病理とは,
歴史的にけっこう疎遠。

加えて,
スタッフの先生に自分と近しい人はいない。

同級のD科入局者で大学に残る者もいない。

そんな事情もあって,
これが緊張の初訪問になる。



準備万端整えて,
約束した時間きっかりにD科カンファ室に伺う。

するとそこは・・・・・

華やかな秘園だった。

医局員の半分以上が女性。

しかも若い。

気のせいか,
みんな可愛く見える。

こんなハーレム的な環境に,
煽てられたら電信柱にも登るような自分の性格が加わって,
ミニレクチャーにも自然と力が入る。

良い気になってしゃべり続け,
終わってみれば約束の時間を15分も超過。

なにやってんだか・・・・・



目を「灯台もと」に転ずれば,
我が病理部に所属するのも,
自分の他はアミ・テルの女性陣。

最近の病理関係の研究会に行くと,
若い女医さんが目立つようになった。

近頃の学生から,
「病理に興味があります」
って言われる場合,
どちらかと言えば女性が多い。

もしも病理医志望者動向を調べたとすると,
最近では男女比半々くらいか?

近い将来の病理の世界は,
D科のような女性優位に向かっているのかもしれん。

女性に選ばれることは光栄だが,
選ばれにくい科もあるワケであって,
それらを比較してみると,
まだまだ「男社会」な医の世界や,
見えないハードルがいくつも見えてくる。



D科カンファが終わって。

自己満足に浸りつつ部屋を出ていこうとすると,
某女医さんに呼び止められる。

「あの~・・・」

握手かサインでも求められるのかと思ったが,
とっとと仕事の話になる。

「1週間ほど前に病理診断を受け取った○○さんの件ですが・・・」

どうやら先日に診断した難解症例の説明を求められているらしい。

「あーあれかぁ・・・あれ難しいからなぁ」

返答に窮しながら,
ハーレムな病理もいいかも・・・とか,
そこでスルタンのように君臨したら・・・とか,
でもやっぱり長続きしないかも・・・とか,
そんなことを夢想していた五月晴れの日。