やらないことを選択する | 『しのゼミ』

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日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

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私の見るところ,企業の役員は,一般に行動することは好きである。
だが,行動しないことの大切さに目が行かない。

人間の本性として,どうしても華やかな行動に目が行き,世間もそれを賞賛する。
事前に慎重な検討をして,あえて行動しないことには誰も注目しない。
だが,作為と不作為は車の両輪であり,いずれも同等に大切なものである。

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▼ 「行動しない」行動をする

人生は選択の連続だ。

さまざまな場面で選択を迫られ,悩み,そして選びながら生きている。

実際の選択に当たっては,一つに絞ることもあるし,二股かけることもあるし,複数のイイとこ取りをすることもある。

そんな中で,何もしないという選択肢。

それは,自重するという行動を選択する・・・・・・とも言えるか。

確かにそういう選択もしているのであろうが,あまりそれを意識していないのが現実だ。



▼ 何もしないメッセージ

この何もしないという「行動」は,それはそれでメッセージを発する。

たとえば,病理の若手教育の場面にて。

後輩のアミ先生は信じられないほどの頑固者。

10年先輩であるところの自分の意見に対して,素直に首をタテに振らない。

ガミガミ言っても,自分なりに納得してからでないとアグリーしない。

そんな彼女に対して口調は強くなる一方なんだが,たまにあえて「意見しない」ことがある。

アリャー間違ってるわ~って思ったとしても,あえて口にしない。

そうして自分で気付くのを待ってみる。

もちろん場面にもよるが,こうしてアミ自身で気付く方が,教育効果はあるように思う。

人からガミガミ言われたことよりも,痛い思いをしたりヒヤッとしたことから学んだことは長続きしているようだ。



▼ 但し・・・

「何もしない」ということは,また違ったメッセージを発する。

それは「かかわり合いになりたくない」というネガティブな意志だったりする。

また,「見て見ぬふりをする」という無責任な態度だったりする。

それに,何もしないのは単純に言えば楽チンだし,「楽をしている」とも言われかねない。

考えて見れば,生きていれば純粋に「何もしない」という状態はありえないことに気付く。

ならば,「何もしない」ときは,それがどういうメッセージを発するかを十分に意識しよう。