講師と講演内容に惹かれて,とある勉強会に参加する。
その講演者は,けっこう名の知れた先生。
と言っても,自分の興味のある狭い世界の中での話なので,一般にはなじみはない。
いわゆる「知るヒトぞ知る」というんだろうか?
その実力は(この世界のヒトなら)誰もが認めるところ。
専門書の共同著者にも度々名を連ねている。
学会への貢献も大だ。
いつの頃からか自分は,密かに思ってこの先生を目標にしている。
あんな感じのヒトになりたい・・・
こういうことができるヒトになりたい・・・
だれにもそんなあこがれのヒトがいるだろう。
夢ほど遠くはない,頑張れば手が届きそうな目標と言い換えてもいい。
自分の場合は,以下の点を重視してあこがれているようだ。
まず,出身や業績だけではない「実」がたわわにあること。
実があるかどうかは,たとえば講演内容で伝わってくる。
実は一日にして成らず。
日々の努力の賜物だ。
たわわな実は,豊富な実地の経験に根ざしている。
なので,知識が薄っぺらではない。
時に,自分が感じたことのあるような素朴な疑問に触れて,さらりとその答えを教えてくれたりする。
それから,おもしろいこと。
ギャハギャハと笑うのもキライじゃないが,それよりも話の切り口とか展開とか焦点の当て方が洒落ている。
奇を衒うのではなく,案外シンプル・理路整然で分かりやすい。
一言で言ってみれば「打てば響き渡るような感じ」か。
漫画「浮浪雲」のような「底知れない」感じか。
そんなものにあこがれる。
その後の懇親会で,楽しくお話を伺う。
この先生とのこんな接近遭遇は初めてだが,想像していたとおりの先生だ。
実り多い研究会だったが,帰宅後になってあこがれの先生から頂いた名刺が見当らないのに気付く。
確かに財布と一緒にポケットに入れたハズだが・・・・・
どっかへ落としてしまったのかもしれん。
受け取った時には,話に夢中だったし・・・・・
その後には財布は触ってないし・・・・・
やっぱ受け取った直後が一番怪しい。
名刺がポケットではなく,懇親会会場の床に落ちていくイメージが浮かぶ。
落とした名刺は,次から次へと通り過ぎるいろんな靴に踏まれていく・・・・・
まるでゴミのように・・・・・
自分のあこがれが汚され踏みにじられる・・・・・
最悪だ。
なんたる不覚。
信じられん失態。
罰として,次の日の朝食抜きとする。
温すぎか?