写真を撮りたくて撮ってるワケじゃないヒトもいるってこと | 『しのゼミ』

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

依頼主「すいません・・・写真をお願いしたいんですけど・・・」

写真撮影の依頼がひっきりなしにある。

と言っても,ここはカメラ屋ではない。

これは病院病理の話で,引き受け手は病理医の自分。

依頼主は大学病院臨床医。

被写体はきれいな風景ではなく「ガン細胞」。

写真の用途は,たとえば珍しい症例を研究会や学会や論文で発表するので,その典型的な病理組織像が欲しいなど。



シノ「・・・ちょっと今は手が離せんけど・・・」 

病理写真と言っても,要はガン細胞をパチリと撮るだけの簡単なこと。

医療従事者ならば少なくとも学生時代に病理教育は受けている。

だから典型的なガン細胞くらいは,自力で見つけてもらわなきゃ困る。

それに,そもそも病理医の本務は病理診断すること。

写真を撮る義務はない。

ならば必要なヒト(=臨床医)が自分で撮ればええやん・・・

そういう意地悪も言おうと思えば言える。



依頼主「・・・いつでもいいので,何とかお願いします・・・」

被写体=細胞は気を使って選ばなければならぬ。

被写体選びのポイントは客観性重視。

客観性と言うか,「最大公約数」的な考え方ができる経験が必要。

つまり,ほとんどのヒトがガンだと同意してくれる細胞を探さねばならぬ。

主観的に「あぁいいな~」とか「うわ~きれい」という理由で決めるものではない。

そこには喜びは少なく,妥協と戦う努力がいるし時間がかかる。

例えれば,「とびっきりの美女」ではなく,「証明写真」を撮る感じ。

そんなこんなで,病理写真(=こんな面倒な仕事)なら専門の病理医にとなる。



シノ「・・・しょうがねーなー・・・」 

実は絵的なものを扱うのは,元来苦手な自分。

別にこんなこと,改まって告白せんでもええとは思うが・・・・・

たとえば美術館で。

名作と言われるものを見てもあまり感動しない。

むしろ,絵の下のプレートばかり見ている。

「へえ~,これがマチスか・・・」とか「おー,セザンヌやん・・・」とか。

画家の名前ばっか気になって,肝心の絵を見ていない。

たとえば,スケッチ。

シェーマや絵的なもので,何かを説明しようとすることがあるが,その書く絵がヘタクソ。

似顔絵を描いたりするセンス=ゼロ。

たとえば,小学生時代の写生大会。

入選というか佳作に引っかかった回数すらほとんどナシ。

少なくとも自分は,写真屋の「適性」はあまりないと言えるか?



シノ「・・・まぁどうしてもって言うんなら,撮ってもええけど・・・」 

こんな適性無しだが,ボランティア精神溢れる写真屋シノ。

撮る写真はツマランけど,ツボは外さず無難。

撮影一回に付きポテチ一袋と格安。

最近は原油高に便乗して,ポッキ-一箱に値上げを検討中だが・・・

お蔭様で・・・というか困ったことに繁盛している。