煮詰まり誤用指摘後の我が心の変遷 | 『しのゼミ』

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日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

「国語の乱れに・・・」という新聞記事の見出しに目が止まる。

文化庁世論調査にて,「ぶぜん」とか「煮詰まり」とかの誤解が多いとの記事。

なになに・・・・・

自分もよく使う言葉なので,記事を読み進めていくと,次のような例示があった。

「煮詰まり」~議論され尽くして,結論が出る状態になること



▼否認

え~~~,うそやろ・・・・・

広辞苑にもそう書いてあるけど,ホントかよ~~?

「煮詰まる」って,「議論され尽くしても結論が出ないような状態」やないん?

このブログにも「煮詰まり=行き詰まり」として使っているところが複数箇所あるし。

みんなもそんな風に使ってるやん,でしょ?でしょ?。

そんなん当たり前の使い方やし,自分だけやあらへん。

ぜ~~ったいにうそや~~~



▼怒り

そう言えば,ちょうど前回の自分の記事にも,「そんな煮詰まったドン詰まり状態」なんて書いてある。

百歩譲ってそれが間違った用法とすると,なんちゅうタイミングの悪さ!。

わざわざ自分の記事で誤用した直後に新聞発表なんて,狙われたようで感じ悪いな~~

そんなもん調査して,果して何の意味があるん?

そもそも調査なんてすんなよボケっ!

意味無い調査して,意味無い報告して,意味無い議論を引き起こすのは,まったく意味無いっちゅうねん。

国語なんて乱れとらん!

誤用などで変わりゆくだけやん!



▼取引

千歩譲って誤用してたとすると,公開ページに「煮詰まって行き詰まり」なんてでかでかと書いてあるのはカッコ悪いっていうか。

ちょっと訂正しといてもええやろか?

まぁ誰もそんな細かいところまで読んどらんし。

訂正しても気づかれる可能性限りなくゼロやし。

万が一気付かれても,「あれ?そうやったっけ?」ってしらばっくれればええことやし。

誰か「訂正してもええんちゃう」って言ってくれたら,訂正してもええけどな・・・・・



▼抑うつ

・・・やっぱ,オレってアホやな。

「煮詰まり」なんて使うんなら,意味調べてからにせーや。

はぁ~,やんなるなもう。

ブログなんてやるの10年早いっちゅうねん,自分。

誰も読んでくれんブログなんてさっさとやめとけって。

はぁ~,疲れるわ・・・



▼受容

でも・・・・・

考えてみればそんなちっぽけな間違えなんてどうでもええんちゃう?

煮詰まろうが憮然としようが,何となく言いたいことは分かるし。

まぁ間違えたんなら,素直に訂正しとくけど・・・・・

ブログの失敗に教えてもらったワケやし,これも勉強やな。





告知されたガン患者さんが死を受け入れるのに「否認→怒り→取引→抑うつ→受容」という心の変遷を辿るように,

自分も「煮詰まり誤用」を指摘されて類似の過程を辿った。

ようやく落ち着いた未熟な自分。

それにしてもハズカシイ・・・・・