目に見える問題はダミー | 家庭を子どものBASEに 佐伯和也公式ブログ

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子どもが思う存分遊ぶ(ゲーム含む)ことで、知的好奇心が育ち、それが勉強にも繋がっていく

「子どもには問題がある」

 

って思った時の問題は、十中八九、

 

「ダミーの問題」

 

です。

 

 

 

病気で言うなら「症状」です。

 

病気って、ウィルスとか、病原菌が悪さしているとしても、それ以前に、

 

「身体の習慣」

 

「心の習慣」

 

による。

 

 

 

そもそも、病原に対しての抵抗力を弱くする生き方をしている。

 

んで、病気になり、症状が出るんだけど、症状って、

 

「今の生き方はマズいで!!」

 

っていうシグナルに過ぎない。

 

 

 

だから、薬や治療によって症状を取り去ったところで、病気になる生き方をしている限り、再発する。

 

再発すれば、また薬飲んで、治療して・・・病院や製薬会社が儲かっていく。

 

 

 

子どもの行動や発言、状態に対して、

 

「問題だ!」

 

って思った時には、目に見えていることを何とかしたところで、結局、また別のところに支障が出てくる。

 

 

 

例えば、子どもがゲームばっかりしてて、それを親が問題視したとする。

 

ゲームが問題なんだから、ゲームに制限をかけたり、取り上げたりする。

 

 

 

でも、子どもは結局、こっそりゲームをしたり、友達の家でゲームをしたり、四六時中ゲームのことばっかり考えてたりする。

 

これは何も問題じゃないのだ。

 

 

 

「症状」っていうと何か悪いもののように思えるかもしれんけど、

 

「今、ただそういう状態にある」

 

っていうだけ。

 

 

 

今、子どもはゲームをしたいんだ、ってこと。

 

親が、子どもが関心を持っているゲームについて関心を持たず、

 

「子どもをコントロールしたい」

 

「子どものありのままを認めず、理想的な子ども像に当てはめたい」

 

みたいな気持ちがあるのよね。

 

 

 

だから、親が強権を振るって、子どもの話を聴かずに、一方的にゲームに制限をかける。

 

子どもは我慢を強いられるわけだから、ストレスが溜まる。

 

 

 

そのストレスが、子どもの発言や行動に反映されてる。

 

子どもが嘘をついたりすることもあるでしょう。

 

 

 

でも、それは子どもが嘘をついているんじゃなくて、

 

「親が、子どもに嘘をつかせてる/嘘をつかざるを得ない状況を作り出してる」

 

のよね。

 

 

 

この場合、問題って何かというと、

 

「何も問題が起こってないところを『問題』だとしていること」

 

です。

 

 

 

子どもがゲームしてるだけなら、誰も何も困らない。

 

「夜、うるさくて眠れない」

 

っていうなら、それはゲームが悪いんじゃなくて、

 

「夜にゲームをしていること」

 

と、そして、これがめちゃくちゃ大事なんだけど、

 

「親が、子どもに自分の気持ちを伝えていない」

 

っていうこと。

 

 

 

親が子どもを責めたり、怒ったりするんだけど、

 

「私は、夜は静かに寝たい」

 

ってのを伝えてなかったりするのよね。

 

 

 

その気持ちを伝えずに、

 

「夜遅くまでゲームするのはいけない!」

 

っていきなり、子どもを責めたり、傷つけたりする。

 

 

 

そんな親の話、聞くわけないやんね。

 

 

 

親が子どもが理解し、受け取れる形で気持ちを伝えていないんだから、子どもは親の願いを聞き入れるわけがない。

 

強いて挙げるなら、

 

「親が子どもに自分の気持ちを伝えていないのに、問題だと思っていること」

 

が問題なわけです。

 

 

 

親が子どもに伝わる形で、自分の気持ちを伝える。

 

子どもは子どもなりの言い分も、気持ちもあるから、それもちゃんと聞く。

 

そういうコミュニケーションを取ることが解決策になってくる。

 

 

 

あらゆる問題は対人関係にあるのだ。

 

対人関係にあるということは、

 

「そうしない子ども」

 

の裏には、

 

「そうするように伝えていない親」

 

がいる。

 

 

 

「そうさせないようにしている親」

 

もいる。

 

 

 

何か問題が起こると、

 

「子どもが悪い」

 

「子どもに原因がある」

 

って思いがちなんだけど、その発想は問題解決を遅らせる。

 

 

 

なっかなか解決しません。

 

なんでかっていうと、

 

「問題は対人関係の中にある」

 

んだから、

 

「親の関わり方が問題発生の一端を担っているから」

 

です。

 

 

 

泥まみれの靴を履きながら床掃除をしているようなもんです。

 

拭いても、拭いたそばから汚れていく。

 

 

 

やから、まずは自分が泥まみれの靴を履いていることに気付いて、それを脱ぐことが先決よね。

 

子どもを悪者にして、子どもを責めて、子どもにキレて、子どもに価値観を押し付ける自分。

 

子どもの話を聴かない自分。

 

子どものことを未熟だと思い、侮ってる自分。

 

 

 

そういう自分に気付いて、変えていって、子どもと対等な関係としてコミュニケーションを取れるように修正していく。

 

そしたら、子どもにも話が通るようになる。

 

 

 

目の前で起こってる問題は、

「今まで自分がやってきたことに、なんか間違いがあるんやで」

って教えてくれてるに過ぎない。

 

 

 

子どもに対して、モヤモヤ・ザワザワ・イライラすることもそうです。

 

変えるのは子どもじゃなくて、自分。

 

自分に変えるところがあるのを教えてくれてるのが、イライラなどの感情です。

 

 

 

目の前で起こってる問題は、

 

「ダミー」

 

やから、それを解決しようとするよりも、自分を見つめ直した方が早い。