戦争のあとの戦争。映画「この国の空」 | 忍之閻魔帳

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映画 この国の空 二階堂ふみ 長谷川博己


▼戦争のあとの戦争。映画「この国の空」

今年で戦後70年の節目を迎えた日本が変わろうとしている。
変わることが必要だとする声と変わらぬことを尊ぶ声が
激しくぶつかってもつれ合い、澱んだ空気の充満した2015年の夏を、
10年後の私達はどんな想いで振り返っているのだろう。

戦争を経験した年寄りの多くは、あまり戦争について語りたがらない。
映画「ひめゆり」にも出演している、ひめゆり学徒のある生存者も
戦後40年間は戦争について語る事が出来なかったと言っている。
亡くなった友人の死が重過ぎて、戦場跡に出向いたのすら30年後だったという。
ようやく語る気力を取り戻した時には、少女は「おばあ」と呼ばれる年齢になっていて
語り継ぐための時間も多くは残されていない。
そんな方々が「命あるうちに、今一度平和の大切さを説いておかなくては」と
力を振り絞ってメッセージを発信している。

毎年放送されている「ヒバクシャからの手紙」を始め、
スペシャル番組「きのこ雲の下で何が起きていたのか」
「憎しみはこうして激化した ~戦争とプロパガンダ~」
今年のNHKは熱の入ったプログラムを連発している。
私達に出来ることは、戦争を経験した人々の声や
当時のエピソードや記録を扱った作品に少しでも多く触れることだ。




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現在、いくつかの戦争映画が公開されている。
今日はその中から「この国の空」を取り上げたい。
芥川賞作家・高井有一の同名小説を、「Wの悲劇」「ヴァイブレータ」
「大鹿村騒動記」「共喰い」「海を感じる時」など
1970年代から現代に至るまで多くの良作で脚本を手掛けてきた荒井晴彦が映画化。

太平洋戦争の末期、空中警報を気にしながら青春を過ごしている
19歳のヒロインが、妻子持ちの隣人に恋心を抱き道ならぬ恋に身を焦がす物語。
主演は「私の男」「ほとりの朔子」の二階堂ふみ。
共演は「ラブ&ピース」の長谷川博己、工藤夕貴、富田靖子、奥田瑛二、石橋蓮司。



来秋公開を目指して現在制作中の映画「この世界の片隅に」もそうなのだが
近年の戦争映画は、その時代に生きた人々の生活を丁寧に描くことで
日常のすぐ隣(頭上)で起こっていた非日常を際立たせる手法が主流になってきた。
かつて黒木和雄監督が得意としていた演出方法が、監督が亡くなって
そろそろ10年が経とうという頃になり、ようやく花を咲かせている。

本作も戦争の真っ直中を描いた作品でありながら
中心に据えられているのは二階堂ふみ演じるヒロイン里子の恋物語である。
空襲警報に気を配り、来るべき日に備えて窓ガラスを補強し、
水浸しになった防空壕に溜め息をもらしながら青春が無駄に消費されてゆく。
15歳から19歳。
戦争さえ起こらなければ、学友と笑いあい同級生に恋をしていたかもしれない。
「一番きれいだったとき」を戦争に奪われた里子の中で
少しずつ、確実に「女」が産声をあげる。
コンクリートの隙間から葉を伸ばす花のように、
もんぺ姿で粗末な食事しかとれない里子が色香を纏い始める。
畳の上で転がる姿が何度も出てくるのは
成熟した身体を持て余していることの表れなのだろう。

きっかけとなったのは隣人の市毛(長谷川博己)だが
感情を爆発させたのは、実は戦争なのではないかと思わされる。
里子にとっての市毛は、抑圧された生活に残された希望の光であり、手の届かない人。
妻子持ちとの逢瀬は、平和な世の中であれば決して許されない。
しかし、明日をも知れない生活を送る二人にとって
それらの障害は恋心を燃え上がらせるスパイスとなり二人の距離を近づける。
娘のことを不憫に思う母も、勘付いてはいても必要以上には咎めない。
風呂もろくに入れない、髪飾りひとつ付けられない、次々に疎開する友人や知人。
里子は、やり場のない感情をひとまとめにして丸ごと市毛にぶつけているのだ。
貪るような二人の情事は、純粋な恋心というより一種の熱病に見える。
そして戦争が終わったとき、ふと我に返った里子は悟るのである。
国の戦争が終わり、ここからは私の戦争が始まるのだ、と。



「私の男」で浅野忠信を翻弄した二階堂ふみは
本作では長谷川博己から理性を剥ぎ取る少女役を熱演。
よくよく考えると「地獄でなぜ悪い」でも共演していた二人だが
そんなことを思い出せなくなるほどの変貌ぶりに驚かされる。
洞口依子の怪しさと大竹しのぶの天性の勘を併せ持った
二階堂ふみのポテンシャルを十二分に引き出した作品と言えるだろう。

もうひとつ、二階堂の母親役で出演していた工藤夕貴も素晴らしかった。
「ヒマラヤ杉に降る雪」から後は海外に軸足を置いていたはずだが、
いつの間にこれほど芝居が上手くなっていたのか。
姉役の富田靖子も工藤と同じ80年代半ばに活躍したアイドル女優であり、
姉妹役で共演しているのを見ると何となく嬉しくなった。

里子が見上げた空は、穏やかに晴れた日もあれば
爆撃機が飛んでいる日もあった。
道の脇に行儀良くひまわりが咲き並び、トマトは瑞々しく実っていたが
眠れぬ夜に灯りをつけただけで、見回りに注意をされる。
それが当たり前の光景だった時代に、私達は二度と戻ってはならない。

映画「この国の空」は現在公開中。




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エンドロールでは、この作品の土台にもなった
茨木のり子の詩「わたしが一番きれいだったとき」を二階堂ふみが朗読している。
15歳で日米開戦、19歳で終戦を体験した茨木氏の心情に重ね合わせるように
二階堂ふみは淡々と、力強く読み上げていて惚れ惚れする。

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように、ね

「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子





発売中■Blu-ray:「7回忌追悼記念 黒木和雄 戦争レクイエム三部作 Complete BOX」
発売中■Blu-ray:「7回忌追悼記念 黒木和雄 戦争レクイエム三部作 BOX」

戦争の悲劇を様々な形で描き続けた故・黒木和雄監督の名作群。
日本映画史に残る傑作(だと思っている)「TOMORROW 明日」、
原田芳雄と宮沢りえがほぼ二人芝居で火花を散らす「父と暮せば」、
監督の幼少期の体験を題材にした「美しい夏キリシマ」の3作が
3作セットのボックスで発売。
ボックスについては、「美しい夏キリシマ」を外してでも
監督の遺作である「紙屋悦子の青春」を入れて欲しかった。




発売中■Blu-ray:「黒木和雄 7回忌追悼記念 TOMORROW 明日 Blu-ray BOX」
発売中■Blu-ray:「黒木和雄 7回忌追悼記念 TOMORROW 明日」

「Tomorrow」は、1945年8月9日、
長崎に原爆が投下される直前までを描いた作品。
原爆投下を知らずに何事もなく日々を過ごす人々を淡々と描き続け、
最後の最後で、長崎を「光」が包んで終了する。
光った後の姿を一切描かないことによって、
その瞬間、全てが「無」になってしまったことを強烈に印象づけるのだ。
私としては、本作が戦争を描いた邦画のNo.1だと思っているのだが
不思議なほど知名度が低いのが残念でならない。
戦争モノが苦手な若い世代も、せめてこれだけは観ておいて欲しい。




発売中■Blu-ray:「黒木和雄 7回忌追悼記念 父と暮せば Blu-ray BOX」

「父と暮せば」は、井上ひさし原作の映画化。
宮沢りえと原田芳雄のほぼ二人芝居で展開する舞台色の強い作品で
原田芳雄をも圧倒する宮沢りえの名演が見物。
広島への原爆投下から3年が経過した今も、
自分だけが生き残ってしまった後ろめたさから解放されない美津江と、
そんな娘を励ますべく現れた父・竹造とのやり取りを描いている。
「夕凪の街 桜の国」がお好きな方なら。




発売中■DVD:「紙屋悦子の青春」

「紙屋悦子の青春」は黒木監督が生涯をかけて行ってきた
「戦争への静かな抵抗」をテーマにした最終作。
昭和20年の鹿児島を舞台に、一組みの男女のひたむきで静かな愛を描いている。
群衆劇のスタイルをとっていた「Tomorrow」からさらに焦点を絞ったような脚本を
「父と暮せば」のような演劇的なセットで描いた秀作だが
残念ながら本作が黒木監督の遺作となってしまった。




発売中■DVD:「一枚のハガキ」

新藤兼人監督が、日本人監督としては最高齢の99歳で撮った作品。
同じ部隊に所属した100人の兵士が、戦地に赴くか、それとも掃除夫として働くかを
上官の「くじ引き」によって決められ、人生の明暗を分ける。
夫を亡くし、唾を吐きかける場所すら持たないひとりの未亡人(大竹しのぶ)と
偶然「当たり」のくじを引いて命を繋げた男(豊川悦司)。
二人の交流を新藤監督らしいユーモアを交えつつ描いていく。

監督の実体験を元にしていながら語り口はとても穏やか。
まるで監督から昔話を聞かされているような感覚に陥る瞬間が何度もあった。
全てを受け入れて、次の世代への遺言として作品を遺す。
スクリーン一杯に黄金に輝く稲穂が映し出された時、
私達はこの光景を守っていかなくてはならないのだ、と強く思った。
哀しいことに、こちらも監督の遺作となってしまった。




発売中■Blu-ray:「小さいおうち 特典ディスク付豪華版」
発売中■Blu-ray:「小さいおうち」

第143回直木賞を受賞した中島京子の同名小説を山田洋次監督が映画化。
主演は「告白」「夢売るふたり」の松たか子。
共演には山田洋次監督作品には欠かせない倍賞千恵子、
話題作への出演が続いている黒木華、片岡孝太郎、吉岡秀隆、妻夫木聡、
室井滋、橋爪功、吉行和子、中嶋朋子、林屋正蔵など。

映画は、平井家で働いていたタキの回顧録になっていて
回想シーンのタキを黒木華が、現代のタキを倍賞千恵子が演じている。
この組み合わせがまず素晴らしい。
二人の女優が同一人物を演じる時に必ず生じるズレ(違和感)が無く
布宮タキの人生が一本に繋がっているのだ。
すっかり白髪になったタキが小さな背中をさらに小さく丸めながら
「長く生き過ぎたの」とさめざめ涙を流すその向こうに
愛する平井家のために誠心誠意務めてきた若き日のタキの姿がはっきりと見える。

1940年に開催予定だった東京オリンピックが
日中戦争の勃発で流れてしまうとは夢にも思っていなかった時代。
時子の恋路とそれを見守り続けたタキの奇妙な三角関係は、
昭和モダンで彩られた背景の中で
山田洋次作品らしからぬ艶かしさを放ちながら進行する。
時子に対し主従関係以上の想いを抱きながら生涯独身を貫いたタキは
身分相応の幸せだけを願っていたはずだが
戦争はそんな細やかな希望を、日常を根こそぎ奪い去る。
こうしたアプローチは黒木和雄監督の「TOMORROW 明日」や「紙屋悦子の青春」、
新藤兼人監督の「一枚のハガキ」などでも用いられた手法で
直接的な表現を避けることで、戦争の愚かしさや悲惨さをより際立たせている。

タキの昔話に付き合いながら歴史の裏に埋もれた
当時の暮らしぶりを知る甥の健史(妻夫木聡)は、映画を観ている私達だろう。
タキが健史に語り聞かせる昔話は、これからの日本を生きてゆく私達への遺言なのだ。



▼「fire HD7 タブレット」の4,000円OFFセールが開催中


★ Amazon fire HD7 タブレット 4,000円OFFセール

1280x800の高精細ディスプレイを搭載した
「Fire HD7タブレット」が本日から8月31日までの期間限定4,000円OFF。
Amazonプライム会員は、さらに500円の追加値下げを受けられる。
我が家はセカンドタブレットとして購入。
現在はほぼKindle本%「Hulu」視聴専用と化しているが、
過度の期待さえしなければ充分使える。
アプリに関してはラインナップの薄さが否定できないので
Amazonゲームスタジオの作品は
いつでもフリープレイ可能ぐらいのことをやってくれると
ゲーム好きにもアピールできると思うのだが。



▼芥川賞2作がセットで読める「文藝春秋 2015年 9月号」


配信中■Kindle:「文藝春秋 2015年 9月号」