ちょいと欲張り過ぎだが味は上々。映画「駆込み女と駆出し男」 | 忍之閻魔帳

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映画 駆込み女と駆出し男 大泉洋 戸田恵梨香


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▼ちょいと欲張り過ぎだが味は上々。映画「駆込み女と駆出し男」

コメディからシリアスまで
オールマイティにこなす大泉洋主演の最新作が明日より公開。
井上ひさしの時代小説「東慶時花だより」を原案に、
当時の離婚事情を軽快なテンポで実写映画化したのが「駆込み女と駆出し男」である。
江戸時代の離縁は、夫からの申し出はすんなり通るが
妻の側からの申し出てもほぼ不可能だった。
酷い仕打ちに堪え兼ねた妻達が頼みの綱にしていたのが、鎌倉の縁切寺・東慶時。
この尼寺で男を断ち、2年間の厳しい修行を果たすことができれば
離縁に向けての話し合いを代行してもらえるという。
大泉洋は御用宿の一つ「柏屋」の主人・三代目源兵衛のもとで
離婚調停人として手伝う甥っ子の中村信次郎。伯母は樹木希林。
離縁を頼んでやってくる女に戸田恵梨香、満島ひかり。
その他の共演はキムラ緑子、内山理名、陽月華、堤真一、山崎努。
監督は「クライマーズ・ハイ」「わが母の記」の原田眞人。



ちょっ、ちょっ、ちょっ!
いきなりそんな早口でまくしたてられても、こちとら心の準備ってもんが
まだできてねえんだからさ、もちっとゆっくり喋ってはもらえねえかい。

と、つられた口調でぼやきたくなるほど
冒頭からテンポの良い台詞の応酬で面食らう。
聞き取るだけで精一杯、専門用語も飛び交って
耳の穴をかっぽじって必死に食らいつく鑑賞スタイルは
和製「ソーシャル・ネットワーク」。

挨拶代わりのジャブに耳が慣れてくると、台詞運びのテンポの良さ、
洒落た言い回しと随所に挿入されるくすぐりが段々と心地良く思えてくる。
時代劇のようであり、良くできた落語を聴いているようでもあり、
「わが母の記」に続いて特筆モノの美しい映像も相まって
日本映画の良心ここに在り、である。

簡単に身籠り、簡単に入籍して、簡単に別れてしまう現代とは
何もかもが違う当時の離婚事情は
女性だけに厳しい条件を課しているように思えるが、
「柏屋」で過ごす二年間は、女独りで生き抜くための
心得を叩き込むために不可欠な時間にも思える。
実際、怯えるような眼差しだったじょご(戸田恵梨香)は
みるみる瞳に力を取り戻し、元亭主(武田真治)には毅然とした態度を、
姉のように慕うお吟(満島ひかり)を反対に励ますほどに成長する。
本作の戸田恵梨香は、「自分らしく生きたい」と願う
現代女性達の先祖のような存在と言えるだろう。
シャンとしない大泉洋にハッパをかける様は良くできた姐さん女房のよう。

この物語の成否の鍵を握る信次郎を演じた大泉洋がとにかく素晴らしい。
息をするように大嘘を並べ立てる一方で滅法女に弱く、時に男気もあって、
医術においてはしっかり知性を漂わせる信次郎像を見事に演じ切っていて
もう大泉以外に適任は思いつかない。
「清須会議」で時代劇を、「青天の霹靂」で人情喜劇を、
「トワイライト ささらさや」で落語家を演じてきた積み重ねが
本作で大きな大きな実をつけている。
お調子者っぷりも含め、やはり実写版ルパンは大泉にやって欲しかった。
今年の映画賞では主演男優賞候補として活躍しそう。

キムラ緑子、堤真一、樹木希林らは物語の根幹に関わる重要な役所だが
ほんの少しだけ登場する中村嘉葎雄、でんでん、高畑淳子らが
この物語の舞台をホンモノに見せる絶妙な効果を生んでいるのも見逃せない。

あれもこれもと欲張り過ぎて143分の長尺になってしまったのは惜しいが
不思議なことに観終えると「はて、あそこはもしや・・・」との思いが
ムクムクとわき上がり、もう一度観たくなる後味の良い仕上がり。
この感覚は、映画「歓喜の歌」を見た時に似ているだろうか。

劇中に使用されている小物や言葉遣いなど、
江戸時代に造詣が深いほどに楽しめる、少し大人向けの娯楽作品。
すっかり見なくなった「粋」を味わえる貴重な作品でもあるので
久しく日本映画から足が遠のいていた方も是非劇場で。

映画「駆込み女と駆出し男」は明日5月16日より公開。




発売中■Blu-ray:「わが母の記」

井上靖が自らの体験を描いた原作を
「突入せよ!『あさま山荘』事件 」の原田真人監督が映画化。
幼い頃に母に捨てられたという想いを捨て切れない主人公が
痴呆症で壊れてゆく母親の介護を通して長年のわだかまりを解いてゆく物語。
井上靖役には役所広司、母親役に樹木希林、妹二人には南果歩、キムラ緑子。
娘には宮﨑あおい、ミムラ、菊池亜希子、娘婿に三浦貴大など。

互いの顔を見て話せばものの1分で解ける誤解でも
こちらからは折れたくないという下手なプライドと
素直に謝ることが出来ない気恥ずかしさ邪魔をして
修復のチャンスを失い、そのまま疎遠になってしまう。
皆さんにも、そんな経験がないだろうか。

「わが母の記」は、過去のわだかまりを解けずにいる母子の物語である。
何も言わないから伝聞を丸呑みしたまま数十年が経ってしまった息子と、
聞かれもしないから敢えて説明もしなかった母親。
誤解から始まった憎しみは、時の流れで風化して薄らいではいるものの
「母親に捨てられた」という思いは消えず、母親に痴呆が始まった今でも許せずにいる。
仕事もプライベートも他人が羨むような成功を収めていながら、
幼い頃の記憶を辿ると、大人になった今でも棘に触れたような微かな痛みが走るのだ。

「突入せよ!『あさま山荘』事件 」や「クライマーズ・ハイ」では
大勢のキャストをドラマティックに描いてきた原田監督だが
本作ではひとつの家族に焦点を絞り、「映画的なドラマ」を徹底的に排除している。
交わされる会話のひとつひとつが、まるでどこかの家庭を盗み撮りしたかのようで
南果歩、キムラ緑子、ミムラらの作り過ぎない芝居がリアリティをさらに押し上げる。

一見厄介者のように扱われながら、実は家族皆に愛され、
幸福のままに壊れてゆく母を演じた樹木希林は絶品。
今さら口に出して言えなかった愛する息子への想いは
50年前に置いてきた、忘れられない忘れ物。
表向き忘れたつもりで過ごしていても、心の奥にずっとあった忘れ物が
どんな形にせよ届けられたことは、やはり喜ぶべきことなのだと思う。

わだかまりと悔いを残したまま、心のかさぶたが厚くなりつつある方は必見。
日本映画の旨味が凝縮された1本だ。




68%OFF(1,594円)■DVD:「歓喜の歌」

「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」「深夜食堂」の松岡錠司監督作品。
「寝ずの番」「怪談」「しゃべれどもしゃべれども」など
落語テイストを取り入れた作品が続いた2008年公開の作品で、。
立川志の輔の創作落語が原作になっている。

暮れも押し迫ったある日、不祥事を起こして町の文化会館勤務になった
飯塚(小林薫)は、大晦日の予定がダブルブッキングしていることに
ギリギリになって気付いてしまった。
予約を入れていたのは、どちらもママさんコーラス。
たかがおばさんの趣味だろうとタカを括っていた飯塚は
簡単にどちらかの予定を移動出来るものと思っていたのだが、双方とも頑として譲らない。
困り果てた飯塚だが、ふたつのチームを行き来する間に
彼女達にとってのコーラスが、単なる趣味以上のものであることを理解していく。


物語は、「フラガール」のシネカノンらしい
ベタな展開ではあるのだが、松岡監督作品の常連である
芸達者達が勢揃いしているおかげで、良く笑いホロリと泣ける
安定感抜群の作品に仕上がっている。
主演の小林薫は言わずもがな、由紀さおりや藤田弓子らも良い味で
安田成美から生活感を全く感じない以外はほぼ文句なし。

私はとにかくこの映画が好きで、未だに毎年年末になると見てしまう。
繰り返し見ても毎回ちゃんと楽しめることも含めて、
落語の良さを損なうことなく映画化した数少ない成功例と言えるだろう。
Amazonではちょうど大幅値引き中。
人情劇がお好きなら是非お手元に1本。