生涯の一着。映画「繕い裁つ人」 | 忍之閻魔帳

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繕い裁つ人 映画 中谷美紀


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▼生涯の一着。映画「繕い裁つ人」

荻上直子監督の「かもめ食堂」のヒットは
今思えばとても罪深いことだったのかも知れないと
その後のスルーキートスの凋落ぶりや
荻上フォロワーともいうべき女性監督達が撮った
「何も起こらないけど心地良い映画」(=実はただの現実逃避)を見るたびに思う。
三島有紀子監督は、荻上フォロワーの中でもそこそこの実績を残している
数少ない女性監督で、大泉洋を主演に迎えた「しあわせのパン」「ぶどうのなみだ」という
2本の北海道モノを撮っている。
今回の「繕い裁つ人」は池辺葵の同名コミックを原作に持つ人間ドラマ。
神戸出身の三島監督が、震災から20年経った今の神戸の街並を
スクリーンに残したいと映画化を思い立ったという。
主演は「嫌われ松子の一生」「ゼロの焦点」の中谷美紀。
共演は三浦貴大、杉咲花、片桐はいり、黒木華、伊武雅刀、中尾ミエ、余貴美子。



大量発注&大量生産によって低価格を実現し、次々と商品を市場に送り出す
ファストブランドの台頭により、昔ながらの手法で職人が一着一着手作りした
服を並べるショップはすっかり減ってしまった。
回転寿司が増えて昔ながらの寿司屋が減ったのも
オリジナリティの欠片もない基本無料のアプリに押されて
頑に昔ながらのゲームを作り続ける任天堂が苦戦しているのも全ては同じ理屈だ。
『高くても良いもの』は『圧倒的に安いモノ』に駆逐され
あらゆる文化が少しずつ衰退していく。

Tシャツを買う時に「ワンシーズンで着潰すならこれでいいか」と
決めたことはないだろうか。
キャピタルで3万のデニムを買うより、1本3000円の格安デニムで
着ては潰しを繰り返した方が、確かに一度の出費は抑えられるだろう。
しかし、商品のクオリティもさることながら
裾直し時に出た端切れを使って小物入れを作ってくれたり
購入したデニムの修繕をいつでも引き受けてくれたりといった
きめ細かなサービスは受けられない。
それでも、『圧倒的な安さ』を前にすると私達はどうしてもそちらに流されてしまう。
流行りのモノはファストブランドで、一生モノはハイブランドで。
せめてそのぐらいの使い分けはしていただきたいものだ。

「繕い裁つ人」の主人公は、祖母の残した店とデザイン画を引き継いで
一点モノの洋服を作り続ける頑固職人。
仕立ての素晴らしさに惚れ込んだ百貨店勤務の青年が
ブランド化の話を持ち掛けるが彼女は拡大路線に興味がなく、
修繕依頼にやってきた常連客と思い出話に花を咲かせながら今日も笑っている。

個人商店が時代の波に押されて立ち行きいかなくなるのはどの業界も同じこと。
生き残るために頑張るのか、さっさと降りて別の道を探すか、
座して死を待つか、いずれかを選択しなければならない日が必ず来る。
中谷美紀演じる南市江は、祖母のスタイルを守り続けることを選択しつつも、
自らのデザインした服を作ってみたいという小さな夢も捨てていない。
ビジネスとして軌道に乗せることではなく
思いのままに線を引き、布を裁ち、世界にひとつだけの『南市江の服』を作ることを
夢として日々を過ごしている。
祖母のスタイルを受け継ぐ生き方に多くの人々が賛同するほど、
市江は秘めた本心をさらに奥底へとしまい込もうとする。

これは最初から最後まで市江の物語であり、群像劇ではない。
市江の心情だけはきめ細かに描かれるものの、彼女を取り巻く多くの人物は
全てコマとしての役割しか持っておらず、その扱いも酷いものだ。
市江の母・広江を演じた余貴美子は結局だんごを食っているだけだったし
片桐はいりは店番だけ、中尾ミエは庭いじりしかしていない。
市江に時間を割き過ぎたしわ寄せが、その他の登場人物にいってしまっている。
やたら間延びしたシーンをいくつも挿入する暇があるなら
市江の物語浮かび上がるよう周辺の人物も掘り下げるべきではなかったか。

象徴的な例をひとつあげると、
昔ながらのテイラーを経営する橋本という人物(伊武雅刀)が出て来る。
徐々に仕事の依頼が減った主人は還暦を過ぎたこともあるし
店を畳む決意をするのだが、市江は諦めるなと説得する。
ここでの問題は、その「諦めるな」の向こうに何の打開策もないこと。
ただ綺麗事を並べたて、赤字をひっかぶってでも続けて欲しいと
無理難題をふっかけているようにしか見えなかった。
「しあわせのパン」や「ぶどうのなみだ」でも見られた
現実から目を背け絵空事に終始する悪癖は本作でも直っていなかったか。
それでも、原作付きだけに前2作よりは随分とマシではあるのだが・・・。

中谷美紀の衣装は、この映画の市江がオーバーラップするような
知人女性の手によるものらしい。
この映画に出演を決めたのも、手作りの素晴らしさを
ひとりでも多くの方に知って欲しかったからだとか。
その意気込みはスクリーンに出ているし、彼女の芝居だけで見れば
全出演作でも1、2を争う名演だとは思う。
しかし、彼女がどれだけ孤軍奮闘したところで
説明過多と説明不足が入り乱れたバランスの悪い編集や脚本はどうしようもなく
悪い意味で『三島有紀子監督らしい作品』に止まってしまったのは残念。
ところどころに光る部分があるだけに惜しい。

スルーキートス系の作品にまだ飽きていない方や
隅から隅まで完璧に美しい中谷美紀の所作を観るだけで良い方ならお薦め。
映画「繕い裁つ人」は明日1月31日より公開。




配信中■Kindle:「繕い裁つ人(1)」
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原作コミックは全6巻で完結。
Kindle版の1巻は現在無料で配信中
気になっていた方はこの機会にお試しを。




発売中■DVD:「しあわせのかおり-幸福的馨香-」

藤竜也と中谷美紀の共演による隠れた名画が、この「しあわせのかおり 幸福的馨香」。
金沢で小さな中国料理の店を営む料理人と、取材のために訪れたその店の味に
感銘を受け、会社を辞めて弟子入りを志願する若い女性との交流を描いたドラマ。
監督は「村の写真集」の三原光尋。
当BLOGでは2008年度の邦画10本に挙げた作品。
「繕い裁つ人」とは師弟関係が逆だが、職人に惚れ込む若者という点では共通項も多い。

親を失った若い娘と、娘を失った老いた料理人が
調理人としての師弟関係で繋がり、やがて親子にも似た関係へと変化していく。
それぞれが抱えた問題点を明らかにしながら少しずつ理解を深めていく様が、
金沢の美しい風景と、思わず腹が鳴る中国料理の数々を交えつつ丁寧に描かれている。
大きな起伏のない物語だが、全てのシーンに監督独特の美的感覚が貫かれ
単なるご当地映画で終わっていない。
中谷美紀が額に汗を浮かばせながら調理に打ち込む姿が実に美しく
藤竜也、八千草薫、田中圭といった地に足の着いた役者達の確かな演技も良い。

正直、なぜこの作品がそれほど知名度が高くないのか不思議でならない。
邦画好きならば絶対に裏切られないと思うので、
興味を持った方は是非ご覧いただきたい。