人生の通り雨。映画「ぼくたちの家族」 | 忍之閻魔帳

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▼人生の通り雨。映画「ぼくたちの家族」

「舟を編む」で昨年の映画賞を総なめにした石井裕也監督の最新作が今週末より公開。
「川の底からこんにちは」「あぜ道のダンディ」「ハラがコレなんで」と
話題作を次々に手掛けてきた石井監督が20代最後の作品として選んだのが
母親が余命宣告を受けたことをきっかけに、
平凡な家族の隠された問題が浮き彫りになってゆく家族ドラマ。
出演は、長塚京三(父)原田美枝子(母)妻夫木聡(長男)池松壮亮(次男)。
共演には黒川芽以、ユースケ・サンタマリア、鶴見辰吾、板谷由夏、市川実日子。

石井監督は12月公開予定で「バンクーバーの朝日」も待機中。
日系移民二世で構成する野球チーム・朝日軍の奮闘を描いた作品で
出演は妻夫木聡、亀梨和也、勝地涼、上地雄輔、池松壮亮、佐藤浩市、高畑充希、
宮崎あおい、貫地谷しほり、石田えり、ユースケ・サンタマリア、鶴見辰吾、
本上まなみ、光石研、田口トモロヲ、岩松了、大杉漣など。
4月中にクランクアップし、現在編集作業中とのこと。



町工場で働く人々、子供との絆を取り戻そうと奮闘するシングルファーザー、
男と別れ貯金も底をついた妊娠9ヶ月目の妊婦、
地味で根気の要る辞書作成に人生を捧げた編集者・・・
華やかさとは無縁の場所で懸命に生きる人々にスポットをあててきた石井監督。
「ぼくたちの家族」もつつましく暮らす家族の物語だが
「あぜ道」「ハラコレ」ほどのコメディタッチではなく
家族ひとりひとりの心情を丁寧に掬い取った非常に繊細な演出がなされている。

平凡な家族の平凡な日常。
つつがなく暮らしているように見えても、その均衡は家族ひとりひとりが
皆少しずつの秘密を呑み込んだ上に成立した危うさを孕んでいる。
勘付いていても口に出さないのは、優しさであると同時に逃げでもあるのだが
触れさえしなければ永遠に表面化しないなら、
見えないフリでやり過ごそうとするのも理解できる。
実際、私もそうだった。
昔、「家族にも言えない、墓場まで持っていく秘密がある」と言ったら
「そんなもの、私にだってあるわよ」とあっさり母に返されたのを思い出す。
「そんなもの」の正体を、私は未だに知らないし知ろうとも思わない。

「ぼくたちの家族」の問題は、金銭トラブルを含んでいるため
放っておいてもいずれ表面化したのだろうが、決定打となったのは母の余命宣告である。
もし自分の母親が「余命1週間」と言われたら、あなたならどうするだろうか。
バラバラの家族をまとめる結び目であった母親が
「生きていることが不思議な状態」と言われた日から、元引き蘢りの長男も、
自堕落な生活を送るプー太郎の次男も、多額の借金を抱えた自営業の父も、
家族内のポジションと役割に正面から向き合うことになる。
突然告げられた母親の余命宣告は、家族を強制的に再構築する荒療治として機能する。

まとめ役になろうとする長男は、家族で唯一の稼ぎ頭。
頼りない次男とおろおろするだけの父親をまとめるのは
内向的な彼にとって明らかなキャパシティオーバーだが、
昔かけた迷惑への償いもあってか、全てを引き受けて一歩一歩前に進める。

風来坊の次男は金銭面では頼りにならない。
しかしその分、母と兄、兄と父、母と父、家族内の風通しを良くし
繋がりを円滑にする天性の愛嬌を持っている。
もしかしたら幸運を呼び込む才能も・・・。

掴みどころのない父親は、家長としての威厳も夫としての包容力もない。
火の車の会社を畳むタイミングを逃し、日増しに膨らむ借金を前に現実逃避をしている。
妻の一大事にも狼狽えるだけで、その頼りなさが長男をさらに苛立たせる。

長い人生の中で少しずつ溜め込んだ嘘はいつしか膿となって
家族の屋台骨を虫食いにする。
ぐらぐら揺れる家を三人で支える男達を
記憶の退行した母親が無垢な笑顔で見つめている。
その構図がなんとも切ない。

全編に渡って救いのない物語のようでもあるが
しかしこの映画は希望に満ちている。
人生は幸と不幸の繰り返し。
どれほどの不幸が降り注ごうとも、どこかに必ず折り返し地点があって
愛する人と手を携えれば必ず乗り越えられる。
希望が見える前に投げてしまってはいけないのだと教えてくれるのだ。

フラを踊る原田美枝子の愛くるしさ
長男の嫁に会いにいく時の長塚京三の不器用さ
ささやかな嘘を吐いてしまう次男の憎めなさ
ラストシーンで見せる妻夫木聡の表情、どれもこれも忘れられない。
今年の映画賞は主要キャスト4人が全員ノミネートでもおかしくない素晴らしさだった。

通り雨の後には、必ず虹がかかるもの。
家族を見つめ直すには最適の1本。
映画「ぼくたちの家族」は5月24日より公開。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:ぼくたちの家族
    配給:ファントム・フィルム
   公開日:2014年5月24日
    監督:石井裕也
   出演者:妻夫木聡、原田美枝子、池松壮亮、長塚京三、他
 公式サイト:http://bokutachi-kazoku.com
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



発売中■BOOK:「ぼくたちの家族 幻冬舎文庫」
配信中■Kidnle:「ぼくたちの家族」
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発売中■Blu-ray:「舟を編む 通常版」

当たり前の言葉ほど、それを知らない人に説明するのは難しい。
どこの本屋にも必ず置いている辞書には
世界でも類を見ないほど多彩な表現方法を持つ
日本語の語釈や用例が何十万も収められている。
改訂作業だけでも大変な労力を要する辞書作りにおいて
「新しい辞書作成」という一大事業に携わるのがどれほどのことなのか。
映画「舟を編む」は辞書作成に人生をかけた人々を描いた傑作である。
共演は「わが母の記」の宮崎あおい、「ゆれる」のオダギリジョー、
「指輪をはめたい」の池脇千鶴、「東京オアシス」の黒木華。
八千草薫、伊佐山ひろ子、渡辺美佐子、小林薫、加藤剛らベテラン勢が
物語に厚みを持たせている。

映画「舟を編む」を観ると、当たり前にどこの家にもある辞書が
それに携わった人々の情熱が注がれた、れっきとした「作品」であることを
今さらながら思い知らされる。
小説については疑いようもなく書き手の作品だと思っているのに
辞書はただ言葉を寄せ集めただけのもの。
そう思っている方は意外とたくさんいらっしゃるのではないだろうか。

生活する上で目に入る全てのモノに目を光らせ
知らない言葉に出会えばすぐさまその場で用例採集。
語釈についても、他社の辞書と被らないように、もっと上手い表現方法を追求する。
「あ」から始まる言葉の大海原に漕ぎ出し
いつ終わるとも知れない、気の遠くなるような作業を繰り返しながら
(本作の場合は)15年もの歳月を費やしてようやく完成する辞書。
22歳で就職したとして、定年まで勤め上げて38年。
辞書作成を一生の仕事と決めたとしても、改訂作業も入れると生涯に1冊か2冊がせいぜい。
ひとつひとつの言葉の解説に、編者のこだわりや人となりが詰まっていることを
私はこの歳になるまで意識せずにいた。
恥ずかしいと同時に、この映画でそれを知ることが出来て本当に良かった。

物語の比重をずっしり辞書作成に置き
宮崎あおいとのロマンスは彩り程度に抑えているのがいい。
文科系ならではの、表にはなかなか現れない熱さを
松田龍平が今までにないほど上手く演じている。
オダギリジョー、伊佐山ひろ子、加藤剛、渡辺美佐子らの好サポートも見逃せない。

誤用や略語も一般化すればアリとされるように、言葉は未だ日々変化している。
辞書作りが本当の意味で完成を見る日など、きっと無い。
それでも、人生をかけて言葉を採集し、語釈に頭をひねる人々がいる。
羅針盤が作られている限り、私達は今日も言葉の海を往くことが出来るのだ。