色褪せても笑顔は笑顔。映画「横道世之介」 | 忍之閻魔帳

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▼色褪せても笑顔は笑顔。映画「横道世之介」

「南極料理人」「キツツキと雨」と、良作を立て続けに発表している
沖田修一監督が次なる題材として選んだのが、「悪人」「パレード」の吉田修一が
珍しくコミカルなテイストを混ぜて書き上げた青春ドラマ「横道世之介」。
大学進学をきっかけに田舎から上京してきたひとりの青年の物語。
主人公の世之介には、沖田監督作品の常連である高良健吾。
共演には吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、余貴美子、きたろう。
高良&吉高の共演は、2008年の「蛇にピアス」以来となる。



チラシのコピーでも予告編でも隠している様子はないので
初めに書いてしまうと、この映画は、今はもうこの世にいない横道世之介という青年が
人々の心にどんな想い出を残して去っていったのかを描いた作品である。
大作と言われる「レ・ミゼラブル」や「ゼロ・ダーク・サーティ」とほぼ同じ
2時間40分も費やして、真夏に半裸でラーメンをすすったり、サンバを踊ったり、
夜の浜辺でデートしたりする世之介をひたすら追い続けている。

本作で青春を謳歌している世之介は間違いなく日常を生きているが
実際には既に亡くなっていて、今を生きる周囲の人々の記憶からは
少しずつ彼の残した想い出が薄れている。
猫のように人の懐に入り込むのが上手く、底抜けにお人好しで、
社交辞令が一切通じない、天然色全開の好青年。
友人として、異性として、息子として、誰からも愛された世之介でさえも
この世からオサラバしたら、人々の記憶の中で永遠に色鮮やかな存在ではいられない。
長年付き合いのあった悪友も、寝食を共にした友人も
心を通い合わせた女性でさえも、年を重ねるうちに、年をとらなくなった
世之介のことを忘れてゆく。

でも、忘れるということは、決して不幸なことではない。
時々思い出しては「あいついい奴だったよなあ」と懐かしく振り返るだけで
それだけで、記憶の中で色褪せた笑顔がほんの少し色を取り戻す。
また日常に戻り、忘れかけては思い出す。
このリズムを繰り返していくうちに、時間は人の記憶から楽しかった想い出だけを
上手に抽出して残してくれる。
残されたものがいつまでも哀しみに暮れているより
ずっと喜んでくれるはずだと、素直にそう思えるようになってゆく。
2年半ほど前に家族を失った私も、そう思いながら今を生きていて
だから余計に、ラストの余貴美子の手紙が泣けて仕方なかった。

「私の方が、あの子に選ばたれんじゃないかって思うの」

若手の実力派ばかり揃えているので、キャストは全員どんぴしゃ。
高良健吾は主演男優賞モノだし、何も知らないお嬢様時代から
残された者が身につけた強さまでを演じ切った吉高由里子も素晴らしい。
友人役の池松壮亮や綾野剛も皆魅力的に描かれている。

この映画には二度泣かされた。
一度目は劇中で、二度目は今回の紹介を書くにあたり予告編を見返した時。
懐かしい人をふとしたきっかけで思い出した時のように
「そうだそうだ」と相槌を打ちながら、アジカンの曲と共に泣いた。
もしかすると二度目の方が、鑑賞中よりも泣いたかも知れない。
どうやらお調子者の世之介が、いつの間にか私の心にも住み着いていたようだ。
映画の登場人物に、友人にも近い親近感を抱いたのは初めての体験だった。
私は、この映画で世之介と出会って、この映画で世之介を失ってしまったのだ。

昨年の「桐島、部活やめるってよ」に続く
今年を代表する青春映画になることは間違い無し。
「ジョゼと虎と魚たち」や「ソラニン」がお好きな方にもお勧め。

映画「横道世之介」は2月23日より公開。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:横道世之介
    配給:ショウゲート
   公開日:2013年2月23日
    監督:沖田修一
   出演者:高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、綾野剛、他
 公式サイト:http://yonosuke-movie.com/
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発売中■BOOK:「横道世之介 文春文庫」
発売中■Kindle:「横道世之介」

原作小説は文庫版、Kindle版があり。




発売中■Blu-ray:「南極料理人」
発売中■Blu-ray:「南極料理人 豪華版」
発売中■Blu-ray:「キツツキと雨 豪華版」

【紹介記事】男だらけの「かもめ食堂」。映画「南極料理人」
【紹介記事】沖田節の完成形。映画「キツツキと雨」

沖田監督作品。
スルーキートス系の流れを汲む男性監督かと思っていたら
「キツツキと雨」ではっきりと独自路線を打ち出し
本作「横道世之介」で決定打を出したという感じ。
中村義洋監督の作品に濱田岳が欠かせないように
沖田監督の作品には今後も高良健吾が出て欲しい。