うそとほんと。映画「ディア・ドクター」 | 忍之閻魔帳

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元記事はこちら。

豊作の2008年に比べて、ズシンと胸に響く作品が少ない2009年の邦画に、
ようやく「来た」と思える作品が登場した。
今回は、「蛇イチゴ」「ゆれる」の2作で既にその手法を確立した感のある
西川美和監督が、笑福亭鶴瓶を主演に迎えて撮った「ディア・ドクター」を紹介。



見渡す限りに棚田が広がり、コンビニなどあろうはずもない、山あいの小さな村。
長らく無医村だったこの村にも、ようやく医者がやって来た。
村長が連れて来た男の名は、伊野治。
温厚な顔つきと人柄は村の住人達に暖かく迎えられ、
いつしか村になくてはならない、神様のような存在になっていった。
そんな村に、東京の医大を出たばかりの相馬が研修医としてやって来た。
診察、往診、投薬、住人が飼っている動物の診察まで
全てを一手に引き受ける伊野の治療生活は、相馬にとって初めての体験だったが
どこに言っても村人達から感謝の言葉を投げかけられる伊野の姿を見て、
真の医療とは何かを真剣に考え始める。
ある日、村で一人暮しをしている鳥飼かづ子が倒れたとの知らせが入る。
かづ子の容態が思ったより悪いことを触診で感づいた伊野は
「娘達に面倒をかけたくない」というかづ子の要望を聞き入れ、
点滴を持ち、夜にこっそり訪れる生活を開始した。
村人には伊野が必要だった。
相馬にとって、今や伊野は憧れの対象となった。
しかし、「研修後にもう一度この村で働かせて欲しい」と頼む相馬に向かって伊野は言った。

「俺はニセモンや」

主演は本作が映画初主演となる笑福亭鶴瓶。
若き医大生・相馬には「余命1ヶ月の花嫁」「嫌われ松子の一生」の瑛太、
伊野の助手の大竹に「おくりびと」の余貴美子、
鳥飼かづ子に「しあわせのかおり」の八千草薫、
かづ子の娘に「大停電の夜に」「トウキョウソナタ」の井川遥など。


予告編の時点でほぼネタバレしているので思いきって書いてしまうと
村人達が神様のように頼りにしている伊野は、実は無免許医である。
伊野がそれほど優れた医師でないことは、予告編のシーンからもうかがえるし
実際のところ、診察のシーンは素人目にも適当そのものだ。
まぐれ当たりで治ってしまったり、助手の助けを借りて急場を凌いだりしているうちに、
「村が誇る名医」として伊野の実績が、本人の想像を遥かに超えるスピードで
積み上げられていったであろうことは想像に難くない。

西川監督は、この映画を「自分について書いた物語」と語っている。
「ゆれる」の興行的な成功と数々の映画賞受賞で、
「名監督」と呼ばれるようになったことへの居心地の悪さが根底にある、と。
しかし、周囲の評価と自己評価のズレが生む違和感やプレッシャーについては、
日常生活を送る上で、多くの方が感じていることではないかと思う。
医師や教師や弁護士のように、特別な資格を必要とするものはもちろん、
一般の会社でも役職によって求められる振る舞いは変わってこようし、
自己申告した日からそうと名乗ることが出来る職業ですら例外ではない。
同じ大学生でも、三流大学と東大生では世間の目は明らかに違ってくる。
家庭内ですら、父親、母親、嫁、夫、息子、娘、孫・・・。
人間は皆、何らかの役柄を演じながら日々を送っている。

何が嘘で、何が真実なのか。
何が悪で、何が正義なのか。
この世は、簡単に割り切れないモヤモヤが渦巻いている。
と言うか、モヤモヤで出来ているのだ。

「若い割には達観している」「おっさんのようだ」と評される西川監督だが
本作があのラストシーンも含めての「自分についての物語」であるならば、
やはり女性らしい、可愛らしさがある方だなと思った。

キャスティングでは、笑福亭鶴瓶を伊野に指名したのが大正解。
笑顔の下が意外と読みにくい鶴瓶の特徴を上手く引き出したのは
三谷幸喜が「古畑任三郎」で犯人役を指名して以来ではないか。
作り過ぎない安定感のある芝居は、日本のジェラール・ジュニョと呼びたい。
瑛太や余貴美子、香川照之も非常にバランスが良く、八千草薫と井川遥の母子もいい。
特に井川遥は「大停電の夜に」あたりから急激に演技力に
磨きがかかって来ており、本作での存在感はちょっと驚くほど。

最後に、この映画を見て、
谷川俊太郎氏の「うとそほんと」という詩を思い出したので紹介しておく。

うそはほんとに よく似てる
 ほんとはうそに よく似てる

うそとほんとは 双生児

うそはほんとと よくまざる
 ほんとはうそと よくまざる

うそとほんとは 化合物

うその中に うそを探すな
 ほんとの中に うそを探せ

ほんとの中に ほんとを探すな
 うその中に ほんとを探せ


■DVD:「ゆれる」
■DVD:「蛇イチゴ」

【紹介記事】オダギリジョー主演「ゆれる」2007年2月23日DVD発売決定

監督デビュー作の「蛇イチゴ」と、西川監督の名を一気に知らしめた「ゆれる」。
DVD発売時の紹介記事なのでタイトルが告知記事のようだが
作品紹介にもなっているので興味のある方は是非。

■BOOK:「ディア・ドクター×西川美和」
■CD:「ディア・ドクター オリジナル・サウンドトラック」

原作とサントラCD。