mokiti okada -66ページ目

御教え

ー 霊的な病人に祝詞とともに天数歌(あまのかずうた)を唱えることはいかがでしょうか。

やってもよろしい。ふつうは祝詞だけでいいが、特に重病の場合とか精神病、癲癇などには唱えてもよい。(天数歌 一二三四五六七八九十百千万)
注読み  ひとふたみよいつなゆななやここのたりやももちよろず

御教え

ー 一人で同時に二人の異性を想うことは許されるでしょうか。行為には表わさないで・・・・・・

想うことはしかたがない。むしろこれは多く思うほどよい、愛が多い証拠だから。私だって一〇〇人やそこらいますよ。想うだけなら想ってもいいですよ。行為に現わさねば罪にはならない。私だって美人を見ればちょっと変な気にもなりますよ。

御講話

東氏が浅草観音の写真を写しましたが、浅草観音に「施無畏」と書いた額があります。観音様は
「施無畏菩薩」と言うから書いたものかもしれませんが、意味がいままで判らん・・・。「施して畏れ無し」では判りません。これは当て字であります。本当に解釈すると「施無畏」とは、言霊の霊返しで、セムはスとなる。畏はイで、イとは位であって、主の位であります。それを匿してあったのであります。
「施無畏菩薩」は、主の位を持った菩薩ということであります。これからこういうことになるのであります。