mokiti okada -62ページ目

言霊

ア行は天、火、霊の働きで、オ行は地の働きです。ウ行は中間。

ア行、基礎音、上の働き、例えばアタマなど。

カ行、物を区切る働き、カ行音の人は几帳面です。

サ行、天狗の音、サ行音の人は天狗で、言い出したら聞かない。サ行音が二つの人は特にそうです。

タ行、物を強める働き

ナ行、地の音、七の働き。

ハ行、開く、また火の働き、八。

マ行、女性音、オミナなど。

ヤ行、速度の働き。

ラ行、龍神の働き。

ワ行、和、輪、和らげる働きです。

御教え

神の芸術



 そもそも現代人として今はいかなる時代であるかという事を認識しなければならない――という前提をもって何を私は言おうとするのであろうか? 外でもない、ラジオやテレビジョンの発明によって、全世界に起りつつあるあらゆる出来事を一瞬にして知り得るという事程、それほど物質文化は夢の間に進歩したのである。一体全体これは何を意味するのであるかというこの点がすこぶる重要事であって、何よりもこれに気付かないとすれば、現代文化を語る資格はないというべきである。
 彼の米国において、数年前より唱え始められて来た世界国家、世界政府という言葉こそ、近き将来呱々の声を挙ぐべき理想世界を暗示している事でなくて何であろう。実に一大問題である。そうなる暁はもちろん世界大統領も選出されるであろう、いかなる国家といえどもその国民中から大統領候補者を出し得る事となろう。この新世界が生れるについてはあらゆる部門にわたって大変革が行わるべきはもちろんでその中にあって根幹をなすべきものは人類思想の革命であろう。もちろんあらゆる主義は一掃されると共に思想の統一が行われるであろう。
 これを判りやすくするため一の例証を示してみるがまずここに大画伯が世界という一大絵画を描くとする。その場合各種の線と色彩とをもって最高の美を表現し、欠点のない神技を表現するであろう。もちろん世界的絵画を描く準備としては、数千年か数万年を要したであろう事は想像に難からないであろう。そうして最も重要事であるのは最初の線で、すなわちこれが長い歳月を費やして作り上げた国境線で、この線が出来上れば今度は色彩である。その場合赤も青も黄色も白も紫やその他すこぶる多彩な絵具が要る。仮にこれを民族や国に当はめてみよう。仮定的であるからその積りで読まれたい。その他の国々もそれぞれ特有の色彩の役目を果すのである。この巧みな線と多彩な色によって世界的名画は出来上るのであって、これこそ万能の神の一大芸術でなくて何であろう、ところが今日までの人類は自国特有の色彩をもって無上のものとなし、その一色のみで世界名画を描こうとするのであるから成功するはずはなかったのである。もちろん時を無視した点もある。日本や独逸(ドイツ)の敗戦がこれを雄弁に物語っている。この理によって主義や思想というものは、自分の作った一種類の絵具であるから、線の外まで塗り潰そうとしても不可能であるばかりか、他の同目的のものと摩擦を生ずる事になり、これが闘争の原因となり、結局人類愛を基本として、神が描く世界名画の邪魔になる以上一時は成功しても永くは持続しなかったのである、見よ古来から幾多の英雄が輩出したが、そのほとんどが神の芸術妨害の咎(とが)によってついに成敗されたではないか。これによってこれをみれば、今後の強大国家は他国を自国色に塗るのではなく、その国特有の色をより鮮やかに美しくしてやる事である。かような政策をとってこそ神意に添う事となり理想世界は実現するであろう。
 以上の意味によって宗教を考えてみる必要がある。宗教といえども各宗各派が色の塗り合いをしていた現在までのやり方では、時代の進歩に伴わないのみか、神の経綸と食違う事になろう。ゆえに文化の進歩の奥にある神の深意を認識し、今や新しく生れんとする理想世界建設のため、全宗教を挙げて一丸となり、吾らと共に手を携えて邁進しようではないか。

御論文

家相方位

 私は家相方位についてよく質問されるから、大略を書いてみるが、人間には人相という事があるごとく、家にも家相があるのは当然であろう。人間も人相の良し悪しによって運不運に大関係のあるごとく、家相も良い悪いによって運不運に影響するのである。私の説く家相は、易者等のいうのとは相当相違点があるが、これは誰からも教えられたものでもない。自分の霊感と経験によるものである事を断わっておく。
 世間一般の家相見が鬼門の方角を重要視する事は、私も同様である。ただ私の方との解釈が異うのである。そもそも鬼門とは、艮(うしとら)、すなわ即ち東と北との間であるが、この方角に限ってなぜ重要であるかというと、この方角からはすこぶる清浄な霊気が流れてくる。昔から鬼門を汚してはいけないというゆえんである。例えば便所、浴室、台所、出入口等があると、それらから発する汚濁せる霊気が、鬼門よりの霊気を汚すからで、その結果として、病魔や禍いの原因である邪神悪霊が跳梁する事になるからである。故に、艮から流れくる霊気は、より清浄に保たせなければならない。この意味において、もし出来う得れば艮の方角に小庭を造り、それへ雄松雌松を植え得れば理想的である。次に裏鬼門であるが、もちろん艮の反対で、坤(ひつじさる)すなわち西南の間である。これは物質が流れ来るという福分の霊気であるから、より富貴を望む上において重要である。それにはまず石と水を配するのがよい。例えば小さくとも池を掘り、石をあしらうというふうにするのである。
 次に、入口は辰巳(たつみ)すなわち東と南の間がよい。そうして門を入って玄関に至るまで、漸次高くなるのが最もよく、すべて家の位置は坂の中途、または坂の下、往来より低いのはあまり感心出来ないから、こういう家は長く住む事はおもしろくない。しかし、高所といってもその附近からみて比較的高ければよいので、相当離れた所に山があっても差し支えはない。また玄関が門から入って後戻りする位置はよくない。門から突き当たり、左右いずれか横のほうにある玄関がよい。また玄関を入り、突き当たりが突き抜けになっているのもよくない。これは運勢が止まらず、行き過ぎる意味になる。また奥の主人の間へ行くまでに二、三段高くなっているのは最もよい。
 家相を見るにあたって、磁石をおく場所が正しくなくてはならない。しかるに多くの家相見は家を基本とし、家の中心から方位を計るが、これは非常な間違いである。そもそも、家とは人間のための家であって、家のための人間ではない。人間が主で家は従である。家を建てるも壊すも主人の意のままであるからである。従って家は主人が中心で、主人の安住所、すなわち寝床がそれであるから、寝床を中心に方位を計るべきである。そうして、家の形は大体において凹みのある形はよくない、所々出っ張る個所のあるのがよい。また鶴翼の陣といって玄関から両方へ棟が長く出る、これもよいのである。
 次に畳数であるが、十畳は火水又は結びの間といい主人の居間に適し、八畳は火の間で、火は上位であるからこれも主人の居間によく、六畳と三畳は水の間であるから、妻女の居間によく、すべて畳数は偶数がよく四畳半、七畳九畳等は不可である。故にそういう畳数の場合は、板の間を混ぜて偶数にすればよいのである。また床の間は向かって右、違棚は左が原則であるが、入口の関係上その反対でも差し支えはない。床のない部屋なら、入口より離れたる所ほどよく、入口に接近したり、後戻りして床に面する形は最も不可である。
 洋間は二階はおもしろくないから、下に造るべきである。それは、洋間は靴ばきであるから道路と同じ意味になり、上下逆になるからである。
 次に方位であるが、何歳の年令は何の方角がよいなどというが、これはあまり意味がない。よく鬼門への引っ越しは悪いというが、これは反対である。前述のごとく、鬼門は清浄な霊気に向うのであるから極めてよいのであるが、ここに問題がある。それは鬼門に移住する場合、その人の業務や行為が正しくなければならない。何となれば、鬼門の霊気は浄化力が強いから、邪念や不正行為のある場合、浄化が起こり苦痛が早く来るからである。今日までの人間は、邪念や不正業務等の人が多いためそれを恐れ、鬼門を嫌う事になったのである。