その三:水妖怪、べとべとさん

水妖怪。「そんな妖怪もいるの?」「そんな妖怪いたっけ?」と思われた方もいると思う。私も去年、2017827日にtwitterにて初めて知った。

発端はゲゲゲの鬼太郎4期のオープニングに登場する「運動会が行われている夜の学校にもたれかかっている巨大な妖怪」の名前を知りたいという旨のツイート。

私もこの紫色で長い爪を持つ巨大な妖怪の正体が気になっていた。おかっぱ頭で長い爪故に「大かむろ」か?とも予想していた。

この疑問に妖怪絵師であるtera(西)™さんが実写ドラマ版『悪魔くん』(1966年)に登場する「水妖怪」ではないかと回答した。

水妖怪は19661124日に放送された『悪魔くん』第8話「水妖怪」に登場した。

今、私の手元にある資料だと、『世界の妖怪100話』「世界の恐怖妖怪たち」に載っている【水妖怪 水のあるところに現れ、やたらに、ものをこわすのが好きな妖怪】ぐらいしか紹介できないため、詳しくはWikipediaの「悪魔くん」のページか「怪獣wiki特撮大百科事典」の「水妖怪」のページをご覧いただければと思う。

ちなみに「コーヒーの中に潜み、体内に入り込んだ」、「最後は爆発により蒸発し、消滅した」等などの話の展開から、『鬼太郎夜話』(1960年)「水神様が町へやってきた」「顔の中の敵」に登場する水神様の話がモチーフ、元ネタになっていると思われる。

そんな水妖怪、鬼太郎アニメ本編に登場するのは今回が初となるが、鬼太郎作品では水木しげる原作:水木プロ作品である『最新版ゲゲゲの鬼太郎』に「水ころがし」という名前で登場している。

 

今回、鬼太郎アニメ本編に初登場となるのは「水妖怪」だけではない。水木先生が描く「べとべとさん」最終形態も今回がアニメ本編初登場である。

水木先生が描く「べとべとさん」最終形態とはどういうことかというと、水木先生が描く「べとべとさん」は複数存在し、今回アニメに登場したものは一番新しいデザインのべとべとさんと言える。

私が把握できている「べとべとさん」の図像は三種類。

まずは1966320日『週刊少年マガジン』「水木しげる先生の名画でおくる日本の大妖怪」に「深夜の墓場にあつまる妖怪たち」という8体の妖怪を紹介した絵が掲載されている。この8体の内の1体が「べとべとさん」で、毛の生えたゴム毬、短毛の生えた蝦蟇とでも形容すれば良いのか、そのような形のものに口に見える切れ込みの穴があり、そこから二つ、眼のようなものが覗いている、という姿である。このタイプのべとべとさんはその後、1966417日『週刊少年マガジン』掲載「墓場の鬼太郎 妖怪大戦争 1回」にて多摩霊園に集った妖怪たちのコマにひっそりと描かれている。また、このタイプのべとべとさんの姿に似たキャラクターが「フギアくん」という名前で雑誌『フィギュア王』の背表紙に使われている。(私自身、どこで見たのか記憶が定かではないが、水木先生が『フィギュア王』用のキャラクターとして描かれたものであるという)

1968915日『週刊少年マガジン』「決定版!日本妖怪大画集」に「べとべとさん」単体の絵が掲載されている。白い石のようなものに口のような切れ込み状の穴があり、その穴の端から電子機器、デジタル時計のような物が覗いている、という姿である。水木先生の初期の妖怪画集ではべとべとさんの絵はこれが使われていることが多い。『水木しげる漫画大全集 別巻2』によれば、この絵の「べとべとさん」には模様が描かれていたようだ。模様が入ったべとべとさんは水木先生の短編「やまたのおろち」や「妖怪魍魎の巻 死人つき」でその姿を確認できる。蝦蟇かアンパンに三つの目をつけたような小さめの妖怪の姿があるが、名前こそ表示されていないが、それが「べとべとさん」である。「死人つき」にて八角円を取り巻く妖怪たちのシーンが一番分かりやすいが、その妖怪の口の中にデジタル時計のようなものがしっかり描かれている。最終形態の「べとべとさん」がアニメ本編に登場するのは今回が初だと記したが、このタイプの「べとべとさん」はアニメ5期の「死人つき」の話で他の個別の名前が無い魑魅魍魎たちの一体として登場しているのだ。

このタイプのべとべとさん。元絵は不明であるが、丸い姿が元々の形ではないようで、198311日発行『河童なんでも入門』「河童膏」に挿入された絵が元々の全体図であるようだ。

1975年に『水木しげるお化け絵文庫』が出版。この時に「べとべとさん」は口ばかり大きな半透明の二本足妖怪の姿で描かれている。水木先生の「べとべとさん」の姿ではこのタイプが一番目にする機会が多いだろう。鬼太郎作品では『鬼太郎霊団』(1996年)にこのタイプのべとべとさんが登場している。鬼太郎アニメ本編では64話が初なのだが、アニメ版「水木しげるの妖怪画談」やNHKドラマ「のんのんばあとオレ」、「ゲゲゲの女房」等でアニメになったべとべとさんが登場している。また、アニメ5期のエンディング「カクメイノウタ」でも街中を歩くべとべとさんの姿がある。20074月に公開された実写版「ゲゲゲの鬼太郎」ではCGで描かれた「べとべとさん」が登場し、人間を驚かしている。

 

NHKドラマにも登場し、鳥取県境港のあちこちで図像を見る事ができる「べとべとさん」であるが、「べとべとさん」という名称での伝承報告は少ない。

奈良県宇陀郡地方では一人で道を歩いている時に後ろから誰かがつけて来ているような足音がしてくることがあるといい、こういう場合は道の片脇に立って「ベトベトさん先にお越し」と言葉をかけてから歩くと、足音は聞こえなくなるという。

『全国妖怪事典』の編著者である千葉幹夫氏が静岡県静岡市で「ベトベトサン」の伝承を聞いている。小山を降りてくる際に足音がつけてきたため、道の傍に寄って「お先にお越し」と言うと足音が消えたという。ただし、話者が「ベトベトサン」という名称を言ったのか、便宜上、千葉氏が「ベトベトサン」と名づけたのかは不明である。

『夢で田中にふりむくな ひとりでは読めない怖い話』に、場所の記述が無いが、後ろから視線を感じて振り返るとベトベトさんに取り憑かれる、という話を紹介している。振り返らずに少し歩き、「お先にどうぞ」と言えば、足音が追い越していくのだという。

大分県臼杵市の妖怪を紹介する記事や妖怪マップに臼杵駅の裏、米山の辺りに「べとべとさん」が出たという話を見ることがあるが、実際に「べとべとさん」という名称で語られた話なのかは判断できない。

昔、臼杵市北海添の米山附近にある稲葉家御連子のお屋敷前に柳の木が生えていた。話者の祖母が夜にそこを通りかかると後ろから草履の足音がついてきていることに気が付いた。後ろを見ても誰もいないのに、足音だけがついてくる。こういう場合は般若心経を唱えると良いと祖母は聞いていたのだが、買い物の帰りで荷物が重く、般若心経を唱える余裕がなかった。とうとうそのまま家に帰りついてしまい、玄関先まで足音はついてきていた。しばらくの間、玄関先で足踏みする音が聞こえていたが、いつの間にか音は止んでいたという。これは、柳の古木の精のしわざとされており、現在、その柳の木は枯れてなくなっているという。

2014年に上記の話を私も聞いている。話者曰く、祖母は「べとべとさん」と呼んでいたというが、周囲の人間は「記憶を混同しているのではないか」と訝しんでいる。

「べとべとさん」という名称での事例については以上であるが、「べとべとさん」という名称での報告が少ないだけで、このような跡をつけてくる足音の怪は、名称が無い事もあるが、各地に多く存在する。

大分県竹田市には岡城下七不思議の一つに「眞門庵のぬれ草鞋」というのがある。夜に屏風ヶ渕の川沿いの小径を通るとビチャビチャ(もしくはベタベタ)と濡れた草鞋で歩くような足音がついてくる。振り返っても誰もいないが、歩き出すとまた音がする。来た道を照らしてみると誰もいなかったはずの小径に濡れた草鞋の足跡が残っているという。

香川県綾川町でも誰もいないのについてくる足音が聞こえることがあると言い、これを「シリウマオイ」と呼んでいる。

山形県庄内地方では「ゴウリキさん、先さこう」といえば、ついてくる足音が消えるという報告がある。(ちなみに報告者は鳩人間やガイラゴの高橋氏)

この他に水木先生も描いている「ビシャガツク」や「後追い小僧」もあるが、今後のアニメに出ないとも限らないため、紹介はまたの機会に譲る。

 

イラストレーター、氷厘亭氷泉氏が小学生か中学生ぐらいの頃に、TVタックルという番組にゲストとして水木先生が出ていらしたらしく、その際に「南方にもべとべとさんはいて、名前はベトサノバイスカ」とおっしゃっていたとのこと。氷厘亭氷泉氏もこのエピソードは覚えているけど英字表記が気になるとのことで、どなたか詳細をご存知の方はコメントをお願いします。

 

参考文献

2017827日、トロルさんとtera(西)™さんのtwitterでのやりとり

Wikipedia「悪魔くん」

怪獣wiki特撮大百科事典「水妖怪」

『墓場鬼太郎読本』株式会社角川書店2008722

水木しげる『水木しげる漫画大全集029 ゲゲゲの鬼太郎1』株式会社講談社201363

水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎 鬼太郎魔界編』株式会社コミックス/株式会社講談社1997523

水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻1媒体別妖怪画報集Ⅰ』株式会社講談社201692

「講談社コミックプラス 水木しげる漫画大全集 別巻2・初期妖怪画報集」

水木しげる『妖怪たちの物語 水木しげる妖怪まんが集2』株式会社筑摩書房1986729

水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻3媒体別妖怪画報集Ⅲ』株式会社講談社2017121

水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻2媒体別妖怪画報集Ⅱ』株式会社講談社2016122

京極夏彦「地獄に行かぬ鬼太郎 鬼太郎サーガの巧緻な構造を探ってみる」『水木しげる80の秘密』株式会社角川書店2002730

村上健司/多田克己「水木しげるの鬼太郎作品 妖怪・怪人・怪物大図鑑」『怪』vol.0022株式会社角川書店2007227

伊達市太郎「大和宇陀郡地方俗信」『民俗学 第弐巻第五号』1930510

千葉幹夫『全国妖怪事典』(株)小学館19951020

渡辺節子・岩倉千春『夢で田中にふりむくな』株式会社ジャパンタイムズ199675

臼杵妖怪共存地区管理委員会・臼杵ミワリークラブ『うすき妖怪マップ』

臼杵妖怪共存地区管理委員会・臼杵ミワリークラブ『臼杵の妖怪リスト』

斎藤行雄 古谷美和「臼杵ミワリークラブの臼杵妖怪図鑑vol2」『てくてくウォーカー20077月号』いづみ印刷株式会社20077

闇の中のジェイ「伝承報告」『豊妖新報 第二号』豊妖組合2015724

岡本香村『竹田奇聞 中』竹屋書店1975810

竹田・直入小中学校図工・美術教育研究会『竹田直入の民話』竹田・直入小中学校図工・美術教育研究会1981

香川雅信「香川県」『47都道府県・妖怪伝承百科』丸善出版株式会社2017925

監修者:小松和彦『日本怪異妖怪大事典』株式会社東京堂出版2013720

「怪異・妖怪伝承データベース」

2010819日氷厘亭氷泉氏のツイート

その二:山じじい

アニメでは4期と5期、顔が違うが1期にも登場している。4期ではぬらりひょんの助っ人として五徳猫や如意自在と共に登場。ねずみ男が朱の盆から財布をせしめるために紹介し、五徳猫たちには「鬼太郎と戦う」ということは言わず「良いバイトがある」と言って朱の盆に引き合わせた。五徳猫や如意自在と違い、山爺は終始マイペース。蝶を追ったり、鬼太郎と対峙してもドングリのような木の実を投げつけ、まったく鬼太郎に届いていないのに「ホッホッホッ」と笑っていたりしていた。5期では妖怪大運動会などの妖怪たちの集まりに参加。劇場版にて妖怪四十七士高知県代表として覚醒するが、四十七士として活躍する前に放送が終わってしまった。

鬼太郎作品で最初に出たのは油すまし同様1969119日~216日にかけて『少年マガジン』に連載された「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大裁判」だと思われる。「油すまし」共々、名前は出てきていないが、傍聴席や百々じじいの御輿を担ぐ数多の妖怪たちの中に「山じじい」の姿がある。ちなみにこの回、水木先生の短編「妖怪魍魎の巻 死人つき」(1967年)の場面が多く流用されており、「死人つき」の方にも「山じじい」が数コマ登場している。

 

1966821日『週刊少年サンデー』に掲載された「ふしぎなふしぎなふしぎな話」以来、水木先生の「山じじい」の造形は変わっていない。あの絵に対し、トラウマ、畏れを感じるなどの感想もまま見かける。アニメ4期の話でもねずみ男からは「顔だけスゴイ奴」と評され、出会った朱の盆からは「怖そう」と呟かれた。しかし、あの特徴的な顔は「山じじい」の伝承や図像に則って描かれたものではない。19651225日に発行された『世界美術全集 23 民族美術』に載っている「アザラシのイヌア」と題されたベーリング海エスキモーの木彫りの仮面が題材となっている。世界のあらゆるものには所有主「イヌア」があるというのがエスキモーの人々にとっての世界観である。動物のイヌアは動物と人間を二重にしたようなデザインという考えが基本だが、細部に関しては図像の製作者によって違うという。動物のイヌアをかたどった仮面は祭儀用で、祭りの時期にイヌアが仮面の姿をとって出現するとされる。

元は外国の仮面とはいえ、「山じじい」は目と口に特徴のある妖怪である。【目は、はなはだ大きく、しかも光っている。歯はものすごく強く、サルの頭などを、まるでダイコンをかじるように食べる】という文章も「この顔なら」と納得してしまう。

 

「山じじい」の伝承だが、ヤマジジイの他にヤマジジ、ヤマジチ、ヤマジイ、ヤマンジイ、ヤマチチ(山父)と呼ばれるものが同種の妖怪と見なされる(その他、山鬼とも)。ヤマチチという呼び方になると伝承例が限りなく多いため、「爺」を連想させる名称で呼ばれているものを今回は紹介する。

 

高知県は「山じじい」の伝承についての報告が多い。

ある人が言うには高知県の山中で「山爺」を見る人は多いという。容姿は人に似て、三四尺、全身鼠色で短い毛が生えている。顔には眼が二つあるが、一つはとても大きく、光っていて、もう一方の眼は甚だ小さい。その為、ちょっと見ただけでは一眼に見える。その事から、多くの人は一眼一足と山爺を言い表している。歯は甚だ強く、猪、猿などの首(もしくは骨)を大根のように食べる。山爺は狼から恐れられている為、猟師は山爺を手懐けて、獣の骨などを与えておくことで、獣の皮を狼の害から防いでいるという。

宝暦元年(1751年)頃にはすでに「山ヂイ」の話がある。

現在はいの町となっている旧本川村と大川村の辺りを本川郷と呼んでいたらしく、そこの人々は俗にいう「山チチ」を「山鬼」とも「山ヂイ」とも称していたという。七十歳程の老人に似ており、眼は一つ、足一つ、蓑のような物を身につけていたという。大雪の時には姿は見ていないが、径四寸ほどの丸い足跡が飛び飛びに残っており、まるで杵で押したようであったという。越裏門村(現在のいの町越裏門)に住む忠右衛門という人の母は山ヂイと昼間に行き逢ったことがあるらしく、行き違いになって振り返ると、すでに山ヂイの姿は無かったという。

本川村高薮では山姥に呼ばれると作柄が悪いが、山爺に呼ばれると作柄が良くなるという。治三郎という者が畑に種を撒こうとすると「治三郎」と呼ぶものがあった。後で種を撒いてみると、刈っても刈っても作物ができるようになり、治三郎は金持ちになったという。治三郎は山爺に呼ばれたのだろうとされている。

幡多郡大正村(現在は四万十町)の葛篭川地域の「ヤマジイ」は深山におり、人間の姿に似ている。天地も裂けるぐらいの大声で叫ぶものだといい、ヤマジイが叫ぶと生葉は震い落ちるという。

十川村(現、四万十町)広瀬では白髪のジンマ(老爺)の姿で現れるという。昔、とある殺生人(狩人)が山中でヤマジイに出遭い、「音のしくら」を挑まれた。ヤマジイはどこかに隠れると叫び声をあげた。それは辺りの木の葉が震い落ちる程の烈しさであった。自分の番となった殺生人はヤマジイを後ろに向かせると、銃に隠し玉を込め、ヤマジイの耳元でぶっ放した。ヤマジイは「ちッと聞こえた」というと姿を隠したという。

十和村(現在、四万十町)にドウシュウという所があり、その洞窟に山爺の棲家があった。ここの山爺の性格は大人しく、山で百姓などに遭うと寄ってきて餅などを取っていくこともあるという。

富山村(現在は四万十市)常六では身の丈七尺大の蓑を来た姿をしており、身を隠すことがとても早い。

高岡郡別府村(現在、仁淀川町)沢渡には岩下左衛門という猟師がヤマジイ(山んじい)に出遭ったという話が語られている。ヤマジイは一つ目一本足で身の丈は七尺余り、蓑を着たような姿で、眼は燠のようであったとも伝える。こちらも叫び声の言い合いをしている。ヤマジイが割れ鐘のような声で「オーウ」と叫ぶと、そこここの岩や木がガタガタと揺れ動いた。耳の穴が裂けてしまった猟師の話を聞いていた左衛門はしっかり耳を押さえていた。左衛門は弾を二つ鉄砲に込めると目を押さえさせていたヤマジイの耳に当てて、ぶっ放した。ヤマジイは「こっちの耳からこっちの耳へ抜けたぜや」と言った。ヤマジイが餅を欲しがったため、左衛門は焼いていたまつご石をヤマジイの口に放り込み、灯油を一升流し込んだ。驚いたヤマジイはその場から逃げ、岩屋の棲家に戻るとヤマンバに「明日の晩、蜘蛛に化けて左衛門の家の自在を伝って入る」と告げた。それを聞いていた左衛門はあくる晩にやってきた蜘蛛を団扇と箒で火にくべてしまったという。

高知市にある国見山、別名雪光山の主は山爺(ヤマジジ)だという。土佐郡鏡村(現在、高知市)吉原の川村徳太郎(もしくは徳次)という殺生人がヤマジジに遭遇した。眼が真っ青で、背が八尺はありそうなものがバシバシと音を立てて近寄ってきた。男女の区別も付けづらく、表情は怒っているようにもニタニタ笑っているようにも見えた。人間の形をしたそれは殺生人の前でじっと座っていたが、殺生人のお守り「伊勢の黒金丸」という弾丸を込めた銃を向けられて、それ以上近づいて来ず、やがてどこかへと姿を消した。朝方に逃げ帰った殺生人から話を聞いた近所の者がその場所にビス(据銃)を仕掛けた。五日ほどして、ビスにかかって例のヤマジジが死んでいたが、殺した者もその家族もその後死んでしまったという。

香美郡物部村(現在、香美市)別府の中尾番に住む中尾家の祖先は昔、行者山で山爺に遭ったという。山爺からもらったタカキビの種を山畑に撒いてみると豊作で、その年の暮れの28日には餅をねだりに訪ねてきた山爺に腹いっぱいの餅を食わせた。翌年も同様でタカキビは豊作であったが、山爺は去年より余計に食べた。そのようなことが毎年続き、終いには山爺に三斗ほどの餅を食われてしまうようになった。このままでは家が潰れてしまうと考えた中尾家は川原石を焼いておき、例年通りやってきた山爺の口に流し込んだ。あまりの熱さに茶を欲しがった山爺に対し、中尾家の者は荏胡麻の油を飲ませた。喉の痛みにこらえきれなくなった山爺は行者山へ向かって走り、臼ノ谷にて絶命した。その後、栄えた中尾家であったが、火事などの不運が続き、落ちぶれてしまったという。また、山爺は山の王であり、山に棲む生物を従えているともいわれる。

香美郡上韮生村(現在、香美市)では人間の姿で出てくるといい、香北町(現在、香美市)にある平家森には山爺のしゃれこうべを祀る祠があると言われているが、その祠を尋ねる人はいないという。

土佐清水市の横道村には「岩井のおかね」という女猟師がいた。このおかねが猪を取るためにヌタ待ちをしていると、ミミズが目の前に現れた。ミミズを見ていると蝦蟇が現れてミミズを食べた。その蝦蟇を今度は蛇が呑み込んだかと思うと猪が現れて蛇を食べてしまった。おかねは鉄砲を構えたが、「今度は自分が食べられるのではないか」と考えた。すると「猟師、いい思案だ」と夜の山を揺るがすように吠える者がいる。声のする方をおかねが見上げると、燠のように赤い一つ目を輝かせ、一本足で立っている山んじいがいた。おかねは火縄を掴んだまま走って逃げたが、気がつくと火縄が手を燃えぬいていたという。

新兵衛と山爺という「馬方と山姥」の系統の話もある。眉間に月のような目玉がある恐ろしい老爺の姿で現れ、新兵衛が購入した大根に味噌、醤油、連れてきた馬まで全部食べてしまった。命からがら逃げた新兵衛は大きい門構えの家に入り込むがそこは山爺の家、二階に隠れていると、山爺が帰ってくる。雨が降ったら釜で寝ようと山爺が呟くので、新兵衛は小便で雨が降っているかのように装った。釜の中で山爺が寝たことを確認した新兵衛は釜に蓋をした上にどっさりと石を積み置き、釜の下で火を焚いた。釜の中から出られない山爺は真っ赤に茹って死んでしまったという。

 

愛媛県東宇和郡野村町(現在、西予市)惣川のとある家の先祖が山へ猪を取りに行ったところ、一頭取れたところへヤマジイと出くわした。焼いた猪を全て平らげた上に「もっとくれ」と目の前に手を差し出された。先祖はそこに向かって鉄砲を放つと、ヤマジイは大きな音を立てて倒れた。翌日、「女中はいらないか」と美女が先祖の家に訪ねてきた。あまりにも美人であったため、逆に警戒した先祖は「背中向きに川を飛び渡れば雇おう」と言った。するとすぐにわけもなくやってのけた女中に驚いた先祖はただ事ではないと発砲した。命中した女中はたちまち胸幅1m程の大きな婆の姿に変わって倒れた。その後、その家の中では毎晩、ズルズルズルズルと眠れない程うるさくなった。占ってもらったところ、旦那であるヤマジイの仕返しに来て返り討ちにあったヤマンバの仕業であることが分かった。そこでヤマンバを祀ったところ、静かにはなったものの、ずいぶん貧乏するはめになったという。

似た話は東温市重信にもある。半助という鉄砲の名手が銃の手入れをしているところへ上林に住む山爺が現れた。「それはなんじゃあ」と尋ねる山爺に火吹き竹と偽って銃をくわさせ、半助が引き金を引いた。弾が当たった山爺は滝の岩屋へと逃げていくのを、半助も後を追った。「女中になって仇を討つ」という山姥の言葉を聞いた半助は女中にやってきた見知らぬ女に水汲みを言いつけ、その間に準備した鉄砲で山姥を仕留めたという。

 

徳島県三好市山城町の水無を山ジチという大人が襲った。五人の人間と二匹の犬を喰い殺し、吉野川を足も濡らさずに飛び越したという。敵わないと悟った村人は讃岐の山伏に依頼して山ジチを退治してもらった。山ジチは白餅に似た焼き石を食べて死んだという。

 

主に四国地方に話が多い「山じじい」であるが、他の地域にも伝承がある。

和歌山県では丸裸で体中に松脂を塗り、顔は濃い髭で覆われているという。田辺市中辺路町近露の関ノ平に仙八という猟師がいた。ある日、山に行くと身の丈一丈近くもある山爺が現れ、吠え比べを挑んできた。山爺が吠える間、仙八は耳を詰め、仙八の番の時には山爺に目を押さえさせた。山爺の耳元で一発、鉄砲をぶっ放すと、驚いた山爺は山奥へと逃げていったという。

 

宮崎県東臼杵郡諸塚村には三ツ山の主である三ツ山太郎という山んじいと四ツ山にいる四ツ山太郎という山んじいがいた。三ツ山太郎は火のように赤く光る三つの目に毛むくじゃらな一本足という姿、四ツ山太郎は四つ目の顔に一本足、三ツ山太郎より強いとされている。四ツ山太郎に追い出されそうになった三ツ山太郎は鉄砲の名人である九右エ門に助力を頼み、四ツ山太郎を討ち取ってもらうが、自身も四ツ山太郎によるひっかき傷が元で身が腐り、死んでしまった。主がいなくなったため、二つの山を合わせて、七ツ山と呼ぶようになったという。

 

参考文献

アミューズメント出版部編『アニメ版ゲゲゲの鬼太郎妖怪事典』株式会社講談社2010712

『水木しげるvs京極夏彦「ゲゲゲの鬼太郎解体新書」』株式会社講談社1998313

水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎①―鬼太郎の誕生』中央公論新社2007225

水木しげる『妖怪たちの物語 水木しげる妖怪まんが集2』株式会社筑摩書房1986729

水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻2媒体別妖怪画報集Ⅱ』株式会社講談社2016122

渋沢敬三『世界美術全集 23 民族美術』角川書店19651225

柳田國男『妖怪談義』株式会社講談社1977410

小松和彦『怪異の民俗学② 妖怪』株式会社河出書房新社2000725

広江清「近世土佐妖怪資料」『日本民俗文化資料集成 8 妖怪』三一書房198811

市原麟一郎『土佐お化けばなし1土佐の妖怪』株式会社一声社1977525

松谷みよ子・桂井和雄・市原麟一郎『日本の伝説22 土佐の伝説』株式会社角川書店1977910

松谷みよ子・瀬川拓男・辺見じゅん『日本の民話⑦ 妖怪と人間』株式会社角川書店1981810

多田克己「物部村の霊の世界」『怪 第六号』株式会社角川書店199991

山村民俗の会『山の怪奇・百物語』エンタプライズ株式会社1989525

土井中照『すらすら読めてすっきりわかる えひめの伝説~妖怪編~』アトラス出版2010730

「怪遺産認定地 山城大歩危妖怪村の妖怪名所ガイド」『怪vol.0025』株式会社角川書店200887

和田寛『紀州おばけ話』株式会社名著出版1984625

比江島重孝・竹崎有斐『日本の伝説31 宮崎の伝説』株式会社角川書店1979220

ネット配信によりやっと今期鬼太郎を見る事ができました。公式様ありがとうございます。

当ブログ主、闇の中のジェイです。今回もアニメに出てくる妖怪を紹介するのですが、

4話のタイトルは「不思議の森の禁忌」。

どうも今回は6期オリジナルエピソードの様子。予告にはタイトルと足跡だけの描写があったため、水木先生の短編「足跡の怪」をアニメ化したものか?と思った方もいたようですが、公式の予告動画の説明文によると禁忌に関する事柄は「山じじいの木の実を摘むこと」なので、おそらくタイタンボウは出て来ないと思われます。

予告動画および説明文からゲゲゲの森の住人を紹介する話と思われるのですが、そのため、油すましや山じじいの他に、どれだけの妖怪が登場するのかは現段階ではわからないので、3回に分けて登場妖怪を紹介していきます

 

その一:油すまし

 

まずは予告動画に登場した油すましについて。

油すましはアニメだと3期、4期、5期にて鬼太郎の味方として複数回登場している。原作ではセリフがある登場人物として度々出てくることもあるが、鬼太郎作品で最初に出たのはおそらく1969119日~216日にかけて『少年マガジン』に連載された「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大裁判」だと思われる。この話では「油すまし」という名前は出てきていないが、傍聴席にいる数多の妖怪たちの中に油すましの姿がある。その後、19867月『週刊少年マガジン』に掲載された新編ゲゲゲの鬼太郎「煙羅煙羅」にて、妖怪裁判によりねずみ男が火あぶりの刑に処せられるのだが、その様子を見る妖怪の一人として油すましが出ている。同じく19867月に掲載された「死霊軍団」にも登場。ゲゲゲの森の住人として登場し、地獄の非常口について説明するシーンがある。おそらくこの場面が鬼太郎漫画において、油すましの初セリフと思われる。1986年以降、油すましは頻繁に鬼太郎作品に登場するようになる。

鬼太郎作品では上記の通りだが、水木先生の漫画全体で見た場合、『週刊少年マガジン』連載、主人公:山田真吾版『悪魔くん』の「なんじゃもんじゃの巻」(1967年)に登場したのが最初のようだ。この時の油すましは主人公である悪魔くんの敵として登場している。

 

どの作品においても油すましの造形はあまり変わらない。栗もしくは蟹の甲羅や横に寝かせたピーナッツ、大豆を思わせる横長の顔にすました表情、蓑を身につけ、杖を持っている。

この姿は水木しげる先生が「蟹」と呼ばれる文学人形の首(かしら)をモデルにしていることがわかっている。「弱い敵役の人物として使われた首だけの人形の図に水木先生が体を付け加えたデザイン」があの姿である。モデルがあるとはいえ、油すましとしてのあの姿は水木先生オリジナルのものとなる。『怪』vol.0018掲載の「現代妖怪図像学―水木しげる版「油すまし」を中心に―」(今井秀和)や『妖怪の理妖怪の檻』(京極夏彦)に詳細が載っているので、そちらを読んでいただきたい。

 

では元々油すましはどんな形をしているのかというと、はっきりとは申し上げにくい。

油すましについては浜田隆一氏が『天草島民俗誌』にて紹介したものが最初の報告である。『天草島民俗誌』には「油ずまし」という題で【栖本村字河内と下浦村との境に草隅越と言うところがある。ある時、一人の老婆が孫の手を引きながらここを通り、昔、油ずましが出おったという話を思い出し、「ここにゃむかし油瓶さげたとん出よらいたちゅぞ」と言うと、「今もー出るーぞー」といって出て来た。】という話を紹介している。(栖本村は現在、天草市となっている)

その後柳田国男氏が「妖怪名彙」にて【アブラスマシ 肥後天草島の草隅越という山路では、斯ういう名の怪物が出る。或時孫を連れた一人の婆様が、爰を通って此話を思い出し、爰には昔油瓶下げたのが出たそうだと謂うと、「今も出るぞ」と謂って油すましが出て来たという話もある(天草島民俗誌)。スマシという語の意味は不明である。】と記している。

油すましについての初期情報については以上の通りである。

 

油すましは油瓶が下ってくる怪ではないかという説をまま見かける。

これは柳田国男の「妖怪名彙」が似たような妖怪、共通点があると思われる妖怪を並べているためで、油すましもツルベオトシ、フクロサゲ、ヤカンヅル、アブラスマシ、サガリと並べて紹介されている。アブラスマシ以外の妖怪たちはそれぞれ釣瓶、袋、薬缶、馬の首が上から下がってくる怪である。

「妖怪名彙」において、アブラスマシは【油瓶下げたのが】と記述されている。この部分から柳田翁は油瓶が下ってくる怪と解したと見られる。

主にこの説を提示しているのは小説家の京極夏彦先生。『百鬼夜行解体新書』掲載のインタビューでは「油瓶が下ってきた」と考える方が矛盾しない、日用品が下ってくる怪と噂していたモノが現れる「今でも坂」系の怪談パターンが混入した伝承であろうという旨を語っている。

 

 私、闇の中のジェイも京極先生の説明からこの説をかつて支持していたが、実際に油すましの類話を見てみると「油瓶が下る怪ではないのではないか」という考えが出てきてしまった。

結論から言ってしまうと私は「油すましは人型の怪が出てくる」モノだと考えている。理由としては

・私の知る限りの類話の多くが、人型もしくは人の体の一部が出てくる怪であること。

・類話の名称が「場所による命名」か「昔いた人物のあだ名」によって付けられていること。

・「油瓶さげたとん」というのは「油瓶提げた殿(人、者)」という意味なのではないかと思われること。

・油すましの伝承地区に近い場所に油すましどんと呼ばれる石像があること。

以上が考えの根拠であるが、詳しく述べていこうと思う。

 

まずは油すましの話のように噂していたら「今でもいる」と言って実際に出てきたという形式の類話を紹介したい。

 熊本県では油すましの他に類話が3つ存在する。

天草市河浦町にかつてあった一町田村益田に「うそ越」というところがあったという。昔から物騒な場所であったここを二人の旅人が通りかかった。「昔はここに血のついた人間の手が落ちてきおったそうだ」というと「今もー」と声がして、血の滴る手が坂を転げ落ちてきた。二人は驚き、急いで先に進むと「ここには生首が落ちてきたそうだ」と話した。するとまたすぐに上方から「今ああ……も」と声がして恐ろしい生首が目の前にころころと転げ落ちてきた。旅人たちもこれにはたまらず一所懸命に駆けだしたという。

現在、宇城市となっている下益城郡豊野村下郷小畑には「今にも坂」という坂がある。昔、この坂を夜に通行すると大入道が出現して立ちふさがり、両の膝頭に射るような眼光を放って驚かせた。そのような話をしながら今にも坂を通ると「今にも」と言って、件の大入道が出現したという。故に「今にも坂」と呼ばれているそうだ。この「両の膝頭に射るような眼光を放って」というのは目撃者の膝頭を睨みつけた意なのか、それとも大入道の膝頭に目があったという意なのかは判然としない。

天草市有明町には「かんねんごけじょ」と呼ばれる老婆がいたという。占いを生業としていた後家女で、「かんねんのい(ごめんねの意)」と言うのが口癖だったという。彼女の死後、二人の旅人が「この辺りには昔、かんねんごけじょという婆様がいたそうだ」と語っていると老婆が住んでいた辺りから「今でも、おっぞいおっぞい、けへへ……」と言って耳まで口は裂け、腰の曲がった老婆が現れたという。

 

熊本県の東南側にある宮崎県には類話が2つある。

児湯郡高鍋町には「米とぎチンジョキジョキ」という話がある。昔、月の出てない夜に二人の婦人が洗町を通り過ぎようとしていた。一人の婦人が「この橋の下には昔、米とぎの化け物がいたそうねー」と話すとその言葉が終わらない内に橋の下から「いまもおります、チンジョキジョキ。いまもおります、チンジョキジョキ。」と怪しい声がした。驚いた二人は真っ青になって逃げ帰ったという。この話では声の正体が明らかとなっている。その時刻に橋の下で宮越や川原の水守の人が待ち構えていたそうで、持っていた鍬を叩いたり、石垣でこすったりしてチンジョキジョキと音をたてて驚かしていたのだそうだ。

坂本村(現在の高鍋町持田坂本か?)の東には「お崎のはな」という所があり、ここには昔から「トンゴシ」がよく出ていたという。昼間でも薄気味悪い場所で、坂本の田に水を引くための井手が流れていた。ここで時々、白髪の婆さんが「ゴシゴシ」と米や小豆をといでおり、悪口を言うと追いかけてきていたという。ある晩に二人の青年がここを通りかかり、「今もトンゴシ婆がおりゃるどかい」と冗談を言いながら井手の中を覗くと「今もおります、トンゴシトンゴシ」と言って白髪頭の婆さんが見上げていた。目は月の光でギラギラ光り、口は耳元までさけている山姥の姿であった。腰を抜かした青年は這って逃げ出したが、「今もおります、トンゴシトンゴシ」と言って婆が追いかけてきたという。大正年間、ここを通る以外に学校への道はなかったと話者は語る。

 

熊本県の東側、大分県にも類話が存在する。

日田郡中川村谷(現在の日田市天瀬町合田あたりか)の車坂を上がって、天瀬町湯山に出ようとするところに杉山の中から太い石が道を覗くようにして存在している。この石は「今にも石」と呼ばれている。明治初年頃のある晩に二人の百姓が四方山話をしながらここを通りかかった。その際に「昔はここにエズイモン(恐ろしい物、化け物の意)が出たちゆばな。」と一人が言ったところ、突然、太い石の傍から割れ鐘のような声で「今にもー」という叫び声がして、鑵須の様に太い毛むくじゃらな脛が一本、二人の眼前にぶら下がったという。故に「今にも石」と言い伝えられている。

 

以上、見ていただいたように「米とぎチンジョキジョキ」を除き、全て人型(大入道や婆)もしくは人の体の一部(生首や脛)が登場している。また、名称が「場所による命名」(うそ越、今にも坂、今にも石)か「昔いた人物のあだ名」(かんねんごけじょ、トンゴシ婆)によって付けられていることがわかる。

 

「油瓶さげたとん」というのは「油瓶提げた殿(人、者)」という意味なのではないかと記述したが、今のところ天草地域で「殿」を「とん」と言う事例を見つけることはできていない。しかし、お隣の大分県では水怪「カワノトノ(川の殿)」を「カワントン」や「カントン」と呼んでいるため、可能性は無きにしも非ずと考える。

油すましは上記の類話の分類から考えると「人型」で現れ、話の名称は「昔いた人物のあだ名」から付けられたと推測している。

 

油瓶、もしくは油瓶のようなものを提げた人物がいた可能性を示唆するものが2004年にニュースになった「すべり道の油すましどん」と呼ばれる首無し石造物である。「すべり道のお地蔵さん」と呼ばれていたこの石像はなぜ「油すましどん」とも呼ばれているのかは既にわからなくなっている。油をしぼることを「すめる」と現地では言うらしく、現地の方の推測ではカタシ油の製法を伝えた人物、名人のことではないかと語っている。

 また、小場佐昭吾さんという方が調査を行ったところ、昭和30年代まで天草地方の各地に「すめ屋」もしくは「油すめ屋」等と呼ばれる人たちがいたという。カタシの実を集めて搾る時期があり、その時期に他所から来ていた油搾り専門の人たちをそう呼んでいたそうだ。「すめ屋」の人々は人里離れた場所にある小屋を借りて滞在していたらしく、夜遅くには酒を呑みに来ていたので、里の人々は「すめ屋」が子供や女性に悪さをしないか懸案していた。夜遊びしたり、悪さしたりする子には「すめやさんが連れて行かすよ」という風に躾に使われていた節もあるという。小場佐氏は酒徳利を提げて酔っている「すめ屋」の姿から「油すまし」という妖怪ができたのではないかと考察している。

 

 おそらく、「油ずまし」の話でお婆さんが思い出したという「油ずまし」とはこの「油すめ屋」本人たちのことだったのではないだろうか。

昔、油すましと呼ばれた「油すめ屋」さんがこの辺りにいたという伝聞を思い出したお婆さんは孫に「ここには昔、油瓶(もしくは酒徳利か?)を提げた人が出ていらしたそうだぞ」と語ると、今はもうその場所にはいないはずの「油すまし」と呼ばれていた「油すめ屋」さんが「今もー出るーぞー」と言って現れた。

あの話はそういう旨で語られたものなのではないのかと私は思う。

 

 余談、蛇足的な話であるが、京極先生は以前、「油ずまし」の話の採集地近辺にて「夕方に油瓶を提げて出るのは狸だろう」という話を聞いているという。夕暮れに草隅越周辺で行き逢う人が油瓶を提げていたら、それは狸が化けているから気を付けるように、という言い伝えがあったという。

 類話を見ても分かる通り、人型タイプの話ではその場にいないはずの「昔いた人」が出てくるのが、この手の話のパターンであった。

 前回、たんたん坊の解説の際に紹介したが、「びいがん御坊」の話では濡れ衣を着せられて殺された僧の霊の姿に古狸が化けて、往来の人々を驚かしていた。この他、死者に化けて人々を驚かす狸の話はいくつか存在する。

 サガリの怪である「フクロサゲ」も狸のしわざだと言われ、また、大入道に化ける狸の話もあるが、ひょっとすると、怪談「油すまし」も狸が今は亡き「油すめ屋」に化けて現れたという話だったのかもしれない。

 

参考文献

アミューズメント出版部編『アニメ版ゲゲゲの鬼太郎妖怪事典』株式会社講談社2010712

『水木しげるvs京極夏彦「ゲゲゲの鬼太郎解体新書」』株式会社講談社1998313

水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎①―鬼太郎の誕生』中央公論新社2007225

水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎④―猫町切符』中央公論新社2007525

水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎⑤―豆腐小僧』中央公論新社2007625

監修:水木プロダクション『水木しげる記念館 公式ガイドブック』朝日新聞社201368

京極夏彦「妖怪の理妖怪の檻 第八回」『怪』vol.0018株式会社角川書店200535

京極夏彦『文庫版妖怪の理妖怪の檻』株式会社角川書店2011725

今井秀和「現代妖怪図像学―水木しげる版「油すまし」を中心に―」『怪』vol.0018株式会社角川書店200535

浜田隆一「天草島民俗誌」『日本民俗誌大系 2 九州』株式会社角川書店1975410

柳田國男「妖怪名彙(三)」『民間伝承』通巻第三十六号1938820

編著:村上健司+スタジオ・ハードMX『百鬼夜行解体新書』株式会社光栄2000122

日本放送協会『日本伝説名彙』日本放送出版協会1950310

化野燐「油すましとスネコスリ」『怪』vol.0018株式会社角川書店200535

宮崎県『宮崎県史 別編 民俗』宮崎県1999331

郷土史蹟傳説研究會『増補 豊後伝説集 全』郷土史蹟傳説研究會193273

妖怪横好き201365日小場佐昭吾氏のコメント

小場佐昭吾氏のFacebookページ2014715日投稿