その三:水妖怪、べとべとさん
水妖怪。「そんな妖怪もいるの?」「そんな妖怪いたっけ?」と思われた方もいると思う。私も去年、2017年8月27日にtwitterにて初めて知った。
発端はゲゲゲの鬼太郎4期のオープニングに登場する「運動会が行われている夜の学校にもたれかかっている巨大な妖怪」の名前を知りたいという旨のツイート。
私もこの紫色で長い爪を持つ巨大な妖怪の正体が気になっていた。おかっぱ頭で長い爪故に「大かむろ」か?とも予想していた。
この疑問に妖怪絵師であるtera(西)™さんが実写ドラマ版『悪魔くん』(1966年)に登場する「水妖怪」ではないかと回答した。
水妖怪は1966年11月24日に放送された『悪魔くん』第8話「水妖怪」に登場した。
今、私の手元にある資料だと、『世界の妖怪100話』「世界の恐怖妖怪たち」に載っている【水妖怪 水のあるところに現れ、やたらに、ものをこわすのが好きな妖怪】ぐらいしか紹介できないため、詳しくはWikipediaの「悪魔くん」のページか「怪獣wiki特撮大百科事典」の「水妖怪」のページをご覧いただければと思う。
ちなみに「コーヒーの中に潜み、体内に入り込んだ」、「最後は爆発により蒸発し、消滅した」等などの話の展開から、『鬼太郎夜話』(1960年)「水神様が町へやってきた」「顔の中の敵」に登場する水神様の話がモチーフ、元ネタになっていると思われる。
そんな水妖怪、鬼太郎アニメ本編に登場するのは今回が初となるが、鬼太郎作品では水木しげる原作:水木プロ作品である『最新版ゲゲゲの鬼太郎』に「水ころがし」という名前で登場している。
今回、鬼太郎アニメ本編に初登場となるのは「水妖怪」だけではない。水木先生が描く「べとべとさん」最終形態も今回がアニメ本編初登場である。
水木先生が描く「べとべとさん」最終形態とはどういうことかというと、水木先生が描く「べとべとさん」は複数存在し、今回アニメに登場したものは一番新しいデザインのべとべとさんと言える。
私が把握できている「べとべとさん」の図像は三種類。
まずは1966年3月20日『週刊少年マガジン』「水木しげる先生の名画でおくる日本の大妖怪」に「深夜の墓場にあつまる妖怪たち」という8体の妖怪を紹介した絵が掲載されている。この8体の内の1体が「べとべとさん」で、毛の生えたゴム毬、短毛の生えた蝦蟇とでも形容すれば良いのか、そのような形のものに口に見える切れ込みの穴があり、そこから二つ、眼のようなものが覗いている、という姿である。このタイプのべとべとさんはその後、1966年4月17日『週刊少年マガジン』掲載「墓場の鬼太郎 妖怪大戦争 第1回」にて多摩霊園に集った妖怪たちのコマにひっそりと描かれている。また、このタイプのべとべとさんの姿に似たキャラクターが「フギアくん」という名前で雑誌『フィギュア王』の背表紙に使われている。(私自身、どこで見たのか記憶が定かではないが、水木先生が『フィギュア王』用のキャラクターとして描かれたものであるという)
1968年9月15日『週刊少年マガジン』「決定版!日本妖怪大画集」に「べとべとさん」単体の絵が掲載されている。白い石のようなものに口のような切れ込み状の穴があり、その穴の端から電子機器、デジタル時計のような物が覗いている、という姿である。水木先生の初期の妖怪画集ではべとべとさんの絵はこれが使われていることが多い。『水木しげる漫画大全集 別巻2』によれば、この絵の「べとべとさん」には模様が描かれていたようだ。模様が入ったべとべとさんは水木先生の短編「やまたのおろち」や「妖怪魍魎の巻 死人つき」でその姿を確認できる。蝦蟇かアンパンに三つの目をつけたような小さめの妖怪の姿があるが、名前こそ表示されていないが、それが「べとべとさん」である。「死人つき」にて八角円を取り巻く妖怪たちのシーンが一番分かりやすいが、その妖怪の口の中にデジタル時計のようなものがしっかり描かれている。最終形態の「べとべとさん」がアニメ本編に登場するのは今回が初だと記したが、このタイプの「べとべとさん」はアニメ5期の「死人つき」の話で他の個別の名前が無い魑魅魍魎たちの一体として登場しているのだ。
このタイプのべとべとさん。元絵は不明であるが、丸い姿が元々の形ではないようで、1983年1月1日発行『河童なんでも入門』「河童膏」に挿入された絵が元々の全体図であるようだ。
1975年に『水木しげるお化け絵文庫』が出版。この時に「べとべとさん」は口ばかり大きな半透明の二本足妖怪の姿で描かれている。水木先生の「べとべとさん」の姿ではこのタイプが一番目にする機会が多いだろう。鬼太郎作品では『鬼太郎霊団』(1996年)にこのタイプのべとべとさんが登場している。鬼太郎アニメ本編では6期4話が初なのだが、アニメ版「水木しげるの妖怪画談」やNHKドラマ「のんのんばあとオレ」、「ゲゲゲの女房」等でアニメになったべとべとさんが登場している。また、アニメ5期のエンディング「カクメイノウタ」でも街中を歩くべとべとさんの姿がある。2007年4月に公開された実写版「ゲゲゲの鬼太郎」ではCGで描かれた「べとべとさん」が登場し、人間を驚かしている。
NHKドラマにも登場し、鳥取県境港のあちこちで図像を見る事ができる「べとべとさん」であるが、「べとべとさん」という名称での伝承報告は少ない。
奈良県宇陀郡地方では一人で道を歩いている時に後ろから誰かがつけて来ているような足音がしてくることがあるといい、こういう場合は道の片脇に立って「ベトベトさん先にお越し」と言葉をかけてから歩くと、足音は聞こえなくなるという。
『全国妖怪事典』の編著者である千葉幹夫氏が静岡県静岡市で「ベトベトサン」の伝承を聞いている。小山を降りてくる際に足音がつけてきたため、道の傍に寄って「お先にお越し」と言うと足音が消えたという。ただし、話者が「ベトベトサン」という名称を言ったのか、便宜上、千葉氏が「ベトベトサン」と名づけたのかは不明である。
『夢で田中にふりむくな ひとりでは読めない怖い話』に、場所の記述が無いが、後ろから視線を感じて振り返るとベトベトさんに取り憑かれる、という話を紹介している。振り返らずに少し歩き、「お先にどうぞ」と言えば、足音が追い越していくのだという。
大分県臼杵市の妖怪を紹介する記事や妖怪マップに臼杵駅の裏、米山の辺りに「べとべとさん」が出たという話を見ることがあるが、実際に「べとべとさん」という名称で語られた話なのかは判断できない。
昔、臼杵市北海添の米山附近にある稲葉家御連子のお屋敷前に柳の木が生えていた。話者の祖母が夜にそこを通りかかると後ろから草履の足音がついてきていることに気が付いた。後ろを見ても誰もいないのに、足音だけがついてくる。こういう場合は般若心経を唱えると良いと祖母は聞いていたのだが、買い物の帰りで荷物が重く、般若心経を唱える余裕がなかった。とうとうそのまま家に帰りついてしまい、玄関先まで足音はついてきていた。しばらくの間、玄関先で足踏みする音が聞こえていたが、いつの間にか音は止んでいたという。これは、柳の古木の精のしわざとされており、現在、その柳の木は枯れてなくなっているという。
2014年に上記の話を私も聞いている。話者曰く、祖母は「べとべとさん」と呼んでいたというが、周囲の人間は「記憶を混同しているのではないか」と訝しんでいる。
「べとべとさん」という名称での事例については以上であるが、「べとべとさん」という名称での報告が少ないだけで、このような跡をつけてくる足音の怪は、名称が無い事もあるが、各地に多く存在する。
大分県竹田市には岡城下七不思議の一つに「眞門庵のぬれ草鞋」というのがある。夜に屏風ヶ渕の川沿いの小径を通るとビチャビチャ(もしくはベタベタ)と濡れた草鞋で歩くような足音がついてくる。振り返っても誰もいないが、歩き出すとまた音がする。来た道を照らしてみると誰もいなかったはずの小径に濡れた草鞋の足跡が残っているという。
香川県綾川町でも誰もいないのについてくる足音が聞こえることがあると言い、これを「シリウマオイ」と呼んでいる。
山形県庄内地方では「ゴウリキさん、先さこう」といえば、ついてくる足音が消えるという報告がある。(ちなみに報告者は鳩人間やガイラゴの高橋氏)
この他に水木先生も描いている「ビシャガツク」や「後追い小僧」もあるが、今後のアニメに出ないとも限らないため、紹介はまたの機会に譲る。
イラストレーター、氷厘亭氷泉氏が小学生か中学生ぐらいの頃に、TVタックルという番組にゲストとして水木先生が出ていらしたらしく、その際に「南方にもべとべとさんはいて、名前はベトサノバイスカ」とおっしゃっていたとのこと。氷厘亭氷泉氏もこのエピソードは覚えているけど英字表記が気になるとのことで、どなたか詳細をご存知の方はコメントをお願いします。
参考文献
2017年8月27日、トロルさんとtera(西)™さんのtwitterでのやりとり
Wikipedia「悪魔くん」
怪獣wiki特撮大百科事典「水妖怪」
『墓場鬼太郎読本』株式会社角川書店2008年7月22日
水木しげる『水木しげる漫画大全集029 ゲゲゲの鬼太郎1』株式会社講談社2013年6月3日
水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎 鬼太郎魔界編』株式会社コミックス/株式会社講談社1997年5月23日
水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻1媒体別妖怪画報集Ⅰ』株式会社講談社2016年9月2日
「講談社コミックプラス 水木しげる漫画大全集 別巻2・初期妖怪画報集」
水木しげる『妖怪たちの物語 水木しげる妖怪まんが集2』株式会社筑摩書房1986年7月29日
水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻3媒体別妖怪画報集Ⅲ』株式会社講談社2017年12月1日
水木しげる『水木しげる漫画大全集補巻2媒体別妖怪画報集Ⅱ』株式会社講談社2016年12月2日
京極夏彦「地獄に行かぬ鬼太郎 鬼太郎サーガの巧緻な構造を探ってみる」『水木しげる80の秘密』株式会社角川書店2002年7月30日
村上健司/多田克己「水木しげるの鬼太郎作品 妖怪・怪人・怪物大図鑑」『怪』vol.0022株式会社角川書店2007年2月27日
伊達市太郎「大和宇陀郡地方俗信」『民俗学 第弐巻第五号』1930年5月10日
千葉幹夫『全国妖怪事典』(株)小学館1995年10月20日
渡辺節子・岩倉千春『夢で田中にふりむくな』株式会社ジャパンタイムズ1996年7月5日
臼杵妖怪共存地区管理委員会・臼杵ミワリークラブ『うすき妖怪マップ』
臼杵妖怪共存地区管理委員会・臼杵ミワリークラブ『臼杵の妖怪リスト』
斎藤行雄 古谷美和「臼杵ミワリークラブの臼杵妖怪図鑑vol.2」『てくてくウォーカー2007年7月号』いづみ印刷株式会社2007年7月
闇の中のジェイ「伝承報告」『豊妖新報 第二号』豊妖組合2015年7月24日
岡本香村『竹田奇聞 中』竹屋書店1975年8月10日
竹田・直入小中学校図工・美術教育研究会『竹田直入の民話』竹田・直入小中学校図工・美術教育研究会1981年
香川雅信「香川県」『47都道府県・妖怪伝承百科』丸善出版株式会社2017年9月25日
監修者:小松和彦『日本怪異妖怪大事典』株式会社東京堂出版2013年7月20日
「怪異・妖怪伝承データベース」
2010年8月19日氷厘亭氷泉氏のツイート