江南の発達 : 南宋まで / (岩波新書(新赤版) ; 1805 : シリーズ中国の歴史②) / 丸橋充拓 著 / 2020年1月 / 東京 : 岩波書店 を先週から読んでいた。

東漢(日本語の後漢。日本語は五代の後漢をコウカンと読んで区別するが、中国語は hòu の併音なので区別しようがない)末の豪族の成長から始まる。日本でいう三国で江南に呉が生まれ、六朝(呉⇒東晋⇒劉宋⇒斉⇒梁⇒陳)では貴族が生まれる。東晋の頃、北朝は五胡十六国だが高校世界史では淝水の戦の前秦だけ知ればよい。

このころ北朝は、北朝の五胡十六国⇒北魏⇒東魏(鄴),西魏(洛陽)⇒北斉(鄴),北周(洛陽)⇒隋は当たり前に理解すれば覚えられる。

日本では隋唐時代と言うが、中国では隋は六朝に入れる。唐は唐五大時代となる。分かれ目は武則天で、科挙の登用が本格化する。政治の世界は藩鎮と考えるが、社会ではいよいよ士大夫の成立である。五代は後梁⇒後唐⇒後晋⇒後漢⇒後周と続いて宋になる。この時代、江南では十国が続くので五代十国時代と言う。十国の国名を覚えよと高校世界史は言わないが、呉越,呉⇒南唐は覚えておいた方が良い。

これら三国,五胡十六国,南朝,北魏後の北朝,五代十国の覚え方は受験テクニックなので、ここでは言わない。

 

結論部分は大変面白い。

1. 江南は「海の帝国」であったこと。占城稲の普及と言うようにチャンパー(占城)との交易があったということを証明している。

2. 「専制国家の組織論理が、『内部に芽生える攪乱要因の除去」を対イ貿易より優先させる(蔣介石の『安内攘外』を見よ」(170頁)で明らかなように、夏から始まる中国の現中華人民共和国に至る専制国家は、地域社会を地域に委ねている。今回のCOVID-19の拡散は、それを裏付けている。

3. では、当時の士大夫は、「『郷党の指導者』たらしめ、その延長線上に明清の郷紳が生み出されていく」(178頁)とは何か。

国家権力とは自覚的に距離を置く人々を丸橋氏は「帮の社会関係」という。

① 国家と社会の乖離(専制と放任が共存する)。

② 団体性の希薄な中間団体(帮にわが身を任せきることは出来ない)

③ 社会的流動性の高さ[垂直方向(科挙による官僚身分の非世襲化)を、水平方向のリスク分散でカバーする]

④ 個人間の信頼関係への依存(179-180頁)

 

4. 六朝時代から南宋に至るまで、一大集散地であった楊州の大運河

大事なことは暗記することでなく、理解する事。理解のための資料の提供が教師の務め。豪族、貴族、士大夫、郷紳の区別もつかないではダメ。

中国は独裁国家である、人民はそれとは別に「帮」に頼って生きているとすることが最も自然だと思う。でないと、今の中国を理解できない。