江南の発達 : 南宋まで / (岩波新書(新赤版) ; 1805 : シリーズ中国の歴史②) / 丸橋充拓 著 / 2020年1月 / 東京 : 岩波書店 の結論部分。
<近代的諸価値とは、西ヨーロッパで形成されたものである>
「近代的諸価値」といったとき、一般的に想定されるのは基本的人権や所有権、法治主義など、西ヨーロッパで育まれた慣行だろう。
これらに共通するのは、複数の法共同体間で協議 , 調整が行われた上で決定される、という合意形成過程である。「近代的諸価値」の疑問は、「対等な団体間での合意形成という慣行の有無」という観点を介在させることで考えていくことが可能になる。
各レベルの中間団体が法共同体たりえた西ヨーロッパでは、団体の代表どうしによる合意が機能する。それは二団体間の合意にとどまらない。多団体の代表が集結し(代議制)、利害調整を行う場としての議会制(身分制議会)と、全参加団体が承認する包括的な契約としての法治主義が生み出される。法共同体としての諸身分は、それ自体が諸身分の一つである王の権能を、議会を通じて制することもできたのであり、これが後に共和政、議会制民主主義の素地となった。
このように議会制が身分制とむしろ相性の良いことは、梁啓超(Liáng qǐchāo) , 章炳麟(Zhāng bǐnglín)など、中国近代の知識人たちも気づき、指摘してきた。
反対に、中国では世襲的身分制の解体が戦国時代(紀元前403~221年)から始まり、中国社会では、利害調整 , 合意形成の当事者となるべき法共同体(中間団体)が存在しなかった。
「規制もしないが保護もしない」中間団体は、構成員を代表することができない。そのような社会において、ある人が何らかの政治的意思を実現したいと考えた場合、その人はどうすればよいのだろうか。
ベストの選択肢は、科挙に挑戦して官僚の地位を自ら獲得することだが、そのハードルは恐ろしく高い。ならば次善の策として、官僚となった人、あるいはそこに連なる有力者と個人的なつながり[帮(bāng)の関係]を結ぶ、という戦略が採用されよう。その関係は身もふたもないほどの実利志向で、科挙合格者を生んだ家には交誼を求める者たちが祝いの品を携えて殺到するが、合格者が途絶えて振るわなくなった家からは潮が引くように人の出入りがなくなり、人びとは次なる合格者のもとに悪びれることもなく雲集するという。
「官僚 , 地主(資本家) , 読書人の三位一体構造」のもと、中国の士大夫は政治力 , 経済力 , 文化力を独占する。万能である。中国で結成される政治集団は、この万能性の「磁力」に引き寄せられた支持者たちの集まりとなりやすい。乱世であれば、士大夫ではなく、生命と財産を守ってくれるボスに引き寄せられるのだろうが。
