めちゃくちゃ面白かった。
ぼくの著「アジアから見た日本の侵略」(発売日:2020/02/10 / 出版社: ミヤオビパブリッシング / ISBN:978-4-8016-0226-7)
- と同じく、視点を変えると見えるものが違う。

- 21世紀の中国史学問研究の成果を積んで、この著は書かれている。
- 「北方」遊牧民は、中国史から邪魔者扱いされるが、実はそうではない。隋唐を成立させたのはテュルク族(突厥)だし、五代から北宋成立初期はテュルク系沙陀族であった。柔然,契丹,党項も大きな役割を果たしている。モンゴル,女真族に至っては、大元ウルスを作り、金,清(マンジュ)を作り、中国を支配してしまった。
- 草原遊牧民の力を知るが良い。以下青字は「世界史用語集 : 改訂版」(山川出版社)の赤字重要語句。
- 高校世界史では匈奴(xiōngnú),大月氏を学ぶが、分裂前の月氏(yuèzhī)と東胡(dōnghú)は学ばない。大月氏を学ぶのは东汉(dōnghàn=前漢)張騫(zhāngqiān)の交渉相手だったからである。匈奴の冒頓単于(màodùn chányú)に漢の高祖劉邦(gāozǔ liúbāng)が屈したことはよく知られている。

- 1世紀、匈奴が内紛により南北に分裂し南匈奴は、西汉(xīhàn=後漢)に臣属し、北匈奴は遠く西征し、西洋史でいうフン族になる。モンゴル高原は、地図上東にいた東胡の後裔、鮮卑(xiānbēi)が勃興する。2世紀半ばに檀石槐(Tán shí huái)が現れるが、高校世界史では学ばない。
- 中国史では「五胡十六国時代」に入る。
- きっかけは南匈奴の劉淵が「漢」と国号して建国したことに始まる。匈奴系の匈奴,羯(jié),鮮卑とチベット系の氐(dī),羌(qiāng)を「五胡」というが、古松氏に言わせると「多分に語呂合わせめいた呼称ではある」(別に羯はいらない,28頁)。高校世界史では五胡の名称、匈奴が最初に建国したこと、氐が前秦を作り一時華北を統一したことで十分である。
- 鮮卑族は、3世紀に漢語文献で「部」単位の行動が目立つ。「燕」は慕容部(mùróng bù)が、4世紀に建てた国々である。

- さてこの後が、中原に進出した鮮卑族の活躍の時代となる。拓跋部(tàbá bù)が4世紀に成楽(chéng lè)[陰山(yīnshān)山脈南の現在の山西省和林格爾(hélíngé’ěr)県]に「代(dài)」を建てた。一時滅び398年、140km東の上図平城(píngchéng)[現在の山西省大同(dàtóng)]に「魏(wèi)」と国号して再建した。その後三代目の太武帝(tàiwǔdì)が華北を統一した。これを三国時代の「魏」と区別するため「北魏」という。
- 注目すべきは「遊牧王朝としての性格がこれまでの想定以上に色濃かった」(29頁)ことである。
- 1. 漢語の皇帝だけでなく可汗(kèhán=日本語発音でカガンよりカカンが近い)となる。以来、遊牧王朝の君主号として用いられる。
- 2. 北魏朝廷の内朝官はほとんど鮮卑系で占められた。これは遊牧王朝の官僚組織の原型になる。この北魏王族を中核とする部族集団は「代」に居住する「代人(dàirén)」という意識で持続された。
- (続きはその2へ)
