では、第16回目の授業

2-13. 日露戦争とアジア(1)

① まず驚いたのは閔妃の写真である。66頁に載せられた写真は閔妃ではない(朝鮮王妃殺害と日本人 / キム ムンジャ 著 /2009年 / 高文研 /254~255頁、閔妃の写真は若い時しかなく、イラストはNew York Tribune。1924年廃刊、しかない)

閔妃は、教科書検定で外されているが、一国の王后を虐殺したのだから許される行為でない。

 

1901年北京議定書(中国名:辛丑条約(xīnchǒu tiáoyuē))で清は公使館区域攻撃を国際法と認め賠償金支払いに応じてドイツ公使ケスラー(von Ketteler, C.)と日本書記官の戸部待郎那桐の殺害をドイツ皇帝,日本皇帝へ謝罪した。侵略しておいて、謝罪, 賠償をとるのだから傍若無人である。(現行世界史B / #東京書籍 / 339頁:なお #東京書籍:教科書は氏名を伏せている。)

他方、日本は王妃虐殺殺害について首謀者三浦梧楼以下48名全員を、無罪にしている。勿論朝鮮国王に謝罪していない。

 

② ここに到り高宗は、1897年2月11日俄館播

(アガンパチョン=慶運宮(キョウングン)からロシア公使館に遷宮すること)行う。アメリカ, ロシアの支援を受けている。

(執筆者作図。無断転載を禁じる)

高宗は日本を忌避していた。

 

探究活動は、閔妃暗殺が良いだろう。

日本でいう皇后の住まいに館にアメリカ軍が押し入り皇后を殺した事件である。