演出家・プログラマー 深寅芥のブログ  -7ページ目

演出家・プログラマー 深寅芥のブログ 

演出・俳優 深寅芥のブログです。本名は千葉伸吾と申します。
株式会社ネリム 代表取締役

簡潔に書かせていただきます。

そもそも、古来から多くの「物語」が他人の不幸の物語を楽しむものが多いです。
で、小劇場なんて、その極致であります。

「不幸自慢」の物語が蔓延してます。

ですが、そこから私たちは何が学べるのでしょう?

現実は「幸せ」な人と「不幸な人」の数は同じ位います。ほぼ、同数です。
おそらく、2:6:2の割合でしょうね。

確かに、著名な古典の劇作家は「不幸な人」を主役にしてました。
それを大衆が喜んでいたのは確かです。

ですけど・・・。

「不幸な役を演じて、あなたが不幸になること」には意味がありません。
あなたが目指している俳優とは、「不幸」な俳優ですか?

山田かまちも,ジャニス・ジョプリンも芥川も太宰も寺山も、今とは環境が違う過去の人です。

彼ら、彼女らから”学ぶ”事なんて現代において何もありません。
この方々はその時代性があっただけの事です。今とは完全に環境が違います。

「彼らにネットがあったなら??」

おそらく、違う仕掛けを、この方々はしていたでしょう。



マイクロソフトが目指している事。

基本的にはGoogleと見ているところは変わらないのです。

ですが、
大きな違いがあります。

Googleの場合『ブラウザーをOSにしたい。



Microsoftの場合『OSそのものをアプリにしたい。』

双方の目的は一緒です。

インターネットに繋がっている事をユーザに一切、認識させない事。

そこにつきます。


さて、『哲学』って聞くと、大半の人が『自分の生活に関係ない』という印象をお持ちでしょう。でも実は何気に、1980年~2011年まで何気に、『哲学ブーム』だったと私は思ってます。

それってどんな形で?というと、『ビジネス哲学』です。

そもそも、『哲学』って「人間は何の為に生きているのか?」というのを分析し理論化していったものじゃないですか?

で、主に「団塊の世代」の方々が「学園紛争」を終えて、何故か「甘んじて就職」してから、自分との折り合いをつける為に、自分のアイデンティティーを見つける為「理論武装」をしなくちゃいけなくなった時期があるんですよね。

そりゃ当然だと、僕は思っていたりして、当時は「共産・社会主義」とか「マルクス」とか「安保反対」とか学生時代に好き勝手やっていた人々が、何故かいきなり、「就職活動」を始めたわけです。

よくもまぁ、「自己矛盾」がおきなかったよなぁ。と感心しているのですが、
その後、「自己矛盾」を抱えた「企業戦士」達は、「企業」の中でアイデンティティーを確立をせざる得なかったと推測します。

で、彼らが、どこに「命題」を持っていたかといえば、

主に
○成長・競争・発展
○家族
○終身雇用 (奉公)

の3点だったと思うのです。
ここにしか、どうやら自己のアイデンティティーの置き所が無かったのですね。

で、その結果、
「松下幸之助」や「本田 宗一郎」等の「ビジネス哲学」をバイブルとした。
そんな歴史があるわけです。

つまり、「成功した経営者」の言葉が、ビジネスマンにとっては「バイブル」になったのが、
1980年~2011年の本屋さんでの出来事でした。

ここで一旦話を置いておきます。

この時代(1980年~2011年)の間、一つの隔離が行われておりました。
それは・・・。

経営者VS学者

です。
ええっと、日本の歴史で辿ると、

戦国武将(信長)VS仏教徒

と置き換えてもいいかもしれません。
片や、「生産者・管理職」で片や「非生産者」であります。

歴史は繰り返していますね。

では話を戻します。

「経営者」とは結局、どうなったか?というと、「実践哲学者」になりまして、
「学者」は主に「理論哲学者」となります。

この対立が今だ起きているわけですが、
で、世間はどちらを選んだか?というと、

「成功して金持ちになった人」を選んでいるんですよね。

なので、経営者による「ビジネス哲学書」が大ブームとなったのです。
それは今なお現在進行形で続いています。

まぁ、「ビジネス哲学書」は「哲学」でない。とおっしゃりたい方がいるかと思いますが、
一応、通常の哲学書と同等に「生きる・生き抜く知恵」を明記している事は、ギリシャ時代から別に変わっていないので、その辺りはご理解ください。

という事で、「ビジネス哲学書」は世間に浸透しました・・・。しかし、

2000年代、そして2011年になって大きく変わります。
それは、先ほど上げた「命題」がなくなってしまったのです。

○成長・競争・発展
○家族
○終身雇用 (奉公)

この3つが完全に崩壊しました。

それゆえ、今、新たな「ビジネス哲学書」が求められています。
上記以外を「命題」にできる「ビジネス哲学書」です。

特に「松下幸之助」のビジネス哲学書は「丁稚奉公」の哲学書なので、「日本の武士道」、つまり「儒教」が通用しなくなりました。

まぁ、「儒教」って統率者がいないと成り立ちませんからね。

更に、2011年、戦後初の「未曾有の生命の危機」が起きました。

ここで、一旦「価値の変容」が起きてます。

特に、『成長・競争・発展』を考えていた人からすると、
完全なるパラダイムシフトです。

今までのビジネス哲学書では『災害』に対応できる理念はなかったんですよね。

ここで多くの方が望んでいる次世代の哲学書は。
『災害を内包したビジネス哲学書』だったりします。

「災害大国」日本ならではの状況であるかと思います。
ちなみに海外のビジネス哲学書も多数あるのですが、
あまりに災害についての概念が少ないので、最近、少しずつ廃れてきた。そんな印象です。

ここで私のお奨めの書籍をひとつ。

自分のための人生 (知的生きかた文庫) [文庫]
ウエイン・W・ダイアー です。

「ビジネス哲学」は、概ねここから体系化できます。
着目点は「ギリシャ哲学」を元に心理学・ビジネス哲学を語っているところでしょうか?
自分のための人生 (知的生きかた文庫)/三笠書房

¥620
Amazon.co.jp

少し徒然なるままに。

なんで今、世間でセミナー・ワークショップとかそういったモノが流行っているのか?
その辺りを簡潔に考えてみた。

恐らく、理由はあっけない程、単純だろう。
複数あるが、大きな原因を3つ程あげたいと思う。

○単体の仕事だけではビジネスとして成立しなくなった。その為、掛け算や足し算のビジネス力を身につけなければならなくなった。(例:弁護士+○○ 営業+○○等)

○小学校、中学校、高校、大学の教育課程だけでは、所謂「勉強」が足りない。

○正社員での採用が少なくなり、また、キャリアアップなどを目指す方、あるいは、派遣による採用が多くなった為、昭和的な企業毎の「社員教育」の数が減った為。

という事がおおよそ理由になるかと思う。

さて、話は変わるが、そもそも。

「人間、死ぬまで永遠に学び続けなければならない。」というのは薄々多くの方が気がついている。

そんなの当たり前じゃん。という事なかれ。

これが意外と難しい。

なぜなら・・・。これは勿論、勝手な憶測だが。

「自分の父親が、常に働きながら、何か新しい知識・技術を学んでいる」ようにあなたには見えただろうか?
あるいは、「学校の先生が、教科書以外の知識を持っているように、見えた。」だろうか?

ふたまわり程の上の世代の「父親」や「学校の先生」から私たちは『常に学んでいる姿』は見る事ができなかった。というより私は、残念ながら見ていない。

例えばだが、若者に負けないように「パソコンと一生懸命格闘している父の姿」とか「新しい技術、テクノロジーと向かい合う父親や先生の姿」など目にした記憶がない。

そのような父や先生の姿を見ている人は、大変良い環境だったのだと思う。

「いや、子供たちに苦労している姿なんてみせていられるか!会社の中やクライアントから学んでいるわい。」なんて言葉が聞こえてきそうだが、ふむ、その意見、大人しく、受け入れてみよう。

だが、一つ言いたい事がある。

『高度成長期において、需要と供給のバランスが取れていた時代は、単一の仕事でも儲ける事ができた。』のではなかろうか?

今、日本の産業の中で、職業が複合である必要がないのは、私が見渡す限り、恐らく『医者』くらいだ。なぜなら、これからももっと、需要が増える為である。今から正にピーク。(あと、警察だね。)

『医者+ファイナンシャルプランナー』とかである必要もないし、
『医者+税理士』である必要もない。

だが、他の産業においては、今まさに農業・農家の如く、兼任でなければならない。

という根拠で、
社会人になってからの「学び直し」が今の私たちの世間のブームなのではなかろうか?
という僕は推測をしている。

で、一つの残念な状況が生じている。

社会人になってから新しいジャンルを「学び直す」時間など働きながら、家庭を維持しながら、というのはかなり難しい。そして、新しいジャンルを『学び直す』には、資金、資本・環境が必要だ。
また、覚悟と努力と継続も必要。はたして、そんな事、世間の方は可能だろうか??

という事で残念ながら今、日本では「負のスパイラル」が起きてしまっている。『学び直す』環境と、技術が必要だと。

そもそも、多くの方が誰だって、「たった一つの職業で一生食べていきたい」のだ。
つまり医者のような職業になりたい。だが、今更医者を目指すなんて無理だ。

つまり、

スペシャリストであるべきか?
ジェネラリストであるべきか?

だったりするのだが。

そんな不毛な話はどうでもよくて、

恐らく、あらゆる事が満たされた、先進諸国の人間は「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
のような天才になろうとしなければならなくなっている。

なので、自己啓発セミナーや、ワークショップが流行していると僕は推測している。

まぁ、つまり、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」を目指すという事は、
つまり「アーティスト」だ。という事になる。

ま、マインドマップは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の思考モデルだしね。
という事で、多くの方の欲求の一つに「学び直し」という欲が沸き起こっているような気がしてならない。

だが、しかし、「学び直す」為には究極、「自由」でなければならない。
つまり学生時代のように時間や環境が自由でなければならない。

はたしてそんな事。一般世間の方々は可能なのだろうか?

最後に、父親の背中から「学ぶ」という行為を子供は「学ぶ」のではなかろうか?


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悩みに悩み。LET'SNOTE CF-AX3NEFBRを購入。

今日の朝、朝の読書を終え、『さぁ、仕事すっか!』とパソコンを起動させたら、画面がつかない…。

結局、メンテして1時間後に起動はしたが、かなりイライラした。

勘は働いていたんです。『このマシンヤバイぞ。』って。

なので、以前からリサーチはしてました。

最新ノートを。

○Surface Pro2か
○MacBook Airか?

ですが、結局、悩みに悩み選んだ機種は
これ。

LET'SNOTE CF-AX3 CF-AX3NEFBR
です。

かなり検討を

年末にでかい出費。
仕方ない。

贅沢しないように気をつけます。


フォトリーディングについて。

フォトリーディング?
聞いた事がない方もいるかもしれません。

フォトリーディングとは、
今までの本の読み方とは全く違う方法です。

本の読み方には色んな側面があります。
熟読、乱読、速読、精読。
それ以外にも。

私自身は、どんな読み方でもいいと思いますが、本のジャンルによって読み方を変える。

そういう柔軟性も。
これからの時代必要です。


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なるほどなぁ。本宮ひろ志氏曰く、劇画とは歌舞伎なのか。今まで、考えもしなかった視点。大御所がいうと説得力ある。本当に様々な分野の評論家がいらなくなる時代が目の前だな。次はサラリーマン金太郎(大学経営編)を読みたいものだ。


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@singtur: 続サラリーマン金太郎を読むと。

続サラリーマン金太郎を読むとわかるけど、後半はスマホアプリを利用した漫画出版改革に至る。

本宮ひろ志氏は有言実行過ぎる。

氏は千葉県千葉市生まれで、現在66歳。

私は『日本のサラリーマンを尊敬する演劇人だ』今でもそれは変わらない。