本書はアニメ、映像の技術論だけではありません。演劇、演技、演出論にまで至ります。
最後の締めは
『エンタテインメントと芸能、花伝書』まで、論じてます。
富野氏だからこそ語れる言葉。
『アニメで芸能をめざす。』
この書籍は、
声優、俳優、演出、作家を目指している方にオススメです。
以下、抜粋。
「大劇場、小劇場、映画、テレビ、アニメという媒体の違いによって演技は違いますし、観念的なもの、比喩的なもの、シリアス、コメディ、ミュージカル、ボードビルによる演出スタイルの違いもありますが、この”スタイルの違い”という言葉も理解できるようなセンスは身につけてください。
アートとして創り上げるものもありますし、古典的な演技論を書いたスタニスラフスキーの感情移入的な演技とブレヒトの自省的な演技、というようなものも知っておいても無駄にはなりません。
しかし、演技というものは、リアルであればいいだけでなく、デフォルメする必要も、整理をする必要も、あります
それらは、感情の移行を明確にするための要件として、必要な事なのです。
これらのことは、原則であって、気分だけですませる問題ではないのです。
そして、演技を意識しつつ、ドラマの構成を考え直さなければならない、というレベルになれば、シナリオ自体の問題にもなってくる、という事は理解してください。」
以下のページから引用いたしました。
「映像の原則」P55より
演技とは体が動くこと
『驚くべきことですが、アニメのコンテ・マンと演出家には、この”演技とは身体が動くこと”という意識がないようです。
ふつうのカットでは動かず、アクション(活劇=戦い=スポーツ的な動き)だから動く、と考えている節があるのです。
制作的に作画枚数のコスト的な問題もあって、動かせないという制約に縛られている、と理解することもできますが、しかし、アニメは動くものだからというので、ディズニーの長編アニメのように、なんでもかんでも暴力的に動かすことにも問題があると感じます。
どちらにしても、制作的制約から生まれた表現なのですが、いつの間にか正しいもののように感じられてしまって、ジャパニメーションのように、描きやすいポーズの連続になったりする傾向がつづいたりするのですから、表現技術が向上する素地はなかなか熟成されないのです。
子供に見せるものだから動きをシンボライズしている、と意識されているスタッフもいるようですが、ドラマの必要から生まれる演技は無限にある、と考えるスタッフは、全体では極めて少ないのです。
その逆に、アニメは動かさなければならないらしい、とわかっているスタッフは、画面全体を回り込みさせるようなことで、演技をつけていると誤解している場合もあるのです。
演技をさせるためには、ドラマにそって、ひとつの役柄の演技と全体の役柄の行動を組み合わせて、物語ることができるのか、と考えることなのです。
そのためには、ドラマ全体を一貫した流れとしてつかまえられる想像力がなければなりません。
完成作品の見え方が想像できる、といいかえることもできます。
完成作品が見える、ではありません。見え方が見えるか、ということです。
そのうえで、演技を演出するということは、人間の身体が感情によってどのように動くか(どういうポーズが発生するか)ということを連続的に表現することだ、と理解する能力なのです。
しかし、この簡単な発想がないために、女の子なら、すぐに両手を握りしめて、腕の前にあげるニャンニャン・ポーズになったり、頭から倒れて気絶もしていないのに、手足に力がぬけた死に体を取らせるポーズが横行したりするのです。
ちょっとエッチな話になると機械的に頬を赤くそめる。会話シーンになると睨めっこの位置関係にする。ちょっと考えて、お茶を飲むか、タバコを吸わせるというもになったりもしますが、それは、プロのレベルではありません。
キャラクターがからむような(両者の体位の問題ですが)会話シーンがない!というのが現実なのです。
これは、人間が動くことを想像していないからおこる表現で、けっしてプロの仕事とはいえません。
演技の詳細については、その種のテキストに目をとおして勉強していただきたいものです。
大劇場、小劇場、映画、テレビ、アニメという媒体の違いによって演技は違いますし、観念的なもの、比喩的なもの、シリアス、コメディ、ミュージカル、ボードビルによる演出スタイルの違いもありますが、この”スタイルの違い”という言葉も理解できるようなセンスは身につけてください。
アートとして創り上げるものもありますし、古典的な演技論を書いたスタニスラフスキーの感情移入的な演技とブレヒトの自省的な演技、というようなものも知っておいても無駄にはなりません。
しかし、演技というものは、リアルであればいいだけでなく、デフォルメする必要も、整理をする必要も、あります
それらは、感情の移行を明確にするための要件として、必要な事なのです。
これらのことは、原則であって、気分だけですませる問題ではないのです。
そして、演技を意識しつつ、ドラマの構成を考え直さなければならない、というレベルになれば、シナリオ自体の問題にもなってくる、という事は理解してください。』
映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)/キネマ旬報社

¥1,890
Amazon.co.jp