「学び直し」が2000年以降のテーマなんだと思っている。 | 演出家・プログラマー 深寅芥のブログ 

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演出・俳優 深寅芥のブログです。本名は千葉伸吾と申します。
株式会社ネリム 代表取締役

少し徒然なるままに。

なんで今、世間でセミナー・ワークショップとかそういったモノが流行っているのか?
その辺りを簡潔に考えてみた。

恐らく、理由はあっけない程、単純だろう。
複数あるが、大きな原因を3つ程あげたいと思う。

○単体の仕事だけではビジネスとして成立しなくなった。その為、掛け算や足し算のビジネス力を身につけなければならなくなった。(例:弁護士+○○ 営業+○○等)

○小学校、中学校、高校、大学の教育課程だけでは、所謂「勉強」が足りない。

○正社員での採用が少なくなり、また、キャリアアップなどを目指す方、あるいは、派遣による採用が多くなった為、昭和的な企業毎の「社員教育」の数が減った為。

という事がおおよそ理由になるかと思う。

さて、話は変わるが、そもそも。

「人間、死ぬまで永遠に学び続けなければならない。」というのは薄々多くの方が気がついている。

そんなの当たり前じゃん。という事なかれ。

これが意外と難しい。

なぜなら・・・。これは勿論、勝手な憶測だが。

「自分の父親が、常に働きながら、何か新しい知識・技術を学んでいる」ようにあなたには見えただろうか?
あるいは、「学校の先生が、教科書以外の知識を持っているように、見えた。」だろうか?

ふたまわり程の上の世代の「父親」や「学校の先生」から私たちは『常に学んでいる姿』は見る事ができなかった。というより私は、残念ながら見ていない。

例えばだが、若者に負けないように「パソコンと一生懸命格闘している父の姿」とか「新しい技術、テクノロジーと向かい合う父親や先生の姿」など目にした記憶がない。

そのような父や先生の姿を見ている人は、大変良い環境だったのだと思う。

「いや、子供たちに苦労している姿なんてみせていられるか!会社の中やクライアントから学んでいるわい。」なんて言葉が聞こえてきそうだが、ふむ、その意見、大人しく、受け入れてみよう。

だが、一つ言いたい事がある。

『高度成長期において、需要と供給のバランスが取れていた時代は、単一の仕事でも儲ける事ができた。』のではなかろうか?

今、日本の産業の中で、職業が複合である必要がないのは、私が見渡す限り、恐らく『医者』くらいだ。なぜなら、これからももっと、需要が増える為である。今から正にピーク。(あと、警察だね。)

『医者+ファイナンシャルプランナー』とかである必要もないし、
『医者+税理士』である必要もない。

だが、他の産業においては、今まさに農業・農家の如く、兼任でなければならない。

という根拠で、
社会人になってからの「学び直し」が今の私たちの世間のブームなのではなかろうか?
という僕は推測をしている。

で、一つの残念な状況が生じている。

社会人になってから新しいジャンルを「学び直す」時間など働きながら、家庭を維持しながら、というのはかなり難しい。そして、新しいジャンルを『学び直す』には、資金、資本・環境が必要だ。
また、覚悟と努力と継続も必要。はたして、そんな事、世間の方は可能だろうか??

という事で残念ながら今、日本では「負のスパイラル」が起きてしまっている。『学び直す』環境と、技術が必要だと。

そもそも、多くの方が誰だって、「たった一つの職業で一生食べていきたい」のだ。
つまり医者のような職業になりたい。だが、今更医者を目指すなんて無理だ。

つまり、

スペシャリストであるべきか?
ジェネラリストであるべきか?

だったりするのだが。

そんな不毛な話はどうでもよくて、

恐らく、あらゆる事が満たされた、先進諸国の人間は「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
のような天才になろうとしなければならなくなっている。

なので、自己啓発セミナーや、ワークショップが流行していると僕は推測している。

まぁ、つまり、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」を目指すという事は、
つまり「アーティスト」だ。という事になる。

ま、マインドマップは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の思考モデルだしね。
という事で、多くの方の欲求の一つに「学び直し」という欲が沸き起こっているような気がしてならない。

だが、しかし、「学び直す」為には究極、「自由」でなければならない。
つまり学生時代のように時間や環境が自由でなければならない。

はたしてそんな事。一般世間の方々は可能なのだろうか?

最後に、父親の背中から「学ぶ」という行為を子供は「学ぶ」のではなかろうか?