野坂ひかり official blog “Sing with Piano” -4ページ目

野坂ひかり official blog “Sing with Piano”

ピアノ弾き語り“切実系”シンガーソングライター

ブロガー・作家であるはあちゅうさんがセクハラ・パワハラについて告発した記事がbuzzfeedで公開され、Twitterハッシュタグ #meetoo 運動が今注目を集めています。


ハッシュタグ #metoo ムーブメントは、元々ハリウッドから始まった動きで、自らが受けたセクハラ・パワハラについて泣き寝入りせずに声を上げよう、と言うもの。今日本や世界中でその輪が広がっています。

この記事を見た時、私も思い当たることがあり、それをツイートさせていただきました。


これを見たテレビ局の方から連絡をいただいたりもしました。

#metoo のツイートを投稿していたら、自分の中の感情が次々と溢れてきました。

まず、一番最初に投稿をした高校生の時にバイトをしていたフランス料理屋さんでオーナーのシェフから受けていたセクハラのこと。

私は同い年の女の子の紹介でそのバイトを始めたのですが、胸を触られたり、お尻を撫でられたりするのが日常茶飯事だったようで、聞いてみたらその紹介した女の子も「シェフから触られるの、私もよくされるんだよね…」と言っていて(その子は何も言わずに早々に私を紹介した後バイトを辞めてしまった)、

怖いし困って長く働いているパートの主婦さんに相談をしたら、
「良いじゃない、若いんだから触らせてあげてよ、減るもんじゃないんだし。」
のたった一言で一蹴されました。

それを言われた時に「ああこんなもんなんだなぁ、理不尽で嫌なこと、怖いことをされても、こっちが何も悪くなくても、こんな風にあしらわれるんだ…」とぼんやり絶望したのを覚えています。私は高校生で16、17歳でした。

周りの大人や良識のある同姓の人は居ないのか、居たとしても助けてくれないんだなぁと子供の私は思いました。

その嫌な記憶を#metoo で紐解いて行くと、自身の音楽活動に思い当たりました。






私は、背が小さいです。聞かれたら隠していないので143㎝と普通に答えています。
背が小さいことにコンプレックスは別に全然持っていません。
しかし、背が小さいと言うことで、私は別に何も悪くないのに弱そうだと認識され、“相手からセクハラやパワハラの標的にされていたんだ”と言う事実にぶち当たりました。今回初めてそれに気が付きました。

音楽活動を始めた初期の二十代前半の頃、私はライブで体を触られたり、頭を撫でられたりする迷惑なお客さんに本当に困っていました。

私のようなインディーズシーンの所謂女性シンガーソングライター(SSW)の主な客層は、中年男性の方々です。
本当に音楽が好きで応援してくれる方も勿論居て私はそれに救われていますが、中にはまるでキャバクラ代わりに女の子と接するのを目的で来ていると見受けられる方もいらっしゃいます。。

よく知らない人に、頭を急に撫でられたり体を触られたりされて、わあ嬉しいなんて思う人間が一体どこに居るでしょうか?
背が小さいと言っても、成人して働いている一人の人間、女性です。
そんな事をされてもまるで痴漢に遭ったようなもので、不快でしかありません。
ましてや私は音楽がやりたくて、歌を歌いにライブハウスに来ているのに、です。目的を履き違えているのは明らかです。

私は背が小さくて大人しそうに見えるので、キャバクラのような派手な場所では出来なくても、「こいつならいける」と思われていたのでしょうか。
正直言葉は悪いですが「背が小さくて大人しそうだからナメられていた」のだと思います。

同じ時期に、仕事では管理職についているからと言って私にも威圧的な注文を突き付けてきたり、人の気持ちを全く考えず押し付けて来るお客さんから10万円の入った封筒を特注のケーキと共に渡され「このお金で僕のためにライブをやって」と言われたので、丁重にお断りしてお金もお返しをし、音楽活動を半年間休止しました。

当時からお世話になっている渋谷ラママのブッキングスタッフの方が何度も何度も断ってもライブに誘ってくれて、私はもう一度ライブ活動を再開する事が出来ました。

そして今は余り歌わなくなった「傷」と言う曲を歌い始めました。


この曲は鍵盤を叩き付けたり、音程など関係なしに叫んだり、感情を剥き出しにしないと歌えない曲です。
この曲をライブの度に歌い続けました。30分の持ち時間のブッキングライブでも、ずっと。

正直女性シンガーソングライター界隈で、こんな感じの曲を歌っている人には自分以外に会ったことがなく、この歌を歌ったりする事はマイナスなのかと思う事が本当にあります。
やはりファンが付きにくかったり、「可愛い女の子が歌を歌っているのを見に来て癒されている」層のお客さんから全然見向きもされなかったり、他のアーティストと違い過ぎて、悪目立ちしてしまったり…本当に日々ずっと悩んでいます。

それでも私が「傷」と言う曲を歌い続けたのは、楽曲で「背が小さくて大人しそうに見えて女だからってナメんなよ」と言う強い気持ちを込めて感情を表し、自分を表現しなければ、
「背が小さい」と言う見た目の理由だけで人を判断し軽視され、頭や体を触って来たり、失礼な事を平気でしてくる、自分より年上の男性のお客さん層に、とても太刀打ち出来なかったからです。

もう「こっちへ来て」と何も知らないままライブハウスの死角の暗がりへ連れて行かれ、急に抱き付かれて肩に腕を回され、許可も無いまま無断で頬をくっ付けられて2ショット写真を撮られたり、
「また来るね」と他のお客さんと話をしている最中でも後ろの方から勝手に頭を撫でられたり、
ノルマ条件無しのライブに誘われる為に、プライベートの職場の場所を聞き出そうとされたり、体を触ってくるのを我慢したり、
若くて世間知らずだったのを良い事に、そう言う何も知らない女の子を標的にした“セクハラ”を受けたくなかった。

私は、歌が歌いたくてやっている音楽活動なのだから、自分が安心して歌って居られる“居場所”を作り上げる為に、音楽で自分の全てをありのまま剥き出しにさらけ出す事を選びました。

「傷」と言う曲が好きではない、と言うお声を何度も頂いた事もあります、でも、私は本当に必死でした。必死で、自分を守り、ナメられて体を触られる状況から、這い上がって来たんだと今は思います。

こんな事もありました。
インディーズのライブハウス界隈では、お客さん上がり(元々はファンだった過去を持つ関係者の方のこと)の
“イベンター”(それを職業にして食べていっている人も中にはいますが、アーティストと同じで自称すれば誰でもなれる、自分でお金を払って会場を押さえて、イベントを主催するような人の事)と呼ばれる方がいらっしゃいます。
勿論本当に良心的でアーティストの事を考えてイベントを主催している、音楽が本当に好きな人も居て、私自身とても助けられている方もいるのですが、
その中には「イベンターと言う立場を利用して、他のファンよりも自分の好きな女性アーティストに近付きたい」と言う気持ちで、イベントを主催している人も、残念ながら居るかと思います。
そう言う人の主催するイベントでは、ほぼ強制的に打ち上げに参加しなければならない暗黙のルールがあり(出欠の確認も特に取らずライブが終わったらその場で打ち上げが勝手にセッティングされるため、自分だけ帰りますとはとても言えない雰囲気でした)、
若くて何も知らなかった世間知らずの私は、あるイベントに誘われてライブに出演し、ライブが終わって帰る時間になっても、帰してもらえませんでした。

その人は「俺はアーティストをライブに出してあげている“イベンター様”だ」と私に言い放ち、「終電の時間があって、帰れなくなるのでチケット代の精算をして欲しい」と何度も私が頼んでも頑として聞いてくれず、挙げ句の果てに「終電逃して帰れなくなったとしても、タクシー代を出せば良いんだろ」と言いました。

困る私を酔っ払ったおじさん3人が取り囲み、延々と私に対する不満やダメ出しに始まり、他の女性アーティストの愚痴等を聞かされ続け、ずっと管を巻き、誰も助けてくれませんでした。
私はまだ二十歳そこそこで、本当に困り果て苦しくて泣きながら、母親に「ライブが終わったのだけど、精算して貰えず帰してもらえない、終電も逃してしまった」と電話をしました。
結局終電を逃したのにタクシー代すら出して貰えず、母親に車で迎えに来てもらい家に帰りました。
家に帰ってからも吐き気や気持ち悪さが止まらず、シャワーを浴びながらずっと、ずっと、泣いていました。
なぜこんな目に遭わなければいけないのか、自分だけが標的にされたのか分からず、今でもその当時の自分の気持ちを思うと、本当に悔しくて涙が出てきます。
今思うとこれは立派な“パワハラ”ではなかったかな、と #metoo ムーブメントに向き合う中で初めて自覚しました。
そして、あの時怖くて悲しくて苦しくて悔しかった泣いていた自分を、少し許せたような気持ちを持てました。

その酔っ払ったまま私にしつこく絡んだ方は、コンピレーションアルバムを出したりもしていたらしいですが、その後もやはり度々トラブルを起こした噂を聞きました。
私はそれから、お客さん上がりのイベンターが主催するライブイベントには、出来るだけ(本当に出たいもの以外)出演しない方針にしました。

その時期ライブで対バンをした、ももクロや水樹奈々さんに楽曲提供をしている作家でもあるしほりさんと言うアーティストの方に楽屋で相談をした際に、「そんなイベンターのライブなんて出たって意味がないから、絶対に出なくて良いよ、嫌な思いするだけだから」と言ってもらえた事もすごく大きかったです。
誰かに話して、自分が思っていたことを肯定してもらえて、気持ちが楽になった。

怖くて怖くて、ライブに来てくれるお客さんの事も信用出来なかった私ですが、「傷」と言う曲を歌い続ける事によって、本当に音楽を聴いてくれる、アーティストとしての自分を尊重して評価してくれるファンに、出会う事が出来ました。

それまでに困っていた嫌がらせをしてくるお客さん層はさーっと居なくなり、音楽をちゃんと聴いてくれる、本当のファンの人たちばかりになりました。

それは「傷」と言う楽曲の持っている力だと思います。

今ではライブの現場で嫌な思いをする事、音楽活動に集中出来ない事は全くありません。
私は自分の曲を歌い続ける事によって、音楽活動で“自分の居場所”を作り上げる事が出来てきたのではないかな、と思います。

自分の作った子供のような楽曲を聴いてくれる大切な人たち、“ファンは自分の鏡”だと本当に思います。
自分が一生懸命本気で向き合ったら、本気で応えてもらえる、それは音楽に限らず全ての事に共通だと思う。

私は音楽が好きです。音楽が、歌うことが、ピアノを弾くことが大好きで、音楽には人を救う力が在る、と本気で思っています。

だからこそ、ライブハウスやイベントは、出演者にとっても、聞きに来るファンにとっても、「良い音楽の場所」で在って欲しい、と切に願います。

セクハラやパワハラ、ストーカー行為に耐えられなくて音楽活動を辞める女の子の話は本当によく聞きます。
強く在らなければ、背の小さい女の子と言うレッテルに負けないよう、ナメられないようにしなければ、とずっと気を張って生きてきましたが、そうで無ければ活動し続けられない、私と同じような気持ちはとてもしんどいです。

それが少しでも変えられる、変わっていける場所に、ライブハウスをしていけたらと言う想いがあります。

今年野坂ひかりは音楽活動10周年、10年歌い続けて来ました。
#metoo ムーブメントのお陰でこの言葉を綴れたこと、自分の気持ちを思い返して、泣いていた自分を抱きしめてあげられた気持ちになれたこと、心から感謝します。

言葉にして発信することで、声を上げることで、少しでも現状を変えられたら、「銃よりもペンを持とう」と言った人の気持ちが解りました。

長々とここまで読んでくださったこと、どうもありがとうございました。

そして最後に、野坂ひかりを応援して支えて下さっている、今私の歌を聞いてくれているファンの皆様に、本当に改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

読んでくれてありがとう。


野坂ひかり



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文中の「傷」と言う曲はこちらから聞けます。
良かったらぜひ聞いていただけたら嬉しいです。




ゴッホについて。

私がゴッホと言う画家を意識し出したのはいつ頃だったでしょうか。
去年えいや!と言う気持ちで上野に見に行った「ゴッホとゴーギャン展」で初めてゴッホの絵を生で見ました。
とても心が共振して、食い入るように見つめていた。
恐らく、思い返してみると私がゴッホを好きだと自覚したのは、あるプラネタリウムの期間限定プログラムを宣伝する、一枚のチラシを手に取った時だったと思います。


そこには確か「ゴッホと星空展」のような名前で、ゴッホが心を馳せたであろう彼に由来する星空を連想するプログラムの展示が告知されていて、そのチラシに使われていた絵が、私の一番好きな作品「ローヌ川の星月夜」でした。

まるでゴッホとは思えないような繊細なタッチで、そこには水面に映る灯り、夜空に拡がる星空が描かれており、私はその絵を一目見た瞬間に好きになってしまいました。
澄んだ濃い青と黄色で彩られた清み切った世界の美しさ。とてもとても何選りも、美しい作品です。あんなに美しい作品を、私は他に挙げられません。

ゴッホの代表作と言われる「星月夜」でも「夜のカフェテラス」でも「ひまわり」でもなく、私の一番好きなのが、余り知られていないであろう「ローヌ川の星月夜」と言う所が何とも私らしいと言うか、笑えるなぁと思います。

ゴッホの作品を生で見て、感じたのが筆の息遣い、色を選ぶ繊細さ。人が好きだったんだと感じるユーモラスさ、人物画なんてまるで漫画のイラストのようで生で見てびっくりした。


彼は耳を切り落としたり、拳銃で自殺したりとその人物像の闇の部分に焦点が当てられる事が多いけれど、絵を生で見た時に受ける印象からだと、彼のユーモラスな部分、明るい色調、風景画の美しさ、等全然違う部分も見えて来る。

そして、人生晩年の制作後半期に差し掛かる時期に描かれた作品に宿る、確かな狂気さ。

今年も今の時期にゴッホ展がやっているけれど、これ程もう一度見たい、深く彼の人物像を知り得たい、と思う画家は、私に取って他には居ない。
東京展が終わって、関西の展示まで見に行こうかと考えた程に。(無理なスケジュールなので諦めたけど)

生前に売れた絵は僅か一枚、彼は人生の中で何度も何度も挫折を繰り返している。

自ら耳を切り落とした狂気、私には、ずっと前から、何だか解る気がするのだ。
ゴッホが耳を切り落としてくれていたと言う事実に、救われてしまう気持ちがある。
そうだよね、この長い人生で、やはりそうだよね、狂いたくなるよね、と言う非道く安堵にも似た気持ち。
梶井基次郎の「檸檬」に出てくる檸檬爆弾や「桜の樹の下には死体が埋まっている!」と書いたような気持ち、
芥川龍之介、ノーベル文学賞を受賞した川端康成が自殺する理由に挙げた(川端康成の遺書は残されておらず、芥川龍之介の遺書にあった言葉)「漠然とした不安」に苛まれるようなもの、
追ってくる影のような捕まったら終わりだと言う何だろう、恐怖心かな、日々影のように自分の元へやって来る憂鬱感、言葉にすればそんなようなもの、大仰では無く、誰でも持っているであろうもの、気付かず隠れて影のように潜んで形を現さないかもしれないもの。
見つかったら、認めてしまったら、もう見て見ぬ振りが出来ない人達が確かに居る、そんなもの。


影はひたひたひた、と余り音を出さずにやって来て、ああ後ろまで来なきゃ良いのに、そうなったらどうしよう、と頭の隅に掠める私の元に来て挨拶をする、
やあ、また来たよ、具合はどうかね、調子はどう?
帽子を取って挨拶をする、まるで紳士のように。
さて、これから逃れられないんだよ、と観念するのは私の方だろうか。
影に追い付かれて、私はそれを観念してじっとしている、ああまた動けない、どうしてこうなったんだろう、といつも思う、でもそれは私の弱さが作り出したのでは無かったか?
影はそこに隣に居るだけ、座っているだけ、でも私が、影に見つめられて可笑しい変な気がしてきちゃって、勝手に慌てふためき変な行動を取るのではなかろうか。
影は笑っているのではなく、少し悲しい顔をしている、表情は見えなくても、それは解る。
影は何も私を狂わせたくて側に来ているのではなく、私が影があってもそれを制御出来る位自分を律することが出来るような、鍛を切るのをコントロール出来るような、そんな強さを持って欲しいだけなのだ。
ああそうだね、やっと分かったね、それだよ、僕がここにずっと来ていた理由は、と影が喜ぶ、
そうだね、この部屋に光が当たれば、光が差し込んで当たるようになれれば、僕は溶けて消えるんだ。
それが僕のずっとやりたかったことなんだよ、と影が言って、
影も私自身、自分自身なんだから、それを上手くやっていければ問題ないさ、と思える気がする。


そう言う“危うさ”や“狂気”としか言い様のない、胸に拠り所のない気持ちを人間は心に秘めている、
それに他人を巻き込むことは出来ないから。
作品や芸術や何かを作り出すことに昇華させて、自己のどうしようもない、くすぶって自らが焼け焦げてしまいそうな感情を何とか形作って外に出す、そう言う作業が必要なのではないだろうか。

だから私は、仕事が休みの日に時たま訪れる、影がやって来て飲み込まれそうになる空気の中で、ゴッホの事を考える、
彼の作品を産み出した“狂気”の、誰にも受け容れられない感情の、拠り所の無さから生まれた途方の無い日々を、
生前たった絵が一枚しか売れていないにも関わらず表現・創作し続けた彼の真っ直ぐな一途な想いを、そうせざるを得なかった胸の中の憤りや感情の渦を、
後世彼が亡くなってから彼の命を懸けた作品が正当に評価された流れを見て思うのだ、
大丈夫、だと。
私の心をそれで非道く安堵させようとする。

ぽっかり空いた夜の影の穴も狂気の渦のような力強いタッチも、
四季巡る鮮やかな色の田園や植物の風景画も、
私は同じように等しくそれを愛おしいと思う。

人間は陰と陽、二つが重なりあって必ず出来ているはずだから、私はその二つを等しく愛せるように、表現出来るようになりたい。
明るさも影も、等しく人間を救うはずだから。
光だらけを求められるこの世界の中で、嘘を吐かない影は必要なのだ。

いつ今年のゴッホ展に行こうか、考えておく。

彼の描いた不器用な人間への愛情と優しさ、
綺麗過ぎる星空が好きだ。

この星空を描いた彼の目には、世界は一体どんな風に映っていたのだろう。




昨日は生まれ故郷の生家、滋賀のおばあちゃん家から帰ってきてから、幼なじみののちゃんとごはんを食べる。
今日は朝から初めての早番で、久しぶりに仕事が早く終わったものだから、吉祥寺で抹茶ラテを飲んでいる。


昨日インスタやFacebookの方に上げた、
どうしても子供を産みたいとか、お母さんになるのが夢みたいな、この訳の分からない強すぎる気持ちって一体何なのだろう、と思い当たってみた。


私は初孫で、初めての長女で、私のひかりちゃんアルバムだけでも10冊以上あって、小さい頃はおばあちゃんお手製の子供服を着せてもらい、お父さんは私の自転車に乗れた時の写真を会社のスーツの胸ポケットに入れて持ち歩いてくれていたし、お母さんは必ず手料理を作ってくれて、車で送り迎え等もしてくれていたし、習いたい習い事も絶対に習わせてもらっていたし、弟や妹は「お姉ちゃんがちゃんとしてなかったら、私はこんな風に育たなかったよ」と言ってくれたり、二人で子供の頃の少ないお小遣いを貯めて十字架のネックレスをプレゼントでくれたり、おじいちゃんは私のプールの飛び込みの写真で町内写真展で賞を取り、お母さんのお姉さんは愛を持って心配してケンカしたり猫の写真を気にかけて送ってくれたり、友達が居ない訳ではなく、ケンカしても何度も仲直りをして側にしてくれる友達も居て、音楽でワンマンライブを出来るくらい、どこでライブをしてもちゃんと付いてきて支えてくれる大切なファンの方も居て、デザインやイラストで野坂ひかりのアートワークを全て担当してくれている、本気で世界で一番素晴らしい物を一緒に作れる大好きな幼なじみと活動ができて、泣くほど沁みる演奏をしてくれるサポートメンバーが居て、ほんとに幸せなレコーディングをしてくれる素晴らしい恩人の方たちが居て、
何でこんなに寂しいのだろう、何も無いとか全て捨ててでも欲しいものが在るとか、思ってしまう瞬間が有るんだろう、と思う。

これは最早子供が欲しいとか、子供を産んでお母さんになれば根底の寂しさが埋まるとか、そう言う問題ではないのではないだろうか。
子供を産んで自分の家族を持てば、体験出来なかった幸せな家庭を経験すれば埋まる、訳ではないのだ、多分。
そんな考えをしていたら、実際の子育てとのギャップが有りすぎて子供を育てるのなんて到底無理だなんて、冷静に考えたら誰でも分かる。

じゃあ私の持っている、この埋まらない寂しさみたいなものは、一体何なのだろう。

充たされない空腹、ずっと付いて回る飢餓感、ここがどこで自分は誰で今までどんなことをして来て、何を持っているか全く解らなくなる迷子のような感覚。居心地の悪さで胸がずっと気持ち悪いような歩くのも億劫になりそうな憂鬱な感覚、これは例えばゲームの中でゲームオーバーになったとしても、リセットされてたぶん、何回コンティニューして生き返ったとしても付いて回る消えない感覚だろうと思う。
それを怠惰に持て余すよりも、対処出来なくて逃げた振りしてまた巡りめぐって同じ場所に辿り着いて繰り返すよりも、もっと何か出来ることが有るのではないだろうか。

何度も同じところに出ると言うことは、何か違う意味が有るのではないか…と今初めて思い当たった。

そのループゾーンから抜け出すには、多分先に進むための鍵となる何か取るべき行動がきっと在るのだ。
それは恐らく私が今まで思い込んでいたであろう、誰かに愛されて普通の幸せになる結婚して
子供を産めば必ず埋まってなくなってくれると言う類いのものでは無かったのであろうと推測される…。
それは例えば、仏教用語でカルマとか、レーゾンデートルとか、そう言う言葉で表されるようなもの、生まれて来た理由とか、生きている意味とか、大袈裟に言うと運命だとか、気持ち悪い位付きまとってずっと消えない、どろどろみたいな感覚、私の影だとか光が当たれば見えてずっと付いてくるもの、もう一つの向き合うべきもの、鏡に映った自分のように逃れられないもの、のような気がする。
これのために人生を全うしました、みたいな。

正直今まで自分の音楽ってもしかしたら趣味の延長のように捉えていて、私は子供を産んで育ててそしたら寂しいのも消えるとばっかり思っていて、何だこれはまいった。だいぶ大変なことになっているのではないか。

でも今まで何もかも音楽を中心に生きるために仕事や日常も試行錯誤していて、それが執着に等しい恋愛感情なのかと認識していたものだけれど、それも一部有ってもしかし、それだけでは全然無かったのだと言うことだ。
これが自分の登るべき山なのか、と初めて自分の山道を認識したような感じ、今まで霧がかって隠れていた山の、全体像がやっと、視界が晴れて見えた感じ。

私はたぶん、音楽をやることに意味があって、それをやらなければ自分が、魂が解消出来ない何かを持っていて、それが出来るようにきっと人生も何もかも動いていくのだ、そしてそれは子供を産まなければならないとか、常識で考えうる一般的な事柄に縛られる話ではないのだ、と理解したように思える。
確かに自分の体の中に別の生命が息づいて動いて胎動している、その生命の神秘的な面白い体験にはとても興味があるけれど、女に生まれたのだから、命を産み出す、生命が生まれ出てくる“出産”と言う行動が私にとってすごく惹かれる物事では有るけれど、それをしなければ自分に価値が無いとか、全然人として経験値が足りないとか、全くの無意味な存在になる訳では、決して無いのだ。
言ったら兄弟をもう子育てしたような気持ちになっている訳だし。
それも人生の流れの中で、必要と在れば与えられる機会が自然と巡ってくるのではなかろうか、自分がしっかり生きていれば、自ずと。

「自分が生きた証のような消えない強いものがどうしても欲しい、それがなくてとても寂しくていたたまれない」と思うのならば、それを夫となる人や子供と言う“自分以外の他人”に与えてもらうのではなく、自分自身の手で作り出さなければ結局どうにも埋まらずしょうがないのではないか、と言うのが今の私の見解。
それを自分以外の他人に与えてもらおうってことは、他の生き方の人には有っても、私の人生では上手く行きっこないかもしれない。
だって本当には自分がそう思ってないから、そうだと良いなって逃げと言うか、怖い気持ちがあたかもそれが真実のように見せかけて、私も向き合わず逃げようと楽しようとしちゃうから。
それも自分の中の一つの本音であることはもちろんそうなんだ、弱くて立ち直れない自分、悲しいままの気持ち、それも本当で、でもいつまでもそこに立ち止まっていられるものじゃない。そのままでも良いんだけど、先に進むにはそれじゃ進めない場所。誰かに助けてもらいたかった、すごく辛くて悲しくて、かわいそうだった自分。
だって今までだって辛かったし、もうこれ以上傷付きたくないし、疲労しないで済むし、一時停止ボタンのようなもの、ずっと同じところでループ、何度も何度も迷子の繰り返し、他人の所為にしたり、端から運が悪かったとか諦めたり、才能がないとか、お金がないとか、恵まれてないとか、自分が被害者ぶって諦めたように見せ掛ければ、ずっと楽だものね。
馬鹿な振りして、出来ない風に見せかけて、弱いものぶってればそこから何も進まない、思考停止状態で居られる。
でも、それじゃあもう駄目だから。
気付いてしまうと、もう元には戻れないから。
知る前の自分には、逆立ちしたって巻き戻れない。

もし出産すると言う機会があったら、面白く楽しむ(きっと思う以上に大変でしんどくて想像と違うだろう)ことにして、それが無ければ自分に価値が無いとか、誰かの為に何としてでもとか、それが無ければ幸せじゃないって、自分の幸福の象徴・ステータス、幸せのパラメーター維持のために考えるのは、もう辞めても良いのかなぁと思う。
私の音楽は、私が思う以上に自分にとって尊い、価値のきっと在るものだ、
まるで出産のように、命を懸けて守るものだから生まれてきて、ここに存在していて、自分以外の他人に知ってもらえるようになっている。

私はもう自分以外に何かを守らなければいけないんだ、と強迫観念のように思わなくても、それが出来ないと自分に価値が無いとか、自分を軽んじたり卑下したりもう、しなくても良いのだ。

それを気付かせてくれるような、きっかけを作り出す音楽に出会えていることが、私にとっての幸福です。
私が一番大切だった、大事だった守りたかった家族、私はまだ子供で、全然上手く守れなかった。
思えばずっと家族を守らなきゃとか、一度壊れてしまった家族を次は絶対に守らなきゃって、もうそれだけのために生きてきたなぁ。

在ったはずのものが壊れて永遠に無くなってしまう、形が丸っきり変わってしまうと言うのは、とても恐怖な訳です。
それを知っても知らなくても生きていけるけど、人一倍それが強くて、ほふく前進と言うか石橋をめっちゃくそに叩いて渡りまくると言うか、それしか出来なかった。
いつか必ず無くなってしまう恐怖しか、自分の中に確かに残るものは無かった。
だからそれが自分の全体像と言うか、自分を形作る輪郭のように思えてしょうがなかった。

私は全て失う恐怖を、植え付けられた経験を、18年くらいかけてやっと塗り替えられたのかなぁと思う。
それが一生続くかも知れなかった訳だし、本当の辛さなんて他人には解らなくて自分しか理解出来ないんだけど、本当に、よくやったなぁと労ってやりたいと思う。
自分にそれが出来たなら、いつか自分が物凄く大切に想う人にも、同じようなことがきっと出来るはずだから。

自分だけで完結しない世界も有るんだと、私はこれから大手を振って歩いてみようと思う。

長くなったけど、今日はこれが全てです。

また繰り返しこの気持ちを忘れたり思い出せなくなったり迷ったりブレたりどうせ落ち込んだりするんだろうけどさ、それも人間だから、しょうがないなぁと笑って、責めたりせず、上手く付き合って行けるようになるよ。





私の人生は、音楽を作った10年で、こんなに他人にも負けない位誇れるようになれた。

だからこそ、音楽の進んでいく路の先で、必ず出会えるはずだと信じているのです。

私を作った大切な家族、本当に大好き







またこんな風に笑えるように絶対なるからさ


家族のように大切に想う誰かが居る気持ちも、絶対に無くさないで何があろうと持っていく。
誰にも秘密で持ってる。



高校の友達の結婚式へ①の記事からの続き》



そして、結婚式。
私は披露宴で演奏することになっていたのですが、
多分結婚式って苦手なんです、特にお二人のムービーが。。。

結婚式って私の日常とは縁のない、「ふつうの当たり前の日常」を見せてもらっているような気持ちがして、少し冷めた目線でしか(何だか自分とは関わりのない別の世界の出来事のような)見れないところがあったのですが、
彼女はそこに私の写真も入れてくれていました。

何年か前に、誕生日当日何も予定がなかったので、初めて働いた場所であるジブリ美術館のカフェ「麦わら帽子」に連れていってくれて、そこでサプライズで出してもらったケーキを前に、泣いた顔でピースをして笑ってる、私を彼女が撮った写真でした。

ジブリ美術館のカフェでは、お誕生日のケーキを出す時に、スタッフさんがみんなで歌いながら(鈴を鳴らしながら)持ってきてくれて、その場所にいるお客さんも全員で拍手をしてお祝いするサプライズがあるのですが、
お世話になった先輩スタッフさんが、その日サービスで頼んでいないのに「ふぞろいイチゴのショートケーキ」を持ってきてくれて、歌ってくれて、びっくりして泣いた、私が映っていました。


それを見て、私はふつうのことが出来ない出来損ないの人生だけど、彼女はそれでも一緒に居ようとしてくれる、排除しないで大切に想ってくれてるんだな、と感じてびっくりしてしまい、演奏の出番前なのに涙が零れてしまいました。。



披露宴の終盤に、演奏。
これまでも何度か演奏させていただく機会があったのですが、もっとざわざわした中で聞いてもらえないんだろうと鷹をくくっていた予想が見事に外れて、みんな真剣に聞いてくれる中での演奏だったので、ピアノは間違えたり笑いながら弾いていて、
新婚の彼女が好きなCoccoの「強く儚いものたち」と「パッヘルベルのカノン」のピアノインストメドレー、
最後は自分の曲「観覧車の天辺で」を唄いました。

何て言うか、自分の曲なのに、会場全体に広がって染み込んでいくような、不思議な感覚で、「すごく良い曲だったぞー!!」と見知らぬ誰かさんも最後に叫んでくださいました。笑
会場いっぱいの、大きな拍手をいただきました…。

新婦のお母様お父様、おじいちゃんおばあちゃんも喜んで声をかけてくれて、新郎側のご両親も頭を下げて感謝してくださって、こんなに自分が歌うことで喜んでくれるとは、すごく初めての経験でした。

あんなに会場全体が真面目に聞いてくれるなんて、多分新郎新婦の真面目さが反映してるんだな、本当に今ままで一番気持ちよく帰れた、すごく良い式でした。

私は、「自分の歌うことで誰かがこんなに喜んでくれるなんて」と言う気持ちを初めて実感して『今よりも音楽を仕事にしたい』と思いました。

新婦の彼女からは式の後に
「私は、ひかが『どうして自分は人と違うんだ』って泣いてたのをずっと聞いてるし、普通の人がやる代表的なイベントであろう結婚式に呼ぶのは気が引けてしまって、誘わなきゃって思ってたのに、連絡できなかったんだよね。」
って連絡が来て、色々悩んでくれてたんだな…と思うけど、
恐らくこれからの人生で、式に出るのと出ないのとでは人生が変わるような、そんな時間でした。

そんな機会をくれた彼女に、本当に感謝です。


ブーケトスでは、お花も貰いました。



け、結婚なんて、ででで、出来るのかな…。。。。
新婚のしの字もありませんが、嬉しかったっす。笑

そして帰りに、同級生と一緒にせっかくお台場に行ったので観覧車を見て帰りました。



お台場の虹色の観覧車。



「観覧車の天辺で」と言う曲は、
大切な人と出会って、色んなことを経験して、家族になっていく、そしてずっと手を繋いで笑って、夢を見続けていく歌だと思っています。

私もいつか乗れるのかしら…。。。。

でも、恋愛も結婚も上手く出来ないのなら、音楽をやるしかない、と気持ちが定まった感じです。笑



過去と未来、高校時代から10年後が繋がった瞬間でした。

また忘れない一日が増えたなぁ。
歌をうたえて、本当に幸せでした。

どうかお幸せに。





これからはもっともっと歌っていきたいと思います。

そう言えば彼女は音楽ライターを目指して大学に行っていて、彼女に私のインタビュー記事を書いてもらうの、実現したかったなぁ…なんて、思いました。

幸せに、なってね。



















お台場って何だかとても好きです。
ゆりかもめに乗って夜景を見ているだけでも落ち着く。
大好きな海と観覧車と夜景があって、何か煮詰まったら一人で来ようと思いました。笑

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【あと3日◎次回ワンマンライブ】

9/3(土)@高円寺U-ha
野坂ひかりBirthday oneman live
『EUPHORIA(ユーフォリア)vol.3』

開場18:00/開演19:00
前売¥2900/当日¥3300(+1Drink)

出演:野坂ひかり(pf,vo)

support member/
gt:児玉陵
per:菅野可奈子
vn:乙坂ひかる

カルテット編成ライブ

2ヶ月振りにピアノと歌う、
バースデーワンマンライブイベント*

深海から光の中へ、
久しぶりに皆さまにお会いできること、
私の音楽に会えること、
とても楽しみに、ぜひお待ちしてます!^^

チケットご予約はこちら▼
メールフォームから1分でご予約いただけます
http://nosakahikari.com/contact.html

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《長いので①②と続きます》




最近めっきりブログを書かなくなっていたのですが(ワンマンライブ前なので追い詰められてる)、
残しておきたい、大事なことはいくつかあって、それを少しずつ綴っていきたいと思います。

ワンマンライブのちょうど一週間前、高校時代の同級生の友達(と言うか、もう友達の域を越えているような女の子)、の結婚式に行って来ました。



場所はお洒落な街、お台場の結婚式場。

教会はとても綺麗で、讃美歌も一緒に歌った。


私は彼女とは、高校生の時に図書委員として出会って、
高校を卒業してからも一緒にルームシェアで暮らしたり、
その後全然連絡が取れなかった時期もあり、
ついこの間式の一ヶ月前と言う時に、彼女が入籍していたこと、もうすぐ結婚式を挙げること、を急に聞かされて、
たまたまその日がお休みだったので、急遽参列し、
そして歌を歌わせてもらえることにもなりました。

恐らく私の人生に影響をかなり及ぼした人物だと思います。
私に邦楽ROCKを教えてくれたのも、そのあと曲を書いて歌うシンガーソングライターとして活動したいと思った、きっかけのインタビューを読んだのも、諸々色々ありすぎて、“友達”だとも言い難い、彼女と過ごしてきた時間です。

「普通の女の子」と言うものに物凄くコンプレックスを抱いていて、泣いたって嘆いたって努力したって逆立ちしてもなれない私とは対照的に、彼女はありのままの「普通の女の子」を体現している人です。


ついこないだも、何度か対バンさせていただいていた、知り合いの女性シンガーソングライターの方が結婚を発表し、と言うことは音楽をやりながらも、一緒に暮らしその人との関係性や恋愛も育んでいらしてきたのか…と衝撃を受けましたが、
それを上手く言葉に出来なかった私は、仕事終わり吉祥寺の街で、彼女に電話を掛けました。

「どうしたの?」と聞く彼女に、
「どうして私は普通になれないんだろう」と吐露しました。


私は、今でこそ珍しくないかもしれないけれど母子家庭で、結構両親が揉めてしまい家庭裁判所までいって、家族の家庭内暴力や兄弟の不登校を乗り越えて、頑張って家族が壊れないように皆で努力して生きてきたような所があって、今でも「(住んでいるのは)実家です」と言うと「実家なのに何でそんなに働いてるんですか?音楽に専念したりとかしないんですか?」と笑って言われると、もう慣れたけど笑って「ちょっと事情があって…」と答えたりする度に、「まあそう言うものだよな」と言うことを感じているんだと思います。

経済的な理由もあって専門にも大学にも行かず、18歳で働き出して、独学でずっと音楽をやってきました。
その間、すごく売れた人、追い抜いていった知人、Mステで彼らが歌っている時に、日々の生活のためのお菓子を笑顔で売っている時、帰りの電車でまるで脱け殻のように過ごしていた時期もありました。(もう慣れたけど)

20歳の時に夜逃げのように友達に車で荷物を運んでもらって、半ば無理やり一人暮らしをした時も、一人暮らしからルームシェアになって、ごはんが食べられなくなって実家に戻った時も、頑張って家族を取り戻すように、本屋さんでのアルバイトからリハビリのように働きだした時も、
アルバイトでにっちもさっちもいかなくなって、生活を安定させるために「音楽がやりたいはずなのに、どうして音楽が出来ないんだろう」と泣きながら派遣社員で働くことを決めた時も、ずっとそうですが、

私は人が当たり前に出来る《ふつうのこと》を、《物凄く時間がかかって、努力してやっと出来るようになる》と言う、
ある意味人間として不能な人間なんだと思っています。
『神様が作った失敗作、不良品』のような人間だと自分では思って生きてきました。

何年もかけて普通に働けるようになっても、10年かけてやっとCDアルバムを作っても、10年かけて人を好きになっても、『どうしてもっとやらないんだ』と周りから言われてしまう、そして、普通の人はもっと当たり前に普通に、私が出来ないことをやって結婚したり、売れたり『結果を出している』んです。

10年かけて人を好きになってもちゃんとした恋愛も結婚も出来ない、仕事との両立が出来ず一番やりたいことのはずの音楽も上手くいかない、出逢いに恵まれたとしても人が怖くてコミュニケーションが取れない、チャンスを生かせない私は、「どうして私は、普通に出来ないんだろう」と彼女に泣きながら話しました。

それを聞いて彼女は、
「ひかはいつも《普通になれない》って言って泣いてるよね、ずっと見てきたよ、
だけど、普通の人なら諦めて投げ出しちゃう所を、
他の人より時間はかかっても、投げ出さずに諦めずに、仕事も出来るようになって、CDも作って、ライブも続けてて、偉いと思う、私だったら出来ない、すごいと思うよ」
と言ってくれて、その言葉で少し、楽になれた気がしました。

《泣きながら時間がかかって書いたので、高校の友達の結婚式へ②に続きます》


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【あと3日◎次回ワンマンライブ】

9/3(土)@高円寺U-ha
野坂ひかりBirthday oneman live
『EUPHORIA(ユーフォリア)vol.3』

開場18:00/開演19:00
前売¥2900/当日¥3300(+1Drink)

出演:野坂ひかり(pf,vo)

support member/
gt:児玉陵
per:菅野可奈子
vn:乙坂ひかる

カルテット編成ライブ

2ヶ月振りにピアノと歌う、
バースデーワンマンライブイベント*

深海から光の中へ、
久しぶりに皆さまにお会いできること、
私の音楽に会えること、
とても楽しみに、ぜひお待ちしてます!^^

チケットご予約はこちら▼
メールフォームから1分でご予約いただけます
http://nosakahikari.com/contact.html

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