ブロガー・作家であるはあちゅうさんがセクハラ・パワハラについて告発した記事がbuzzfeedで公開され、Twitterハッシュタグ #meetoo 運動が今注目を集めています。
ハッシュタグ #metoo ムーブメントは、元々ハリウッドから始まった動きで、自らが受けたセクハラ・パワハラについて泣き寝入りせずに声を上げよう、と言うもの。今日本や世界中でその輪が広がっています。
この記事を見た時、私も思い当たることがあり、それをツイートさせていただきました。
これを見たテレビ局の方から連絡をいただいたりもしました。
#metoo のツイートを投稿していたら、自分の中の感情が次々と溢れてきました。
まず、一番最初に投稿をした高校生の時にバイトをしていたフランス料理屋さんでオーナーのシェフから受けていたセクハラのこと。
私は同い年の女の子の紹介でそのバイトを始めたのですが、胸を触られたり、お尻を撫でられたりするのが日常茶飯事だったようで、聞いてみたらその紹介した女の子も「シェフから触られるの、私もよくされるんだよね…」と言っていて(その子は何も言わずに早々に私を紹介した後バイトを辞めてしまった)、
怖いし困って長く働いているパートの主婦さんに相談をしたら、
「良いじゃない、若いんだから触らせてあげてよ、減るもんじゃないんだし。」
のたった一言で一蹴されました。
それを言われた時に「ああこんなもんなんだなぁ、理不尽で嫌なこと、怖いことをされても、こっちが何も悪くなくても、こんな風にあしらわれるんだ…」とぼんやり絶望したのを覚えています。私は高校生で16、17歳でした。
周りの大人や良識のある同姓の人は居ないのか、居たとしても助けてくれないんだなぁと子供の私は思いました。
その嫌な記憶を#metoo で紐解いて行くと、自身の音楽活動に思い当たりました。
私は、背が小さいです。聞かれたら隠していないので143㎝と普通に答えています。
背が小さいことにコンプレックスは別に全然持っていません。
しかし、背が小さいと言うことで、私は別に何も悪くないのに弱そうだと認識され、“相手からセクハラやパワハラの標的にされていたんだ”と言う事実にぶち当たりました。今回初めてそれに気が付きました。
音楽活動を始めた初期の二十代前半の頃、私はライブで体を触られたり、頭を撫でられたりする迷惑なお客さんに本当に困っていました。
私のようなインディーズシーンの所謂女性シンガーソングライター(SSW)の主な客層は、中年男性の方々です。
本当に音楽が好きで応援してくれる方も勿論居て私はそれに救われていますが、中にはまるでキャバクラ代わりに女の子と接するのを目的で来ていると見受けられる方もいらっしゃいます。。
よく知らない人に、頭を急に撫でられたり体を触られたりされて、わあ嬉しいなんて思う人間が一体どこに居るでしょうか?
背が小さいと言っても、成人して働いている一人の人間、女性です。
そんな事をされてもまるで痴漢に遭ったようなもので、不快でしかありません。
ましてや私は音楽がやりたくて、歌を歌いにライブハウスに来ているのに、です。目的を履き違えているのは明らかです。
私は背が小さくて大人しそうに見えるので、キャバクラのような派手な場所では出来なくても、「こいつならいける」と思われていたのでしょうか。
正直言葉は悪いですが「背が小さくて大人しそうだからナメられていた」のだと思います。
同じ時期に、仕事では管理職についているからと言って私にも威圧的な注文を突き付けてきたり、人の気持ちを全く考えず押し付けて来るお客さんから10万円の入った封筒を特注のケーキと共に渡され「このお金で僕のためにライブをやって」と言われたので、丁重にお断りしてお金もお返しをし、音楽活動を半年間休止しました。
当時からお世話になっている渋谷ラママのブッキングスタッフの方が何度も何度も断ってもライブに誘ってくれて、私はもう一度ライブ活動を再開する事が出来ました。
そして今は余り歌わなくなった「傷」と言う曲を歌い始めました。
この曲は鍵盤を叩き付けたり、音程など関係なしに叫んだり、感情を剥き出しにしないと歌えない曲です。
この曲をライブの度に歌い続けました。30分の持ち時間のブッキングライブでも、ずっと。
正直女性シンガーソングライター界隈で、こんな感じの曲を歌っている人には自分以外に会ったことがなく、この歌を歌ったりする事はマイナスなのかと思う事が本当にあります。
やはりファンが付きにくかったり、「可愛い女の子が歌を歌っているのを見に来て癒されている」層のお客さんから全然見向きもされなかったり、他のアーティストと違い過ぎて、悪目立ちしてしまったり…本当に日々ずっと悩んでいます。
それでも私が「傷」と言う曲を歌い続けたのは、楽曲で「背が小さくて大人しそうに見えて女だからってナメんなよ」と言う強い気持ちを込めて感情を表し、自分を表現しなければ、
「背が小さい」と言う見た目の理由だけで人を判断し軽視され、頭や体を触って来たり、失礼な事を平気でしてくる、自分より年上の男性のお客さん層に、とても太刀打ち出来なかったからです。
もう「こっちへ来て」と何も知らないままライブハウスの死角の暗がりへ連れて行かれ、急に抱き付かれて肩に腕を回され、許可も無いまま無断で頬をくっ付けられて2ショット写真を撮られたり、
「また来るね」と他のお客さんと話をしている最中でも後ろの方から勝手に頭を撫でられたり、
ノルマ条件無しのライブに誘われる為に、プライベートの職場の場所を聞き出そうとされたり、体を触ってくるのを我慢したり、
若くて世間知らずだったのを良い事に、そう言う何も知らない女の子を標的にした“セクハラ”を受けたくなかった。
私は、歌が歌いたくてやっている音楽活動なのだから、自分が安心して歌って居られる“居場所”を作り上げる為に、音楽で自分の全てをありのまま剥き出しにさらけ出す事を選びました。
「傷」と言う曲が好きではない、と言うお声を何度も頂いた事もあります、でも、私は本当に必死でした。必死で、自分を守り、ナメられて体を触られる状況から、這い上がって来たんだと今は思います。
こんな事もありました。
インディーズのライブハウス界隈では、お客さん上がり(元々はファンだった過去を持つ関係者の方のこと)の
“イベンター”(それを職業にして食べていっている人も中にはいますが、アーティストと同じで自称すれば誰でもなれる、自分でお金を払って会場を押さえて、イベントを主催するような人の事)と呼ばれる方がいらっしゃいます。
勿論本当に良心的でアーティストの事を考えてイベントを主催している、音楽が本当に好きな人も居て、私自身とても助けられている方もいるのですが、
その中には「イベンターと言う立場を利用して、他のファンよりも自分の好きな女性アーティストに近付きたい」と言う気持ちで、イベントを主催している人も、残念ながら居るかと思います。
そう言う人の主催するイベントでは、ほぼ強制的に打ち上げに参加しなければならない暗黙のルールがあり(出欠の確認も特に取らずライブが終わったらその場で打ち上げが勝手にセッティングされるため、自分だけ帰りますとはとても言えない雰囲気でした)、
若くて何も知らなかった世間知らずの私は、あるイベントに誘われてライブに出演し、ライブが終わって帰る時間になっても、帰してもらえませんでした。
その人は「俺はアーティストをライブに出してあげている“イベンター様”だ」と私に言い放ち、「終電の時間があって、帰れなくなるのでチケット代の精算をして欲しい」と何度も私が頼んでも頑として聞いてくれず、挙げ句の果てに「終電逃して帰れなくなったとしても、タクシー代を出せば良いんだろ」と言いました。
困る私を酔っ払ったおじさん3人が取り囲み、延々と私に対する不満やダメ出しに始まり、他の女性アーティストの愚痴等を聞かされ続け、ずっと管を巻き、誰も助けてくれませんでした。
私はまだ二十歳そこそこで、本当に困り果て苦しくて泣きながら、母親に「ライブが終わったのだけど、精算して貰えず帰してもらえない、終電も逃してしまった」と電話をしました。
結局終電を逃したのにタクシー代すら出して貰えず、母親に車で迎えに来てもらい家に帰りました。
家に帰ってからも吐き気や気持ち悪さが止まらず、シャワーを浴びながらずっと、ずっと、泣いていました。
なぜこんな目に遭わなければいけないのか、自分だけが標的にされたのか分からず、今でもその当時の自分の気持ちを思うと、本当に悔しくて涙が出てきます。
今思うとこれは立派な“パワハラ”ではなかったかな、と #metoo ムーブメントに向き合う中で初めて自覚しました。
そして、あの時怖くて悲しくて苦しくて悔しかった泣いていた自分を、少し許せたような気持ちを持てました。
その酔っ払ったまま私にしつこく絡んだ方は、コンピレーションアルバムを出したりもしていたらしいですが、その後もやはり度々トラブルを起こした噂を聞きました。
私はそれから、お客さん上がりのイベンターが主催するライブイベントには、出来るだけ(本当に出たいもの以外)出演しない方針にしました。
その時期ライブで対バンをした、ももクロや水樹奈々さんに楽曲提供をしている作家でもあるしほりさんと言うアーティストの方に楽屋で相談をした際に、「そんなイベンターのライブなんて出たって意味がないから、絶対に出なくて良いよ、嫌な思いするだけだから」と言ってもらえた事もすごく大きかったです。
誰かに話して、自分が思っていたことを肯定してもらえて、気持ちが楽になった。
怖くて怖くて、ライブに来てくれるお客さんの事も信用出来なかった私ですが、「傷」と言う曲を歌い続ける事によって、本当に音楽を聴いてくれる、アーティストとしての自分を尊重して評価してくれるファンに、出会う事が出来ました。
それまでに困っていた嫌がらせをしてくるお客さん層はさーっと居なくなり、音楽をちゃんと聴いてくれる、本当のファンの人たちばかりになりました。
それは「傷」と言う楽曲の持っている力だと思います。
今ではライブの現場で嫌な思いをする事、音楽活動に集中出来ない事は全くありません。
私は自分の曲を歌い続ける事によって、音楽活動で“自分の居場所”を作り上げる事が出来てきたのではないかな、と思います。
自分の作った子供のような楽曲を聴いてくれる大切な人たち、“ファンは自分の鏡”だと本当に思います。
自分が一生懸命本気で向き合ったら、本気で応えてもらえる、それは音楽に限らず全ての事に共通だと思う。
私は音楽が好きです。音楽が、歌うことが、ピアノを弾くことが大好きで、音楽には人を救う力が在る、と本気で思っています。
だからこそ、ライブハウスやイベントは、出演者にとっても、聞きに来るファンにとっても、「良い音楽の場所」で在って欲しい、と切に願います。
セクハラやパワハラ、ストーカー行為に耐えられなくて音楽活動を辞める女の子の話は本当によく聞きます。
強く在らなければ、背の小さい女の子と言うレッテルに負けないよう、ナメられないようにしなければ、とずっと気を張って生きてきましたが、そうで無ければ活動し続けられない、私と同じような気持ちはとてもしんどいです。
それが少しでも変えられる、変わっていける場所に、ライブハウスをしていけたらと言う想いがあります。
今年野坂ひかりは音楽活動10周年、10年歌い続けて来ました。
#metoo ムーブメントのお陰でこの言葉を綴れたこと、自分の気持ちを思い返して、泣いていた自分を抱きしめてあげられた気持ちになれたこと、心から感謝します。
言葉にして発信することで、声を上げることで、少しでも現状を変えられたら、「銃よりもペンを持とう」と言った人の気持ちが解りました。
長々とここまで読んでくださったこと、どうもありがとうございました。
そして最後に、野坂ひかりを応援して支えて下さっている、今私の歌を聞いてくれているファンの皆様に、本当に改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
読んでくれてありがとう。
野坂ひかり
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文中の「傷」と言う曲はこちらから聞けます。
良かったらぜひ聞いていただけたら嬉しいです。