画家 諏訪敦さんの個展、表現すること、生きること、朝ごはんのこと①
から続きます)
Twitterで画家 諏訪敦さんご本人をフォローしてから、一度個展が開催されると言う情報を知っていたのですが、日々の事にかまけていたら気付いたら終わってしまっていて、次の個展には絶対に足を運ぼう、と心に決めていました。
そうしたら、ご本人TwitterからNHKの番組で特集される、と言うのを知り、心待ちに。
一度目の放送は自分のライブが入っていて見れなかったため、4月9日の再放送を自宅で見ました。
亡き祖母の姿をキャンバスの上に描く、その制作過程、5年程を密着取材していたそうです。
ご本人のブログにも、番組について書かれています。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/456574/443750/105569860
美しいものに出会うと、それに触れると、何故涙が出るんでしょうか。
私にはその理由は解りません。
その番組を見ている間、ずっと私は泣いていました。
最初から最後まで。そして、見終わった後も泣いては呻くだけで、言葉に出来ませんでした。
諏訪さんは、中国で亡くなった祖母を描くため、実際にその場所に訪れます。
その人が生きていた、時代に抹消された痕跡を探し当てるため、色々な人に会い、話を聞き、当人が見ていたであろう景色を実際に自分の目で眺め、時間を越えて視線を重ねます。
その姿を見た時、びっくりしました。
何故かと言うと、私も同じことをしていたからです。
その人が生きていた、見ていたであろう景色、視線を重ねたくて、少しでも気持ちを共有したくて、歌を書き、その場所を訪れ、ひとり自分の中に記憶を蓄積していったことが、私にも在ります、在りました。
今までずっとそうやって生きてきたことを、自分ではとても恥じてきました。
しかし、今解ることがあります。
決して恥じるような気持ちではないこと、何かを誰かを大切に想い見つめること、
視線を重ねたり心の中で構築していくことは、
とても涙が出るくらい、ただ純粋に美しいと言ってもいい、真摯な、それだけしか出来ない、行為なのではないかと。
それは今日実際に自分の目で生で、完成された絵を見た時に、自分が勝手に感じ取ったことですが、
誰かを対象を作品の中で表現することは、愛が無いと不可能だ、と言うこと、
最初に健康体の女性を描き、諏訪さんは、「絵の中でこれから徐々に殺していく作業をする」と言っていましたが、
発疹チフスに侵され骨が浮き出る程痩せて、髪も強制的に短く切られ、冷たい零度を切る雪の中で横たわっているご自身の祖母の姿を描いた作品を、この目で眺めていたら、
血の滲んだ無惨な姿を描いているのにも関わらず、物凄い途方も無い愛情を持ってこの姿が見つめられていること、
画家である諏訪さんが、
画家としてご自身で出来る最大の愛し方=絵にすること、作品として祖母の姿を表現すること
だと私の心は感じ取ったからです。
私事ですが、私は自分が誰かの作品の表現になってしまうこと、と言うことに対して、とても苦しんで生きてきました。
どうしてなのか、何でなのか、それを創る側の気持ちが全く解らなかった。
もう傷つくのは嫌だから、どうかもう歌なんかにしないで欲しい、とさえ、言いました。
でも今日、作品にして表現する、と言うのは、
表現者が出来る最大の愛し方なのだ、と言うことを知って、
自分が今まで愛されていたと言うこと、上手く受け取れなかったこと、自分の人間としての矮小さに気付きました。
今日と言う日を越えたら、生きやすくなるかもしれない、と朝ごはんを食べてシャワーを浴びている時に思った閃きは、その通りになりました。
私は何かの作品に触れること、何かを欲することと言うのは、
少しでも自分が生き易く、自分に似ている、同じものを見つけて、上手くやる方法を教えてもらうこと、にイコールだと思っています。
全ての芸術や表現は、他者に誰かに伝えるために在る、そのためにやる、やらざるを得ない生き方しか出来ない人間が居るんだと言うこと、だと思っています。
生きている内に、自分の心が震えて泣いてしまう、言葉の出ない感情に巡り合うことが出来る表現者に出会えると言うことが、何と言う幸福か。
今日描かれた絵を見て、その筆圧まで感じられる程目の当たりにして、ああ、一緒だ、同んなじだ、と真っ先に思いました。
美しいものを創るひとは、美しいものを歌う人と、同じベクトルで、深みで、私を泣かせてしまうものを表現している。
言えないメリークリスマスとハッピーバースデーほど、切ないものはありません。
今日と言う日を乗り切って、良かった。
これからどう生きるか、だと思っています。
世界の反対側に手紙を書いた、写真家 星野道夫の著書にある言葉を思い出しました。
『「物凄い夕焼けを見たり、感動した時、自分の大切な人がいたら、どうやって、何て伝える?
言葉にするとか、写真を撮ったり、得意な人は絵に描いたりしたら良いのかな。」
「その人が変わっていくことだと思う。
その夕焼けを見て、感動して、その人が変わっていく姿が一番きっと、伝えられる。」』
絶望は虚妄だ、希望がそうであるように、
と言う言葉が好きです。
本当にそうだと思うから、先のことを不安に思うのは止めにする。
心動かされる素晴らしい表現者に出会えた、この時代に生きていて良かった、と思える出会いに、感謝を。
今日と言う日を乗り越えて、また生き易くなって、生きて行こうと思います。
今日の朝ごはん。
休みにゆっくり飲む、ミルクティーは格別です。
最近アッサムファーストフラッシュとセカンドフラッシュ、セイロンディンブラのブロークンタイプを適当にブレンドして、6分半くらい、長めに蒸らして濃く出すミルクティーにハチミツを入れるのが好きです。
憂鬱を忘れる美味しさ。



















