時には映画の話をしようか-やみ
(DVDにて鑑賞)



私だ。
どう見ても私だ。

「闇の子供たち」を鑑賞した。
将来的な意味で真っ暗闇の大人であるところの私だが、この映画を鑑賞したこととそれは無関係だ。

この作品は、臓器売買、売春などの目的のために闇ルートで取引されるタイの子供たちをテーマに扱った作品だ。
直接的な描写こそ少ないものの、子供たちのかなり痛々しい有様が窺える映画なので、間違っても観る前にポップコーンなど用意してはいけない。
水さえ飲めず、乾き、飢えながら観るくらいがちょうどいいだろう。
なにがちょうどいいのかはよくわからない。

非常に重いテーマ(臓器売買は大げさっぽいけど)やメッセージ性を持った作品なので、やはりその主題となっている子供たちのドラマなどは心に重く残る。
誇張はあるにせよ、その悲惨さには目を見張るものがあり、だいぶ踏み込んだ映画だな、という感はあった。
が、本作のように現実社会とのリンクを重視した作品となると、いかにもドラマ向きな日本人キャストたちの存在感がどうにもウソくさく、その辺は若干気になった。
また、主役格たちの人物描写もなんだか大幅にはしょられている感があり、彼らがどのような気持ちで事に臨んでいるのかが最後までいまいち見えてこない。
そのあたりは残念であった。
ラストの主人公の行動など、伏線不足や役者江口洋介のキャラもあいまって、その唐突っぷりに「うそぉん!?」となること請け合いである。
アタイなったもの。
邦画の中でもだいぶしっかりした作りの作品に思えるが、監督のタイ描写への熱意が強すぎたせいなのか、それを取り巻く日本人たちの心理がちょっと描写足らずになっているのがもったいない、と思った夏の夜であった。

「もったいない」を「もっタイない」と書こうかちょっぴり悩んだけれど、なんとかこらえた自分を今は誇りたい。

時には映画の話をしようか-あんだー
(Blu-rayにて鑑賞)





私だ。
誰かって?
私だ。

ここ数日このブログを放置してたかのように見えたかもしれない。
だがそれは間違いだ。
私は心の中ではいつでもブログを更新していたはずだ。
夜な夜な「モンスターハンター」などに興じてはいたが、気持ちの上では更新を怠ったことはなかったはずだ。
それが行動には現れなかった、というだけのことだ。
そこは無念だ。

ということで、何事もなかったかのように再開してしまおう。
きょんかい(今回)は「アンダーワールド ビギンズ」だ。

「アンダーワールド」シリーズ3作目にして、1作目以前の話を描いた作品となっている。
吸血鬼たちと狼男たちの争いが大変だよぅ! でおなじみ本シリーズの原点の話ということで「ビギンズ」だ。
過去話ということで、現代が舞台だった前2作とは違い、時代は中世へと移り変わっているが、シリーズ独特のダークな雰囲気や、CGをふんだんに使ったアクションシーンなどは健在で、それなりに見ごたえがある。
シリーズファンなら問題なく楽しむことができるだろう。
が。
私にとっては実に残念なことが2つほどある映画であった。

まず1つ目。

「銃火器がない」

中世が舞台なので当たり前と言えば当たり前だが。
作中の人物たちは剣や斧などをメインウェポンとしている。
手裏剣的なものをオープニングで投げていたような気もしたが、以後まったく出てこなかった。
幻だったのかもしれない。
前作主人公が2丁拳銃などをスタイリッシュに振り回して狼男をばっすんばっすん射殺していく様に大変心打たれた私としては、これは非常に残念な点であった。

そして、2つ目。
大事な2つ目。

「ケイト・ベッキンセールが出てない」

そう、出てない。
前2作で主人公をやっていた女優で、ピチピチなレザースーツを着用しながらスタイリッシュに暴れまわっておられた方だ。
本作の時代設定が「前2作の主人公が生まれる前」なのでどうしようもないことではある。
が、常日頃から「ケイト・ベッキンセールにだったら2,3発くらい撃たれても平気です」とのたまっては周囲から目をそらされている私としては、これは無念の一語に尽きる出来事である。
非常によく似た女優を主演に据えてはいるのだが、彼女は決してベッキンさんではない。
ベッキンさんの代わりなんていないんだ。
僕のベッキンさんを……ピチピチレザーのベッキンさんを返してよ!
2,3発くらいなら撃ってもいいから!
ちきしょう!

ということで、取り乱しつつ述べていったが、そんなところだ。
映画としての出来が悪い、とかそういうことはないので(B級ストーリーだけど)、私の感性に問題があったのだろう。
うん、あるある。
正直、銃がないのもベッキンさんが出ないのも全部事前にわかっていたことであり、その上で見ておいて文句を垂れているのだから、我ながらどうしようもないと思う。
ブログも放置するし。
読んでくれてる方、ホントすいませんでした。
2,3発撃ってもいいです。
あ、BB弾にしてもらっていいですか。

時には映画の話をしようか-れぼ
(DVDにて鑑賞)





私だ。
機動戦士私だ。
ぶったね!?
親父にもぶたれたくないのに!

今回は「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」だ。
妹がなにやらレンタルしてきていたので、こっそり(かつ威厳を持って)鑑賞してみた次第だ。
予想をはるかに上回る鬱映画だったので、今は後悔している。
あのやろう(妹)……!

ということで、この「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」だが、サブタイトルの「燃え尽きるまで」の意味を正しく把握していただきたい。
これは「燃え尽きるまで(~する)」といったような、前向きなニュアンスを含んだサブタイトルではない。
正確に書くならば「(いろんなものが)燃え尽き(ちゃってなくな)るまで(の道程)」であって、実はすでにここから映画の持つ鬱な雰囲気が垂れ流れている形になる。
主演がプリ様とケイト・ウィンスレットの「タイタニック」主演コンビということで、なにか甘く切ないラッヴストーリー的なものを期待して観ると大変痛い目にあうことになる。
ふたりが幻のような幸福を各々追い求める姿には狂気さえ感じられ、下手なホラー映画よりも恐ろしく見えるシーンが多々あったりする。
正直、このキャスティングには監督の悪意すら感じる。
こんな映画を作るような人物だから、「キャスティングにつられて痛い目にあえ! グヘヘ!」くらいのことは思っていそうだ。
繰り返し言うが、この映画は「ロード・オブ・ザ・燃え尽きるまで」なのであって、希望に満ち満ちた話などは一切期待してはいけない。
ただでさえ日ごろから鬱々とした心持ちで暮らしている私などは、この映画を観ている最中に「うわぁ……」とか「うへぇ……」とかいう言いようのない気持ちにおよそ74回は襲われ、大変なことになってしまった。

重っ苦しいドラマは見ごたえがあると言えばある。
映画としての出来も、淡々としすぎているきらいはあるが、決して悪くはないのだろう。
夫婦生活などを積み重ねてきた人たちには、深く感情移入できる部分があるのかもしれない。
が、とにかく私には合わなかった。
逃げ出したくなった。
叫びたくなった。
しょうがないので飼い犬の腹を撫でた。(ささやかなストレス発散)
シングル人生丸出しの私が、なぜ夫婦仲がものすごく嫌な流れで崩壊していく様をじっくりと見守らねばならんのだ、と。
なぜ「タイタニック」カップルが血走った目でののしりあう様をぼんやりひとりで眺めねばならんのだ、と。
そんなふうに思った夏の午後だった。
あのやろう……!