220 赤毛のアンと私の共通点【誤表記のはなし、その2】 | Love yourself and you will be loved

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2015年は、「心の断捨離!!」

昨日ブログ投稿した直後に読んで下さった仕事仲間の方で、比較的最近に例の「里」表記で私の名を書き、ガツンと私に注意された方から、読後に「そんなに気にしてたなんて、ほんとにごめんなさい」とのコメントを戴いてしまいました・・・。

私はこのテーマはずっと前から書いてみたいと思っていましたし、今回その方に矛先を向けたかったわけでは決してなかった(なんてったって誤表記率95%ですからね)ので、逆にこちらがとても申し訳ないです。

繊細な彼のココロを傷めてしまったことを、この場を借りてお詫びいたします。


・・・が、もう乗りかかってしまった船、引き続きしつこく続編を書いてみることにいたします。

童話「赤毛のアン」は、子供のとき一番好きな物語だったのですが、周囲から「変人」あつかいされていた赤毛のアンちゃんは、自己紹介するときに、必ずこう付け加えておりました。

「if you are going to call me Anne, would you please be sure to spell it with an "e".」

アンちゃんは、Annと自分の名が綴られることを極端に恐れ、「私の名前は必ずAnneと綴ってくれ。そうでなければ自分をアンとは決して呼んでくれるな。それならむしろコーデリアと呼んでくれ」、と人々に自己紹介の度に懇願するのです。

当時の私は英語もできなかったし、この箇所を翻訳版で読んでも「意味全然わかんねえ」って感じでした。私だけでなく、物語の中でそれを言われた相手の人々も、私とまったく同じリアクションの「はあ~~??」てな受け答えをアンに対してしていたように記憶しています。

ですが、現在は誤表記が発生し、お相手に指摘させていただく度に(近年ほぼ毎週発生するのですが)、私はこのアンのエピソードを思い出すのでございます。

私はちょうど社会人になったころから、世の中ではコミュニケーションの主たるツールというのが電子メールになり、その頃から「里」表記される頻度が激増したように思います。

一時期は、「名前の誤表記なんて、ど~でもいいじゃん、おっきなココロで生きようぜ、じゅりふう!!」と自分を納得させ、誤表記で連絡がきても、一切指摘せずに放置し続けていたこともありました。

ですが、そうすると、だんだん得体の知れない不安で胸が一杯になってくるのです。

「自分の名前が、私の知らないうちに、勝手に「◯里」として定着し、新たな人格として実体化し、私はもはや「◯理」という人間ではなくなってしまい、別の人格として世の中に認知され、私の身とココロも私とは違う「◯里」という新人格によって完全支配され、私がこれまでの私ぢやなくっちゃうんじゃないか」

という、なんだかSFチックな、ホラーちっくな、寄生虫に身を蝕まれるような、アイデンティティ喪失の危機に近いような、空恐ろしい気持ちで溢れてきてしまうのです。

これは、95%の確率で誤表記され続ける人間にしか理解することのできない、エクスルーシブなセンセーションではないかと思います。。

赤毛のアンに「Ann ぢやないよ、Anneだからね!!」って言われたマリラおばさんや腹心の友ダイアナのリアクションが「はあ~~??」ってなもんだったのと同様、

私に「里じゃねーよ、理だよ!」と怒られた何十人、何百人という人々も、「べつに漢字まちがってるぐらいで目くじらたてんなよ、しかも【王へん】がついてないだけのことだしさあ」って思ってるとは重々承知なんですが・・・。


名前って、人間のアイデンティティの根幹なんだなってほんとに思います。

もしこれが、ファースト・ネームではなく、ファミリーネームの誤表記であったのであれば、これほど不安な気持ちにはならなかったかも、とも思います。

私のファミリーネームはあまり全国区なメジャーな姓ではないため、こちらも30%ぐらいの確率で時折誤表記をされることがあるのですが、なぜかこちらはそれほど気になりません。


それは、毎回違う漢字で表記間違いされるということもありますし、たとえ誤表記でアイデンティティが喪失することになっても、「私ひとりじゃない、家族、いや、一族全員巻き込んで滅亡できる」という、ヘンな連帯感があるからのようです。。。。


はい、ここまでは「私」サイドから考察した「私はなぜ誤表記にここまで激しく反応するのか」という観点で書いて参りました。

ですが、最も気になるのは「なぜ、95%もの人々が40年の長きに渡り、「理」を「里」と誤表記するのか」という点です。

こちらは、過去20年ぐらいかけて自分なりの研究をし、誤表記する人と、絶対しない奇特な人との人格的な差の有無、はたまた名前に「理」そして「里」が含まれる人々は果たして私と同じような境遇にあるのかどうかというご本人へのインタビュー。などなどを蓄積してきております。

そこから得られた「なぜ人々は私の名を「理」ぢやなく「里」と書き続けるのか」という永遠の謎への答え、また後日、綴って参りたいと思います。

誰も興味ないと思うんすけどね~(栗原類風)