勉強が出来るという事は、勉強が出来るからなんだ | シングル・スマイル ver ブロぐ 最近なんだかストリングスでヤッホー!

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日曜日は試験の日で、台風の影響で土砂降りの中、試験を受けに行って来た。

今回は僕が住んでる市内にも試験会場が出来て、わざわざ名古屋方面まで出掛けなくてもよくなった。

会場は大学の講義室だったんだけど、狭い。

室内が狭いというより、机と机の間隔、隣の席との間隔が妙に狭い。

先日携帯を使ったカンニング事件が問題になってたから、携帯電話などの通信機器に関しては再三忠告していたけど、そもそもこれだけ席が近いと前方、斜め前方の人の答案用紙が丸見えなんですけど。

普通はもっと空席を設けて間隔を大きく空けると思うんだけど、沢山の教室を使うと会場の問題とか、試験監督員の問題とか、そういう事が絡んでくるのかな。




肝心の試験だけど、自己採点したら全科目不合格だった。

勉強が足りないからだと言われればそれまでなんだけど、そもそも「勉強が出来ない」んだよね。

勉強しても集中できない。

今までは「勉強したら何とかなるレベル」なんじゃないかって思ってたんだけど、それ以前に勉強が出来ない。

つまり、出来る人、解ける人っていうのは、「勉強が出来る人」なんだ。

「勉強が出来る」っていうのは「頭が良い」という意味ではなくて、ちゃんと「自分で集中して学習出来る」っていう意味で。



思えば昔からそうだった気がする。

親からは、よく「あんたはやれば出来るのに」って言われてきたんだけど、違うんだ。

「やれば出来る」んじゃなくて、「やる事が出来ない」んだ。

それは訓練とか習慣とかそういう事で何とかなるものなのか、それとも人それぞれの性格の問題でどうしようもない事なのかは分からない。

でも、僕は「出来ない人間」なんだって事がこの歳になってようやく分かった。




まぁ、


「僕は出来ない人間です。だから試験には受かりませんでした。」


って言っても通用しないのが困ったところなんだけど。