京阪電車門真市駅に到着し、次なる目的地へと移動です。
関西は古いものを大事に使ううんだな・・・って改めて感じます。
到着したのはこちら「萱島」駅です。
この駅にも御神木があることで知られています。
ホームは3階部分にありますから、かなりの大きさのクスノキです。
子供の頃、この駅を始めて見たとき、かなりの衝撃でした。
ホームから木が生えているなんて・・・
今回初めて萱島駅で降りてみることにしまた。
御神木の根元がどうなっているのかを確かめてみたかったからです。
改札口の脇にあるコンビニの隣に、萱島神社がありました。
改札の隣といいますか、京阪の高架の下に神社があります。
この部分の土地が京阪の土地なのか、神社の境内になるのか
よく分かりませんが、極めて微妙な位置に残されてしまった感じです。
こちらが、御神木の根元となります。
上手くホームに空間を空けて、光が差し込んでいます。
樹齢(推定)700年。
高さ20メートル、幹の太さが7メートルもあるそうです。
京阪電車が複線であった当時は、線路際に御神木があったのでしょうが
複々線工事のために線路を2本貼り付けようとしたところ、
丁度クスノキにかかるため、伐採も検討されたそうです。
しかし、地元の方々に長年親しまれてきた御神木を簡単に伐採して欲しくない
との地元の方の声が京阪電車にも届き、折衷案としてこのような容になったそうです。
先日ご紹介した阪急服部駅の御神木のケースとは違い
こちらは、比較的最近の話で、京阪社内にも
事情を知っている職員もまだまだいらっしゃるかもしれません。
複々線工事当時でもすでに住宅などが線路際までビッチリと立ち並び
用地確保など、相当難工事だったと思われます。
そんな中、よく御神木を残してくれたなって思います。
向かって左側の窓が開閉式だったり、テールライトがガイコツライトだったり
古い時代の京阪電車のイメージを引き継いでいる車両です。
この車両以降にも若干ガイコツライトの車両がありましたが
現在では改造され、面影が薄れてしまっています。
旧塗装といいもう間もなく見納めでしょう。
この車両書類上では登場が1978年となっていますが
正式にはこれは改造されたと称したほうが正しい物と思われます。
元々は1959年に登場し、1978年に昇圧改造、冷房改造等を行っています。
この車両書類上では登場が1978年となっていますが
正式にはこれは改造されたと称したほうが正しい物と思われます。
元々は1959年に登場し、1978年に昇圧改造、冷房改造等を行っています。
ですので・・・古いものでは50年以上も経過している計算になります。
改造後でも30年以上経過しています。
改造後でも30年以上経過しています。
こういった形状の網棚は、元々関西では少数派ですし
全国的にも少なくなってきていると思います。
関西は古いものを大事に使ううんだな・・・って改めて感じます。
到着したのはこちら「萱島」駅です。
この駅にも御神木があることで知られています。
ホームは3階部分にありますから、かなりの大きさのクスノキです。
子供の頃、この駅を始めて見たとき、かなりの衝撃でした。
ホームから木が生えているなんて・・・
今回初めて萱島駅で降りてみることにしまた。
御神木の根元がどうなっているのかを確かめてみたかったからです。
改札口の脇にあるコンビニの隣に、萱島神社がありました。
改札の隣といいますか、京阪の高架の下に神社があります。
この部分の土地が京阪の土地なのか、神社の境内になるのか
よく分かりませんが、極めて微妙な位置に残されてしまった感じです。
こちらが、御神木の根元となります。
上手くホームに空間を空けて、光が差し込んでいます。
樹齢(推定)700年。
高さ20メートル、幹の太さが7メートルもあるそうです。
京阪電車が複線であった当時は、線路際に御神木があったのでしょうが
複々線工事のために線路を2本貼り付けようとしたところ、
丁度クスノキにかかるため、伐採も検討されたそうです。
しかし、地元の方々に長年親しまれてきた御神木を簡単に伐採して欲しくない
との地元の方の声が京阪電車にも届き、折衷案としてこのような容になったそうです。
先日ご紹介した阪急服部駅の御神木のケースとは違い
こちらは、比較的最近の話で、京阪社内にも
事情を知っている職員もまだまだいらっしゃるかもしれません。
複々線工事当時でもすでに住宅などが線路際までビッチリと立ち並び
用地確保など、相当難工事だったと思われます。
そんな中、よく御神木を残してくれたなって思います。
エスカレーターに沿って、御神木が伸びています。




