「路傍の石」(ろぼうのいし)は、山本有三の代表的な小説で、

昭和12年(1937年)から「朝日新聞」に連載されました。

 

シニア世代(昭和時代)の国語の教科書に載っていた記憶があります。

主人公の少年、愛川吾一の家庭は貧しく、中学進学の夢が叶わず、呉服問屋へ奉公に出されます。

厳しい奉公生活が続く中、吾一は母の病死を境に奉公先の呉服問屋から逃亡、父が暮らしている東京へ行くことを決意し、不安と嬉しい気持ちが交錯する中、一人で汽車に乗ります。

東京へ着いてからも、吾一には波乱に満ちた数奇な運命が待っているのです。

力強く、誇りをもって生きる少年の姿が心に沁みる物語。

 

印西市(千葉県)の図書館に蔵書が2冊(単行本と文庫本)ありました。

シニア世代には懐かしく、若い方には逆に新鮮に映ると思います。

お薦めです。

 

「路傍の石」は戦前、戦後で4回映画化されています。

昭和13年公開。日活 吾一:片山明彦  監督:田坂具隆

昭和30年公開。松竹 吾一:坂東亀三郎 監督:原研吉

昭和35年公開。東宝 吾一:太田博之  監督:久松静児

昭和39年公開。東映 吾一:池田秀一  監督:家城巳代治

 

今回は、昭和35年公開、太田博之主演、新藤兼人の脚本

久松静児が監督した、母と子の限りない愛情を描いた名作、

映画「路傍の石」を邂逅します。

<愛川吾一少年(太田博之)と母おれん(原節子)>

 

前に、CS放送を録画しました。

ビデオは絶版になっているようですので、NHK・BSプレミアムにリクエストしましょう。

 

私が小学校(昭和の時代)の時、授業の一環として、

この映画「路傍の石」(太田博之・版)の鑑賞会で観ました。

記事は本編の感動には、遠く及びませんが、お付き合いください。

文部省特選です。

懐かしい”TOHO SCOPE”のロゴ。東京映画作品、東宝配給。

 

久松静児・監督、脚本は新藤兼人。

明治の時代。

愛川吾一少年(太田博之)は成績優秀で、小学校卒業後、中学進学の夢があります。

<愛川吾一(太田博之)>

 

近所の書店・いなば屋の主人・安吉(滝田裕介)は、勉強好きな吾一を優しく見守り、担任の次野先生(三橋達也)は吾一の中学進学を応援します。

 

吾一:「おばさん」

安吉の母:「お帰り」

吾一:「おじさんは」

安吉の母「風邪をひいて休んでいるから 吾一ちゃん ちょと上がって見てやっておくれ」

 

吾一は、いなば屋の主人・安吉(滝田裕介)を見舞います。

<いなば屋の主人・安吉(滝田裕介)>

吾一:「おじさん」

安吉:「やぁ 吾一ちゃん お帰り」

吾一:「大丈夫?」

安吉:「たいしたことないんだ」

吾一:「中学校は4月から始まるんだって!」

安吉:「そうらしいなぁ この町にも中学が出来たなぁ」

 

吾一は棚にたくさん並べてあるダルマを見つけます。

吾一:「わーっ ずいぶんダルマがあるんだなぁ」

安吉:「うちの小母さんがだいすきでねぇ 気に入ったの有ったら一つあげようか」

吾一:「ほんと」

安吉:「ああ」

吾一:「じゃ これ」

安吉:「いいよ」

 

いなば屋の主人・安吉の母役・滝花久子は、映画監督の田坂具隆夫人で、昭和13年公開の「路傍の石」(吾一・片山明彦:監督・田坂具隆)では、吾一の母・おれんを演じていました。

<安吉の母(滝花久子)>

 

貧乏で、母おれん(原節子)が手内職で生計をたてる、吾一の家庭環境では、中学進学はとても無理な話でした。

<母おれん(原節子)>

吾一:「ねえ おっかさん やっておくれよ ねえ」

母:「どこへ」

吾一:「中学へさぁ」

 

久しぶりに帰った父親・庄吾(森繁久彌)は士族崩れで、訴訟にあけくれている。

吾一を心配する近所のおじさん役で、東宝の名脇役「沢村いき雄」登場。

<近所のおじさん(沢村いき雄)>

おじさん:「吾一ちゃん ゆんべ おとっつぁん帰ってきたんべ」

吾一:「うん」

おじさん:「何か土産持って来たんか?」

吾一:「(首を左右に振って)・・・・・」

おじさん:「持ってこねえの!  たまに帰ってきたんだから 土産くらい持って来たらよかんべな」

 

2020年9月に「東宝映画の名バイブレイヤー“沢村いき雄“さんの魅力」をアメブロで2回に亘り記事にしました。参考にご覧ください。

https://ameblo.jp/sinekon/entry-12624810474.html?frm=theme

 

<父親・庄吾(森繁久彌)>

おれん:「あら お帰りなさい」

庄吾:「酒はないか?」

おれん:「ええ」

庄吾:「しょうがないな 買って来い」(小銭を放り投げる)

庄吾:「お前んとこに 金はいくらある?」

おれん:「ありませんよ」

庄吾:「ここで金がなきゃ 裁判に負けてしまうんだ」

おれん:「うちに そんな余裕 ある訳ないじゃありませんか」

庄吾:「あいつが女だったらなぁ」

おれん:「まぁ あなた 何を言うんです」

庄吾:「娘だったら役に立つと 言っとるんだ」

おれん:「冗談にもそんな話はよして下さい そこに寝てるじゃありませんか」

吾一:「・・・?」

 

<山本有三(原作)の原文と挿絵を紹介します>

「困っちまったなあ。・・・どうにかならねえかなあ。・・・ほんとに、こんな時には、あいつが女の子だと・・・」

「まあ、あなた、何を言うんです。」

「むすめっ子なら、すぐに役立つっていうのさ。」

「冗談にもそんな話はよしてください。そこに寝ているんじゃありませんか。」

吾一はえりもとをつかまえられて、川の中にほうりこまれたような気もちがした。彼はもうすっかり、目がさめてしまった。

どうして、自分が女の子のほうがいいんだろう。女の子なら、どうして、すぐに役立つのだろう。彼は足をちぢこめて、まあるくなったまま、耳をすましていた。

<原作小説本の挿絵 武部本一郎>

 

吾一は、体育の授業の終わりに、担任の次野先生から声をかけられる。

担任の次野先生(三橋達也)>

次野:「どうした愛川 お母さんに話したか?」

吾一:「おらぁ 中学行けねえかも 知れねぇんです」

次野:「どうして 家で反対なのか」

吾一:「・・・・・」

次野:「よぅし、じゃぁ先生から お母さんによく話しといてあげるからな」

 

父親・庄吾は、吾一の貯金箱を壊して、翌朝、東京に帰ってしまいます。

 

中学進学の吾一の夢に、担任の次野先生は、書店いなば屋の安吉に学資の援助を相談しますが、安吉は吾一の父の反感を懸念します。

安吉の母:「お正月も終わりだから ゆっくり飲んでって下さいな」

次野:「安さん 愛川のことなんだがねぇ あの子の学費出してやって貰えないかな」

安吉:「うん だが 中々そう簡単にいかないんだょ」

次野:「どうして?」

安吉:「あの子の父親は 13代続く士族なんだよ」

(中略) 

安吉の母:「おれんさんが気の毒に 一人で苦労してるんじゃから」

安吉:「いやぁ 吾一ちゃんが一番可愛そうだよ」

 

<山本有三(原作)の原文と挿絵を紹介します>

それはそうと、安さん、あれはだめかね、あのほうは・・・」

「あのほうって。・・・水はいま持ってくるよ。」

「うん。ありがとう。・・・あれって、あれさ。学費だよ。愛川の学費のことだよ。」

「それなら、さっき言ったじゃないか。」

(中略)

「学費が学費にならないってわけさ。」

「ふうん、おかしなことがあるもんだね。」

「まったく、おかしな話だけれど、おやじさんがあれを続けている限りは、そうなのだよ。」

「あれって、訴訟かい。・・・訴、訴訟なら、そっちには使わせないように、条件を付ければいいじゃないか。」

(中略)

「困ったおやじだな。愛川も、とんでもねえおやじをもったもんだなあ。」

<原作小説本の挿絵 武部本一郎>

 

伊勢屋の番頭忠助(山茶花究)が、吾一を奉公に出してはどうかと、おれんを訪ねます。

おれんは、庄吾が伊勢屋から借りた借金を、返さねばなりません。

<伊勢屋の番頭忠助(山茶花究)>

忠助:「そんな封筒貼り 一日いくらになる?」

忠助:「吾一ちゃんは たしか 卒業でしたねぇ」

忠助:「ねぇ おれんさん 吾一ちゃんをお店(伊勢屋)へよこしてみる気はありませんかねぇ?」

おれん:「吾一をですか?」

忠助:「あなたが吾一ちゃんを店に奉公によこす うちの大将も心が解ける そこでお針の内職も出来るようになるという寸法なんですよ」

 

正月に、子供たちが自慢話をはじめた時、吾一は、はずみで汽車の走る鉄橋の枕木にぶらさがったことがあると言ったため、みんなの前で証明させられるはめになりました。

同級生で伊勢屋の娘おきぬ(桜井紀美子)は、吾一を心配します。

<伊勢屋の娘おきぬ(桜井紀美子)・中央>

おきぬ:「止そうよ、こんな事」

子供たち:「汽車の煙が見える 吾一ちゃん 早くぶら下がれよ」

おきぬ:「もう止めて 帰ろうよ」

吾一:「やるよ 俺」

おきぬ:「私帰る」

鉄橋の枕木にぶら下がった吾一の耳に、汽車の驀進の音が、

地響きのように伝わってきたのです。

吾一:「おっかさーん!」

汽車は、吾一がぶら下がっている鉄橋へ驀進します。

 

<機関士役(田中志幸)>

 

鉄橋から助けられて、自宅で目を覚ました吾一。

近所の人々や、いなば屋の安吉が、見舞いに来ます。

 

安吉:「吾一ちゃんは 中々強いところがありまねぇ」

安吉:「ただ今度の事は ただ負けず嫌いでやったとは思えません」

おれん:「・・・」

安吉:「中学の事なんかも 関係しているんじゃないでしょうか」

おれん:「私どもには・・・とても・・・」

 

安吉は身分を明かさず、篤志家として、吾一が中学へ行く学費を出すことを決心します。

次野先生は自分をもっと大切にするよう吾一を叱ります。

次野:「愛川 お前 自分の名前を考えた事あるか?」

吾一:「・・・」

次野:「吾一って云うのはね 我は一人なり。 我はこの世に一人しかいないという意味だ」

(中略)

次野:「良く出来る子を中学にやってやろうと云う篤志家がいるんだ」

次野:「だから お前は中学に行けるんだ」

吾一:「ほんとですか 先生!」

次野:「あぁ お前の母さんには今朝 先生が話といた」

 

<山本有三(原作)の原文と挿絵を紹介します>

「愛川。『吾一』っていうのは、じつに、いいなまえなんだぞ。」

次野は熱心に語り続けた。

(中略)

「吾一というのはね、われはひとりなり、われはこの世にひとりしかいないという意味だ。世界に、なん億の人間がいるかもしれないが、おまえというものは、いいかい、愛川。愛川吾一というものは、世界中に、たったひとりしかいないんだ。どれだけ人間が集まっても、同じ顔の人は、ひとりもいないと同じように、愛川吾一というものは、この広い世界に、たったひとりしかいないのだ。

「さいわいに、汽車の方でとまってくれたから、よかったものの、もし、あのまま進行したら、おまえはどうなっていたと思う。愛川吾一って者は、もうこの世にはいなくなっていたのだぜ。

(中略)

人間は死ぬことじゃない。生きることだ。たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか。」

 

 

<原作小説本の挿絵 武部本一郎>

 

篤志家(実は書店いなば屋の主人・安吉)の計らいで、学費の工面がついたにも拘らず、吾一は、父親・庄吾に中学進学を反対され、諦めて伊勢屋に丁稚奉公に出ます。

庄吾:「お前 中学に行きたいそうだの」

吾一:「ええ」

庄吾:「吾一 お前は武士の子だ  親切そうな奴は みんな腹の中に企みを持ってるんだ」

おれん:「あなた 子供にそんなことを・・・」

庄吾:「お前は黙っとれ!」

庄吾:「世の中で一番恐ろしいのは人間だ」

庄吾:「人から金を出してもらって 中学なんぞへ行くな!」

 

伊勢屋で彼は「五助」と呼ばれ、厳しい毎日をおくるようになります。

忠助:「愛川の子供でございます」

伊勢屋主人:「名前は」

忠助:「吾一と云ったな」

吾一:「はい」

伊勢屋主人:「呼びにくい名前ですね」

忠助:「何としたら ようございましょうか」

伊勢屋主人:「五助としたら どうですか」

 

伊勢屋主人・喜平役の織田政雄は、昭和39年公開の「路傍の石」(吾一・池田秀一:監督・家城巳代治)では、伊勢屋の番頭・忠助を演じていました。

伊勢屋主人・喜平(織田政雄)

 

同級生だった伊勢屋の秋太郎(清水義之)や、親切だったおきぬも、丁稚小僧になった五助(吾一)を馬鹿にします。

忠助:「今日から店にまいりました五助でございます」

秋太郎:「やぁ 吾一ちゃん」

忠助:「おぼっちゃん 吾一じゃありません 今日から五助になったんです」

秋太郎:「へぇー五助かぁ 変な名前だなぁ」

 

おきぬ:「ハハハ・・・・」

 

吾一は、伊勢屋の丁稚奉公で、厳しさに堪えぬきます。

駅に、お店の荷物を出しに行ったとき、吾一は、学校を辞めて東京に行く次野先生に出会います。

次野:「お前にも勉強させてやりたいと思ったんだけど 上手くいかなくて残念だった。

次野:「学問やる事が 大事な事じゃない。人間 何をやってもいいんだ 一番大事な事は まっすぐに生きることだ」

吾一:「はい」

 

吾一の母おれんが、心臓病で倒れました。

父の庄吾には電報が打たれたが、帰ってきません。

吾一:「おっかさん」

おれん:「吾一ちゃん」

安吉:「おとっつあんのとこへ 電報打ったよ 明日はきっと帰ってくる」

おれん:「吾一ちゃん おとっつあんはね いい人なんですよ」

吾一:「わかってる わかってるよ」 

おれん「吾一ちゃん 一人になっても くじけないでね」

 

その時、父・庄吾から吾一あてに「帰る汽車賃も無い すまなかった 母さんを大事にして欲しい」と言う詫び状が届きます。

 

悲しみに沈んだ吾一の気持も知らず、伊勢屋の主人や番頭忠助は、早く店に帰らない吾一を叱りました。

 

おきぬまでが、靴の出し方が悪いと彼にあたった事に、吾一の怒りは爆発した。

おきぬの靴を、玄関にたたきつける吾一。

すべてに幻滅した吾一は、今日かぎり伊勢屋をやめると告げます。

 

いなば屋の安吉に、父のいる東京に行くと挨拶すると、病気で、明日から葉山に療養に出る安吉は、吾一に汽車の中で読みなさいと、1通の手紙を渡す。

吾一:「伊勢屋を辞めました これから東京行きます」

安吉:「そうかぁ 辞めたか」

おばさん:「吾一ちゃん 東京行って どうするの?」

安吉:「おっかさん そんなこと心配しなくていいんだ」

安吉:「吾一ちゃん どこいったって大丈夫だよ」

安吉:「よく辞めたねぇ」

吾一:「東京行って おとっつあんに会います」

安吉:「これ(手紙) 汽車の中で読んでおくれ」

 

上野行の切符を買って、汽車に乗り込む吾一。

 

安吉に貰った手紙には

「ダルマさん ダルマさん お足をお出し 自分のお足で 歩いてごらん」

と書かれていた。

 

新藤兼人・脚本の「路傍の石」は、ほゞ原作のエピソードを盛り込んで秀逸。

吾一が東京行きの汽車に乗るまでの、原作の中盤までを描いています。

 

監督の久松静児は、新東宝「女の暦」(昭和29年)がカンヌ国際映画祭で上映され、ヨーロッパでロードショー公開されました。

森繁久彌主演の「警察日記」(昭和30年)が大ヒット作となり、東宝の喜劇映画「駅前シリーズ」を監督するなど、安定した力量が評価されています。

 

吾一役の太田博之で思い出すのは、手塚治虫・原作のNHKテレビドラマ「ふしぎな少年」。

主人公(太田)が「時間よ止まれ!」と言うと、時間が止まり、犯罪を防ぐドラマだったかと記憶している。

新東宝映画「新妻鏡」(昭和32年 池内淳子主演)で子役デビュー、日ソ合作「小さい逃亡者」(昭和41年 衣笠貞之助・監督)が印象に残っています。

東映劇場アニメ映画「サイボーグ009」の主人公009の声の出演もしていました。

 

母おれん役の原節子は、昭和を代表する日本映画の黄金時代を支えた名女優です。

小津安二郎監督と組んだ「東京物語」(昭和28年)は小津監督の最高傑作と評されています。

昭和37年、稲垣浩監督の「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」(大石内蔵助の妻りく役)を最後に映画界から引退しています。

<原節子>

 

山本有三は昭和15年「路傍の石」掲載誌に「ペンを折る」を掲載し、「日一日と統制の強化されつつある今日の時代では、それをそのまま書こうとすると、これからの部分においては、不幸な事態をひき起こしやすいのです。」と発表し、当時の時代背景の影響(検閲など)から「路傍の石」の断筆を決意、小説「路傍の石」は未完に終わっています。

「ペンを折る」は、図書館で借りた「路傍の石」に掲載されていました。

<参考>

昭和39年公開「路傍の石」(池田秀一・主演、家城巳代治・監督)

もアメブロ(2021年7月9日)に投稿しました。

参照下さい。

https://ameblo.jp/sinekon/entry-12685419933.html

 

文中、敬称略としました。ご容赦ください。