。+°:*.氷花.*:°+。 -HiKa- -4ページ目

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あなたにどうか、
とどいてほしい、
わたしのこころ。


わたしの母は、二の腕の一部が、すこしこそげ落ちたみたいに へっこんでいる
子どものころの病気? けが? のせいで 肉をとったみたいだ

わたしは子どものころ、惜しげなく二の腕をさらしている母の腕に、なるとがある! とおもっていた
ラーメン、メンマ、なると、の なると。

すこしかたちが… へっこんだそのもようが…
なるとに似ているとおもったのだ

子どもってすごいなあ…
おとなになると、逆に気にして 腕をかくしたりするのにね
よりにもよって なると だなんて。
それを、悪くとらない。「おお、なるともってる!」「腕に花が咲いてる!」って。


いつのまに、なくしちゃったんだろうね
そんな、いとおしい きもち。

慣れない家で 数か月すごして なんだか疲れて 疲れて
あなたが飲んでたお酒に 手を出した
ひさしぶりに呑むお酒は おもいがけず おいしくて 紙酒の底をつくくらい呑んでしまった
「疲れてたから、お酒呑みました」とメールしたら電話がかかってきて、「いいわけするな!」とあなたは怒った

ほんのちいさなできごと。でもいきなりしらふにもどって 帰ってくるあなたに会えない
家を出ていくしかなかった

あの日持ってたガラケー。ドライヴモードにして、あなたのメアドは受信拒否した

かんがえる時間がほしかったんだ。「いいわけするな」と言った あなたの声をまた聞くのはつらくて でも携帯を捨てるわけにはいかなかったから 携帯の耳をふさいだ

夜の街。バスを降り。正気に戻りたくなくて、また コンビニで お酒を買って 父母の家に戻って また呑んで ねむった


なにも言わずに出て行った家。まっくらやみのなか帰ってきたあなたは、どうおもったのだろう


ごめんなさい。
でも
あのときは ほかに選択肢 なかった

多感な10代のとき ともだちがぼそっと言った
「本と音楽があれば、ほかにはなんにもいらないと言ってる子がいる」

わかるような気がした

わたしたち人間は きずつけあう

でもわすれないで

ひとをきずつけるのも 人間だけど
ひとをこれいじょうなく よろこばすことができるのも 人間だけ だよ

お正月2日。元旦はひとがいっぱいで疲れそうだから、あえて2日に出かける。

おみくじ。今年は、ぜったい大吉を母にもってかえるんだ!

あちこちスーパーやコンビニに行って10枚以上100円玉をつくってから、現地に向かう


なんども引いちゃいけないっていうけれど…
病は気からなんだ…


大吉だったら、ぜったい母はよろこぶんだ

母のぶんと自分のぶん、2枚、100円玉を入れる。迷いながらふたつ、おみくじを引く


まず母のぶんから…。そわそわしながら、あせる心をなだめながら、くじをひらく

「だいきち」。

なんと、今年はさいしょから大吉が引けた! 自慢になっていないけれど、わたし自身は、大吉を引いたことはいちどしかない
自分のためのおみくじ…「ちゅうきち」。ほらね


今年はなんてかるい足どりで家に帰れるんだろう!

考えすぎなのはわかってる
でも、胸の痛みは止まらない

1,2ヶ月まえ…

姉のうちに、甥をむかえに行ったんだ
姉が甥のあっちの手、わたしが甥のこっちの手を持って、わたしのうちまでいっしょにあるいた

帰るとき…

甥が、わたしに手を差しのべたんだ。「いっしょに行こう」っていうふうに、差しのべたんだ
でもわたし、疲れていたし、姉のうちに送り届けたらまたわたしは自分ちに戻ってこなきゃいけない
だから「わたしはこの家のひとだから」って、どのくらい言葉を理解しているかはわからないけれど甥に、そう言ったんだ

差しだされた手。とらなかった手。

あの日からずっと、胸がじくじく痛んでる
「なんでいっしょに帰ってあげなかったんだろう?」って痛んでる

甥は奔放で自由でたぶんそんなこと、気に留めていない


でもわたしが気にしてる
勝手にだけど、あのときにこにこして差しだされた手、とらなかったこと。

グラスのふちを、そっと 指で なぞる
まあるく 円をえがく
無表情に、頬づえつく


…この、ふかくも抉れるこころの肉は

ときにいたみに鈍感に
ときにふれただけでも悲鳴になる そんなもの

ともすると、いつまででも鈍感になる…

そんなの、いや。

わたしよわたしをみつめていて。
ずっとわたしのこころをみはっていて。

このくもったこころの鏡を、いつでもぬぐえるわたしでいて

わたしの母方の祖父は、ひどい斜視だし、鼻はずんぐりしているし、おせじにもハンサムとはいえなかったけれど、
英語が堪能で、外国人を夕食に招いて、英語で会話をしていたというインテリなひとだったらしい

そして考え方はおしゃれ

母が生まれたときは、それはそれはよろこんで、
「この子がおおきくなったら、しろいワンピースを着せて、いっしょに銀座を歩き、カフェでクリームソーダを食べる」と決めていたそうだ

ざんねんながら、その夢はかなわなかったけれど…

昭和の時代の銀座

それは花やかさの象徴だっただろう

それをスーツ姿の父親と、しろいワンピースを着た娘女が歩くのは、とってもおしゃれだったにちがいない
腕なんか組んだりしてね


わたしは空想のなかで、その夢を かなえる

入院生活を、母がふりかえって話した
「くるしかったけど、ほんとうにいい先生に出逢えた」

首をかしげるわたしに、母はつづけた

「ささやかなんだけれど、とてもおもいやりにあふれている先生が主治医だったのよ」…


不整脈をもっていたのだけれど、その不整脈じたいはべつに問題にするべきものではなかったのだけれど、
病院のベッドで、カーテンの向こうで、自分が聞いているとはしらず、先生は言っていたのよ

不整脈で、心筋症になると、死ぬこともあるって…
またこんなことがあったら、死ぬかもしれないって…

でも、退院するとき、先生、言ったのよ

完治しました、処方した薬を一生飲みつづけていれば、再発することはありません、って。

うそだとわかった。そして、ほんとうにいい先生だとおもった。だから、
先生にはほんとうにお世話になりましたと言ったら、先生、
深々とお辞儀して
そっと 去っていったのよ。…


“先生”という、地位も名誉ある職業なのにそれに驕らず、謙虚に患者にむきあう

「あんな先生、なかなかいないわ…」

ほんとうだねと、わたしも うなずいた

ポストに行くために 外に出た
雨が降っている。しとしと、降っている

2,3日まえから かおってきていたキンモクセイのかおりが、さらに ふかく 鼻腔をくすぐる…


雨がおおい季節に、あなたは咲くのよね
せいいっぱい咲いて そして雨のなか、散るのよね


肌ざむさのなか、ひそやかに そして花やかに 咲き誇っているキンモクセイ

こころをうつくしく 染めるよ
橙色にうつくしく 染めるよ

ああ… なんてはかなく そしてうつくしい 花なのだろう


わたしもこんな花のように うつくしく 風雅に 咲いてみたい

むかし読んだを読み返してみたら、こんなことばが書いてあった


「人生、生きてるだけで80点。地位や名誉を得ても81点。自己破産とかしてしまっても79点。ま、大差ないんですよネ」


なぜいままでわすれていたのかふしぎにおもうくらい、すてきなことばだ

そうだ。死んでしまったら終わりなんだ
生きてるからこそ、すべてに価値が生まれる

「生きる」って、たいへんだよね
だから生きてるだけで、すごいことだよね


ほかにはたいしたこと、できなくてもいい
生きてるだけでいい。

そうおもったら、すごく らくになった